397話 アズリア、希望を繋ぐ記憶
──やはり、だ。
一見、胸を狙ったり腕を斬り落とそうとした鋭い斬撃に思えるが。その実は、まるで殺意が乗っておらず。
攻撃の軌道に武器を置けば簡単に防ぐ事が出来るくらいの、気の抜けた見せかけだけの剣閃。
最初こそ、自棄と苛立ちで仕掛けただけと思っていたアタシだったが。
本当の目的は、中途半端な攻撃を仕掛ける事で。アタシを激昂させ、こちらに反撃を実行させるため。
そしておそらく、カムロギは放たれた反撃に一切の防御をするつもりなく。甘んじてその身に、魔剣の一撃を浴びるつもりだったのだろう。
「アタシも軽く見られたモンだねぇ……そんな短慮に思われちまってた、とはさぁ」
とはいえ、危なかった。
姿を消したカムロギの後を追う時、自ら生命を断つという可能性を念頭に置いていなければ。
突然の攻撃にアタシは。いつもの癖で咄嗟に身体が動き、魔剣による反撃をカムロギへ放っていたかもしれないからだ。
「そこまでして、アンタが死に急ぎたい理由は……その包みの中だね?」
アタシは一度、構えを崩したばかりの大樹の魔剣の切先で。上半身が裸のカムロギが背負っていた布包みを指し示す。
すると、この場にカムロギがいる事を単発銃を響かせ、知らせてくれた張本人が。
躊躇していたカムロギに代わり、背負った包みの中身をアタシへと教えようとするが。
「あ、アズリアっ……あの中にゃ──」
「ああ、ヘイゼル。言われなくても……大体の想像はついてるよ」
新たに出現した四本目の魔竜が、フブキらの元に到達し、三本目の魔竜と合流する最悪の事態を防ごうとした際。
イチコやトオミネら盗賊団の仲間の仇を討つ、という理由で。敵であったアタシらとの共闘を承諾したカムロギだ。
大切な仲間の亡骸を、戦場に転がしたままで一人だけ去るような真似はしないだろう。
一方で。カムロギとヘイゼルのいるこの場所に到達する前、アタシは三の城門へと一直線で向かっていた。そのアタシがすれ違う事もなかった、という事はカムロギは。
アタシが倒したオニメや、他二人の傭兵仲間の元には立ち寄ってはいない……という事になる。
となると必然的に、包みの中は想像が付く。
骨になったイチコらの亡骸の一部。
ならば、次に必要なのは。
「……なあ、師匠」
アタシは、髪の色を緑に染めている「精霊憑依」で、自分の中にいる大樹の精霊に声を掛ける。
残念ながら、今からアタシが行おうとしている事は。現在のアタシが所持している八個の魔術文字に、「九天の雷神」と「漆黒の咎人」の魔術文字でも叶える事が出来ず。
どうしても、大樹の精霊の力が必要となってしまうからだ。
「なあに、アズリアっ?」
そんなアタシの問い掛けに、何故か声を弾ませながら師匠は名前を呼び。アタシの言葉を待っている。
「……いや師匠、わかってるだろ」
「そういう事は言葉にしないと伝わらないものよ。大事なことなんでしょ、早く言いなさいな」
現在、アタシは大樹の精霊は憑依している。という事は、こちらの思考は完全に読まれてしまっているわけで、本当ならアタシが言葉にする必要は一切ない筈だが。
どうやら頼りにされるのがそんなに嬉しいのか、頭の中にある思案を。アタシの口から直接聞きたいらしい。
ならばと、意を決してアタシは口を開いた。
普通にこんな事を言えば、気が触れたかと勘違いされそうな思案。
アタシは。カムロギが大事に抱えているイチコら六人の仲間の亡骸を、精霊の魔力を使って蘇らせたかったのだ。
「こんなコト……無理を承知で聞くんだけどさ。死んだ人間を蘇らせる事って……出来るのかい?」
一体、何故「気が触れた」などと思われてしまうか。
それは、一度生命を落とした生物を蘇生させる魔法というのは、世界中の魔術師らが追求、開発を続けているも。未だ魔法研究の最先端である魔導王国ゴルダでも成功した、という話は噂にも聞こえてはこない魔法だからだ。
そして、精霊の力を使う属性魔法ともう一種。神々の信仰心と恩寵で魔法を発動させる神聖魔法では。
熟達した神聖魔法の使い手であるベルローゼよりも上の立場、教会の最高地位にいる教皇ですら。死者を蘇生する魔法が成功したという逸話は、アタシが知る限りでも片手の指で数える程であり。
しかも亡骸が死して間もなく、完全な状態で残っている場合でのみと聞く。
つまり普通ならば、可能性を鑑みるだけ無駄、というのが死者を蘇生するという事なのだ。
「以前、師匠はアタシに言ったよね。人間にはまだ無理でも、自分なら死んだ人間でも蘇らせるコトが出来る……ってさあ」
「ええ。確かに、言ったわ」
だが──以前、アタシは。
黄金の国は辺境のホルサ村にて、強力な吸血鬼が村人ら全員を亡者である隷属種に変貌させられてしまった時。
大樹の精霊は、未だ開発に成功していない蘇生魔法を発動させ。亡者と化した村人全員の生命を救い、見事に蘇らせたのを──記憶していた。
「記憶に残る一抹の希望に、アタシは賭けるよ」
だが厳密に言えば、ホルサ村の場合は亡者に変えられ、完全に死んではいなかったが。今回に至っては、イチコらは既に生命を落とし。しかも残っているのは骨のみ、という絶望的な状況ではあるが。
師匠に「出来ない」と言われれば、穏便に解決する事を諦めるしかない。
最終的にはカムロギを昏倒させ、死にたくなくなるまで何処かに放り込むのも止む無し……と考えていたアタシだったが。
「結論だけ言えば私と──今のアズリアとなら出来るわ」
「え……えッ? な、何で今アタシが、ッ?」
突然、会話の焦点が自分に当たった事に驚きを隠せなかったアタシ。
今、話題にしていたのは「イチコらを蘇生出来るか」だったため。あくまで話題の中心は大樹の精霊であって。魔法が使えず、手持ちの魔術文字でもどうしようもないアタシは話題の外にいた、と油断していただけに。
すると、憑依していた師匠が右腕を勝手に動かして。握っていた魔剣を顔に近付けてくる。
続けてアタシの耳に響いたのは、少し怒気を含んだ師匠の声。
「何言ってるのよ。ついさっき、あなたに私の魔剣を譲ったのをもう忘れたっていうの?」
アタシが師匠から譲り受けた「生命と豊穣」の魔術文字が示しているように。動物、植物の生命を司る属性こそ大樹の精霊であり。
今、アタシが握っている魔剣というのは。無限に肉体を再生する魔竜を倒すため、師匠が用意してくれたのだが。
魔剣の正体というのが──大樹の精霊である師匠の所有物であり。伝説に残る一二の魔剣・大樹の魔剣であった。
勿論、そんな大層かつアタシには釣り合わない魔剣を「はいそうですか」と貰えるわけもない。
この一件に決着が付いたら、間違いなく師匠に返却するつもりだったため。
「い、いや師匠ッ、アタシにゃもう立派な得物があるからさ……あの大層な魔剣は、今回限りってコトで」
「は?」
「──あ、ッ!」
思わず、所有者はまだ師匠であると口を挟んでしまったアタシだったが。
口にしてからこれが悪手だった、と察したが。時は既に遅く、開いた口から言葉が溢れた後だった。
「あのねアズリア、これでも私は精霊なのよ。精霊との契約をあまり軽く考えないで欲しいわね」
「……ぐ」
アタシの不用意な発言で、すっかり機嫌を損ねてしまったようで。しっかりと機嫌の低下が師匠の声や口調に表れてしまっていた。
もし、目の前に師匠がいたなら。頬を平手で打たれるなり、尻を叩かれるなりされていただろう状況。
「もっとも……返すって言われても、私は絶対に受け取るわけないじゃない、馬鹿ね」




