393話 アズリア、戦友への最高の賛辞
それは、獅子人族の少女・ユーノの元へだった。
「……ユーノッ!」
アタシが新しく姿を現した四本目の魔竜と対峙する前に、約束を交わした誇り高き獅子人族の戦士へと駆け寄り。
目を覚ましたばかりのユーノを助け起こす。
「あ……アズ、リア、おねえちゃん?」
「まったく、無茶しやがって……」
まるで、朝、寝覚めたばかりの時のように、腕で目蓋を擦りながら。目の前にいるアタシの姿を、まだにわかに信じられない様子のユーノ。
アタシは早速、戸惑っているユーノの身体のあちこちを撫で回していく。治癒魔法を使ったものの、まだ身体のどこかに傷が残っているかもしれないかどうかを確認するためだ。
「うんッ、しっかり回復したみたいだねぇ」
見ればユーノが倒れていた場所は、爆発の衝撃の強烈さを物語るように地面が抉れ。爆発の中心地、魔竜が自爆した一番間近であったのをアタシに教えてくれる。
俊敏さに優れた獣人族のユーノが、何故に爆発の瞬間までに退避出来なかったのか……という疑問はあったものの。
ユーノの身体にはどこにも傷が残っておらず、無事に回復した事に安堵したアタシだったが。
「ひゃぅ! あ、あぅ……っ……ね、ねえおねえちゃんっ、ちょ、ちょっとくすぐったいよおっ」
傷の確認のため、身体のあちこちを触っていたアタシの手の感触に。
妙に艶かしい声を漏らしながら、身体をくねくねと拗らせていたユーノ。
「──あ、わ、悪かったねぇ。まだ傷が残ってないか、心配になったんだってば」
想像出来ない声に慌てたアタシは、ユーノを撫でていた手を離してしまうが。それは同時に、寝ていたユーノの上半身を起こし支えた腕をも離してしまうということでもあった。
だが、支えを失った筈のユーノはというと。
「せえ……のっ!」
後ろに倒れ込みそうになる勢いを逆に利用し、地面を一度蹴ってくるりと後転。そのまま軽く跳躍して、両腕を広げながら立ち上がってみせる。
「このとおり、ボクはだいじょうぶだよっ」
そう口にしたユーノは、先程の艶声などなかったかのように満面の笑顔を浮かべていた。
どうやら、ユーノなりに身体がしっかりと癒えた事をアタシに伝えたかったが故の行動だったようだ。
無事だったユーノが、笑顔のままアタシへと近寄ってくると。
「あ、そうだっ。おねえちゃんにわたさなきゃいけないものがあるんだったよ」
「ん? 渡さなきゃいけない、物?」
ユーノの言葉に、アタシは約束を交わして別行動を取った時のやり取りを思い返していく。言葉以外に、何か護身用の魔導具を手渡したりしたか……等だ。
しかしいくら記憶を辿ってみても、ユーノに何かを手渡される物に何の心当たりも浮かばない。
「うんっ、おねえちゃんぜったいよろこんでくれるとおもうなっ」
しかも、ユーノの表情からは何故か「アタシが喜ぶ」という自信に溢れていた。
そうなると、ますます謎が深まる。
思い当たるのは、魔竜の身体の一部だろうか。
一度はアタシの大剣を弾いた程の硬度を誇る鱗や表皮か。
堅い鱗は削れば優れた素材になるだろうし、表皮もカナンに処理をしてもらえば鵺を超える丈夫な革製品の材料になるかもしれない。
もしくは度々、アタシが食い意地の張っているところを目撃しているユーノは。魔竜の肉を食材として用意したつもりだろうか。
「……だけど。さっき倒れてたのを確認した時にゃ、そんなモノ持ってるようには見えなかったし」
アタシはあらためて、笑顔を浮かべていたユーノの姿を見返していくが。
とてもではないが、鱗や表皮、肉の一部を隠し持っているようには見えなかった。もし手に隠せる程小さな状態なら、素材や食材としては役に立たなくなってしまう。
果たしてユーノは、アタシに何を渡すつもりなのだろう。好奇心が半分、不安が半分といった心境で待っていると。
「はい、これだよっ」
「こ……コイツはッ⁉︎」
ユーノの手から現れたのは、一握りの石塊。何か、整った形状から砕け散った破片のように見えるが。
普通の石ではない、不思議な材質の石塊に。
「待てよ……何かが、砕け散った? それにこの材質、アタシは見た事があるぞ……ッ」
ふと、アタシの記憶が刺激を受けたのか。衝動的に腰から垂らした革袋へと手を伸ばし、袋の中にある二個の石の破片を取り出していた。
そう。
魔竜が所持していた、魔術文字が彫られた石版の一部を。
と、いうことは。
「……まさか、ッ!」
アタシは、腰から取り出した不完全な石版に。ユーノから受け取った破片を組み合わせようとすると。
最初こそどの箇所に合わせればよいかが分からず、二度、三度と失敗を繰り返し、試行錯誤をした結果。
数度目の挑戦で、ようやく石版と破片とか合致する。
これでまた一歩、新しい魔術文字の取得へと近づいたわけだが。
「で……でも、何でユーノがッ?」
さらに疑問だったのが。アタシとユーノが別行動を取り、それぞれ別の魔竜に挑む事となったが。
魔王様の側近の戦力でもあったユーノに加え、ヘイゼル・カムロギ・モリサカ。そしてお嬢一行までも共闘していれば。魔竜を打倒するのは間違いない、とある意味で確信していた。
それでも、ユーノと別行動となった際。魔竜が所持しているであろう魔術文字の石版の欠片について、アタシは何一つ言及しなかった。
ユーノの戦闘の邪魔になるような思考を、なるべく割り込ませないために。
魔術文字の石版については。色々と後片付けが終わってから、ゆっくりと戦場を捜索すればよいと思っていたからだ。アタシ一人で。
「えへへっ、よろこんでくれた? おねえちゃんっ」
にもかかわらず。
ユーノはアタシに、魔竜と戦っている最大の目的であった石版を見つけ、手渡してくれたのだ。
アタシの問い掛けに、鼻の下を指で擦りながら得意げな笑顔を浮かべたユーノは。
「えっとね、あのおろちってやつのからだのなかで、これをみつけたんだ。そしたら、おねえちゃんがいしがどうとかはなしてたなー……っておもいだして」
その言葉を聞いて、アタシはハッと何かを閃いた。
それは、ユーノが倒れていた位置だ。
先程アタシは、何故ユーノが魔竜の自爆に一番近しい位置にいたのか。獣人族の俊敏さを発揮すれば、もっと爆発の威力から逃げられたのではないか、と。
だが、事実は逆だったのではないか。
魔竜が自爆を仕掛けたのと、ユーノが石版の欠片を発見したのがほぼ同時だとして。もしかしたらユーノは、自分が退避するよりもアタシが必要としている欠片を入手する事を優先し、爆発に巻き込まれたのではないか……と。
「あれ? どうしたの、おねえちゃん?」
ユーノが石版の欠片を入手した過程を想像したアタシは、胸に湧き上がる衝動を止める事が出来ずに。
次の瞬間、アタシは両腕を目の前に立っていたユーノの首と背中へと回して、力強く抱きしめていた。
「やっぱりユーノ……アンタは、最高の相棒だよッ!」
「ふ、ふえっ? な、なにするのっお、お、おねえちゃんっっ?」
アタシは、生まれ故郷である帝国を飛び出してから八年。これまでで一番長く旅を共にしたユーノに熱烈な抱擁と、感謝の言葉を口にすると。
途端に顔や耳まで真っ赤にして困惑したユーノは。
「よ、よしてよアズリアおねえちゃんっ……み、みんながこっちみてるよぉっ……はうぅぅ」
口では腕を解いて欲しいと言っていたものの、身体の力が抜け、アタシの腕を振り解く真似など一切せず。
ただアタシのなすがままに、情けない声を漏らしながら抱き締められているユーノだった。




