392話 アズリア、目覚めたお嬢との会話
「……は、っ!」
「お、お嬢様っ?」
セプティナの背中で、緑の癒しの光にて傷が回復したお嬢が、目を開けた。
だが、意識を戻した途端に身体をじたばたと動かし、周囲を警戒し始める。
「せ、セプティナ、離しなさいなっ? わ、私はまだあの巨大な魔物たちと戦わなければっ──」
どうやら、魔竜との戦闘の最中に意識を無くしたからなのだろう。目を覚ましたお嬢は、まだ戦闘が終わった事を理解出来ていない様子だった。
だが、敵である魔竜を探して周囲を見渡していたお嬢の視線が、アタシを見つけた途端。
「──え?」
ピタリ、とセプティナの背中で暴れていたお嬢が大人しくなる。
「あ、あ……あ……ま、まさか、貴女は……あのアズ、リア?」
お嬢が確信を持てないような言葉なのは、アタシの髪が「精霊憑依」中ということで緑に変わっていたからだろう。
だからアタシは数歩ほど、お嬢を背負うセプティナへと歩み寄っていき。
「ははッ、アタシを追ってきたってのに。髪の色が変わった程度でアタシが誰だか見分けがつかないのかい?……冷たいねぇ」
「ち、違っ、そ、そんなことは……」
鮮やかな緑に染まった髪を掻き上げながら、アタシの口から出たのは。落ち着けるために戦闘が終結した事実ではなく、アタシをアタシだと断言出来なかった事への皮肉だった。
それを聞いたお嬢が、明らかに困惑した表情を浮かべ、言葉を詰まらせてしまうが。
「いや、悪かったねぇ」
考えてみればお嬢は。アタシがもう一体の魔竜と戦闘していた事を知らないまま、傷付き倒れるまでユーノらと共闘してくれたのだから。
過去の因縁から、意地悪をして揶揄うのはこれくらいにしておき。
アタシはお嬢に、魔竜は既に倒され、戦闘が終わったことを告げた。
「お嬢、ユーノたちと一緒に魔竜を倒してくれて、その……ありがとな」
「え」
アタシの言葉に、セプティナに背負われたままのお嬢は呆気に取られたような反応を見せ。
次の瞬間、もう一度周囲の状況をゆっくりと確認したお嬢は。今度こそ本当に戦闘が終わったのを実感する。
「た、確かにっ……あの巨大な魔物は……どこにもいませんわね……っ」
だが、戦場を見渡している最中にも一、二度。アタシの顔を見返しながら、お嬢の顔からは戸惑いが完全に消える様子がない。
「……ん?」
時折、お嬢と視線が交わる度に。ぷい、と顔を背ける行動の意図がまるで読めず。
思わず首を傾げてしまうアタシだったが。
「アズリア。あの娘はね、あなたに感謝を伝えられて、どう振る舞ってよいのかわからないのよ」
「……は? あの、お嬢が?」
アタシに代わり、憑依中の大樹の精霊がお嬢が見せた態度、その意図を耳元で囁いてくる。
さすがは師匠、と言いたい衝動に駆られそうになったのも一瞬。しかしアタシは、師匠が耳元で語った内容がどうしても腑に落ちなかった。
「い……いやいやいやッ? ない、ないってえの。だって、あのお嬢だぜ?」
このシラヌヒ城で合流してからは、一度も諍いや癇癪を起こしてはいなかったお嬢だったが。
幼少期には、アタシの顔を見る度に暴言や無理難題を躊躇なく投げてくる始末だったし。
砂漠の国で望まぬ再会を果たした際も。こちらの事情や説明など知らぬ存ぜぬとばかりに、突然刺突剣を抜いて斬り掛かってきたのだから。
「なあに?……それとも、アズリアは私の見立てが間違っていると、そう言いたいのかしら」
「い、いやいやいやッ! そ、そうじゃねぇけどさ……」
そんなお嬢様、ベルローゼ公爵令嬢が。
まさかアタシの感謝の言葉一つで戸惑いを見せる、などと師匠に言われても、にわかには信じ難い。
頑なにこちらと目を合わせようとしないお嬢が、本当に師匠の想像通りの心情なのかを。ジッと観察していたアタシだったが。
そのアタシの腕を、横から引っ張られる感触。
「あ、あの……アズリア?」
声を掛けてきたのは、先程まで全身に負った火傷のためか、立ち上がる事の出来なかったファニー。
「わ、私もっ……回復の手伝いをさせて欲しい」
すっかり傷が塞がり、立ち上がっていた魔術師でもあるファニーは。
アタシの腕を摘んでいない方の手には、魔法を発動させるための補助具である魔法の杖を握り締めながら。
まだ残っている負傷者の治療を手伝おうと、自ら名乗り出てくれたのだ。
「そ、そうですわっ!」
ファニーの言葉を聞くと、セプティナに背負われたままだったお嬢は。慌てて自分の脚で地面へと降り立ち。
「魔物との戦闘では遅れを取りましたがっ、この聖騎士の私がアズリアの代わりに治癒魔法をっ……あ、あれっ?」
ファニーの提案を、まるで自分が言い出したかのように。離れた場所に寝かされていた負傷した武侠らへと視線を向けたお嬢だったが。
負傷者の状態に、唖然としてしまう。
「あ、あれ、立ち上がれる? 確か……脚が折れていたはずなのに?」
「お、オレは確か……胸を蛇人間の爪に切り裂かれて、なのに……血が止まってる……」
何しろ、負傷していた多数の武侠が一人残らず上半身を起こし、傷が癒えた自分の身体を不思議そうに見ていた。
そう。まだ負傷している人間は、もう一人も残っていなかったのだ。
「う、嘘ですわ……あ、あの数を、アズリアが一人でっ?」
信じられない、という顔で。先程まで顔を背けていたアタシを凝視してくるお嬢。
驚くのも無理はない。
本来、全身の火傷や生命に関わる深傷を癒す程の高度な治癒魔法となると。術者に代償が必要となるため。
一人、二人の治療ならばともかく。一〇人を超える数を連続で癒すのは、神から受けた加護と恩寵によって魔法の代償が軽減されている「聖騎士」のベルローゼですら至難の業だったりする。
ましてや、ベルローゼの知る限りのアタシは、神聖魔法を含む一切の魔法が使えないのだから。
いきなり、この場にいる負傷者全員を治癒する離れ業を。そして実行したのが魔法を使えないアタシだ、と説明されても。信じろ、というほうが無理がある。
驚くお嬢に、実際に魔法を発動する瞬間を目の当たりにしていたセプティナとファニーが説明に入る。
「いえ……信じ難い話ですが。私とファニーがこの目で見ておりました。しかも発動させたのは、魔法一種のみ……」
「うん、魔術師の私から見ても、まだ信じられない状況だけど……本当よ」
「と、いうワケだよ」
アタシは、魔法の杖を構えていたファニーの肩をポンと軽く叩き。
続けて、セプティナの背中から降りたお嬢の肩も叩くと。
「手伝いたい、って気持ちだけ。ありがたく貰っておくよ」
治療の手助けを提案してくれた二人に、感謝の気持ちを簡単に伝えると。
負傷者らが集められた場所ではなく、とある場所へと早足で向かっていた。




