394話 アズリア、かつての強敵を探す
アタシは、ユーノの頭をギュッと胸に抱き寄せながら。魔竜が自爆して果てた戦場を、右から左まで見渡していた。
地面が黒く焦げていたり、眷属となった人間の成れの果てである数え切れない量の人骨から。
ユーノらと魔竜との激戦の全体像が容易に想像出来た。
「頑張ったんだねぇ、ユーノ……」
「う……ぷ、っ!」
それだけの激戦だったにもかかわらず、だ。
先程、少し確認しただけだが。共闘してくれたヘイゼルやお嬢らは勿論、途中で加勢した武侠らの中にも、犠牲者は一人も出ていなかった。
それだけの強敵を相手に勝利した上に、石版の欠片を入手しただけでなく。
出来過ぎた成果は、おそらくユーノ一人の実力だけではない。
共闘した全員が、発揮し得る最大限の実力を出したからの結果だろう……というのはアタシも理解はしている。
何しろ、ユーノは攻撃力だけならばアタシに匹敵……いや、もしかしたらアタシ以上の実力を発揮するかもしれないが。反面、他人を守る戦いに適性があるとは言い難い。
それでも。
「アタシとの約束、ここまでボロボロになりながら……律儀に守ってくれて、さ」
恥ずかしがりながらも身体を預けてくれたユーノの柔らかな感触を、これでもかと味わっていたアタシだったが。
胸に押し付けるよう抱き寄せていたユーノの頭がもぞもそと動き、苦しそうに顔を出すと。
「ぶはあっ! お……おねえ、ちゃんっ、む、むねがあたって、いきがくるしいっ……」
「あ──わ、悪かったねぇ」
どうやら、胸に顔を強く押し付けていた事で。ちょうど口と鼻が塞がれ、息をするのが困難になっていたようだ。
慌ててアタシは、ユーノの首や背中に回していた両腕の力を緩め、ユーノの身体を解放していく。
「さて、と」
アタシは、先程戦場を見渡した時に。声を掛けようと思っていた人物の姿が見つけられなかった事に、一抹の不安を覚え。
ユーノとの会話が一旦落ち着いたこの時点で再び。その人物の姿を見つけようと、より隈無く戦場へ視線を向けた。
だが、結果は先程と同じく。
アタシはその人物を見つける事が出来なかった。
「なあ、一緒に戦ってたカムロギがどこにいるか、誰か知らないかい?」
だからアタシは、すぐ目の前にいるユーノ以外にも。先程、救援を要請してきたセプティナやファニーにも、共闘していたであろう二刀流の剣士──カムロギの居場所を訊ねる。
三体目の魔竜は、カムロギにとって大切な仲間を殺害し、その亡骸を喰った相手だ。本人からも「復讐する」と聞いていた以上、ユーノらと一緒に戦っていたに違いない。
一つだけ、懸念があるとすれば。
三の門を突破の際、彼と剣を交えるよりも以前に。アタシだけはカムロギとその仲間らと交流があり、多少の面識はあった。
逆に言えば、アタシ以外の全員がカムロギとはほぼ面識がない、と言えよう。
「あ、カムロギってのは。白い剣と黒い剣の二本を扱う、この国の武侠でね──」
早速、カムロギの事を知らないという前提に、外見などの説明を始めるアタシだったが。
「うん、しってるよ?」
「ええ、アズリア様。私たちもカムロギ様には、お嬢様の窮地を何度か救っていただきましたし、承知しております」
「せ、セプティナっ! 余計な事を言わなくても良いですわっ!」
「あ、ああ……全員が知ってるなら話は早いよ」
こちらの憂慮が過分だったのか、ユーノもセプティナも、お嬢すらもカムロギが誰なのかをしっかりと理解していた。
しかも、セプティナの話を聞いていたユーノがうんうん、と頷いていた事から。予想以上にカムロギは共闘し、活躍をしていたようだ。
「実は、さ。そのカムロギの姿が見えないんだ」
だからアタシは、一度は敵として戦ったものの。ユーノらと共闘し、魔竜を倒す力となってくれたカムロギに一言でも感謝の言葉を伝えたかったのだが。
「仲間も死んじまった今、一体どこに行くつもりなのかねぇ……」
ジャトラの手先となるより以前のカムロギは。類い稀な剣の腕を持ちながら、都市の領主やカガリ家をはじめとした「八葉」と呼ばれる権力者の誰の下にも就かない人物で。
フルベの街近郊の森に拠点を作り、野盗として数人の仲間らと活動してきた。アタシはかつて、拠点に蔓延した流行病の治療のために招かれた事があったのだが。
病を治療したカムロギ以外の人間は皆、魔竜に喰われ、眷属へと変えられてしまった。
帰る場所もなければ、迎える仲間ももういない。
盗賊団の仲間だけではない。
三の門でアタシらの前に立ち塞がったカムロギ以外の傭兵三人、竜人族のオニメ・巨躯の鉄弓使いイスルギ・白の魔巨像を連れた少年シュパヤもまた。アタシらと戦い、生命を落としていた。
もし、カムロギが本当にアタシらの前から姿を消したのならば、一体何処へ行こうとしているのか。
「──もしかして、ッ」
その時、アタシの頭に降りてきたのは。
今、考え得る限りでの最悪の予想。
それは、仲間の仇である魔竜を討ち果たした後、目的を失ったカムロギが最後に選択する最悪の結末──つまり。
「カムロギ……アイツ、誰も見てない場所で自ら果てる気だ……ッ」
死んだ仲間を後を追うため、自分で生命を断つつもりなのだ。
戦場には、無数の人骨が散らばっているために、見ただけで判別は難しいが。時間を掛けて調べればおそらく、イチコら盗賊団の仲間の骨が数本……もしくは全部、カムロギが持っていったかもしれない。
「え?」
「こうしちゃいられねぇッ!」
そう口から漏らしたアタシは、次の瞬間には立ち上がり、カムロギを追い掛けるために地面を蹴って駆け出していた。
予想が的中しているならば、早急にカムロギを発見しなければ。次に遭遇するのは彼の死に顔となってしまうだろうからだ。
「……馬鹿なコト考えんじゃないよ、カムロギッ!」
咄嗟に駆け出したアタシではあったが、カムロギが行くであろう場所には多少の心当たりがある。
フルベの街の郊外にある、盗賊団の拠点こそ一番カムロギが現れそうな場所だが。残念ながら、このシラヌヒからフルベまではおよそ一〇日程。フブキが教えてくれた隠れ道を使っても五日は要する。
だからまず、アタシが向かったのは三の門。
魔竜との戦闘が終わり、手の甲で発動していた「凍結する刻」の魔術文字への魔力供給を停止し。代わりに右眼の魔術文字を発動。
身体に宿った大樹の精霊の膨大な魔力を、右眼の魔術文字で変換し。両脚へと惜しみなく注ぎ込んで、カムロギが凶行に及ぶ前に間に合わせようとする──が。
魔竜の自爆に、負傷者の治療。ユーノとの再会にカムロギの異変、と。
仲間らとの合流後に様々な出来事が立て続けにありすぎて、もう一つの違和感にアタシは気付けなかった。
アタシが立ち去った後の戦場では。
もう一つの違和感にいち早く気付いたユーノが、一番近くにいたセプティナに声を掛けた。
「ねえねえ、ヘイゼルおねえちゃんは?」
「そ、そう言えばっ……」
魔竜との戦闘にて、後方から単発銃による支援攻撃を担当していたヘイゼル。彼女の姿もまた、カムロギと同じように見えなかったのだ。




