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390話 カサンドラ、生命の危機に

 ファニーはもう一度、重傷の仲間(カサンドラ)の様子を確認する。


 構えていた大楯(タワーシールド)の分、炎の直撃は(まぬが)れていたものの。強烈な衝撃で装着していた鎧が粉砕された際、砕けた金属片がカサンドラの身体のあちこちに突き刺さり。火傷(やけど)以上に、こちらの傷がより深刻だった。

 何しろ、治癒魔法がない状況では。カサンドラの身体にはいまだ破片が刺さった状態で、傷口から血が流れ続けていたからだ。


 見れば、いくら応急処置に武侠(モムノフ)らがカサンドラの身体に布を巻いても、傷口からの出血が止まる様子はない。

 血が止まらない状態が続けば、遅かれ早かれ生命を失うだろう。しかし、即座に傷を塞ぐ治癒魔法のない状況で突き刺さった破片を抜けば。たちまち傷口から大量に血を噴き出しかねない。


 魔術師としての知識と、冒険者としての見聞(けんぶん)がカサンドラの危険な状態を理解したファニーは。


「ど、どうにか、ならないのっ?」


 手を伸ばし、助け起こしてくれた女中(メイド)のセプティナに……というより。彼女が背負っていた意識のないベルローゼに向け、感情的な言葉をぶつけていく。


「それは……私では、どうにもなりません」


 しかし、セプティナが得意としていた月属性の魔法には残念ながら治癒魔法はないためか。ファニーから顔を逸らしながら、目を伏せていく。

 そのセプティナの防御魔法で、辛うじて生命を救われたベルローゼも。ファニーの切実な声を聞いてなお、意識を取り戻し、何か反応を示す事はなかった。

 カサンドラほど深刻な生命の危険は迫っていないものの。背中のベルローゼもまた、今すぐに治療を受けなければ生命を落とす可能性がある危険な状態なのだ。

 

「そ……そんな、事って……っ」


 ファニーもまた、カサンドラだけでなくベルローゼの状態を把握していただけに。

 それ以上に治療を懇願(こんがん)する事を諦め、掴んでいたセプティナの手を脱力で放してしまう。


「だ、駄目っ……私の魔法程度じゃ、あんな(ひど)い傷を治すことは出来ない……」


 魔術師であるファニーも、浅く斬られた傷口程度なら塞ぐ事の出来る治癒魔法は習得してはいたが。だからこそ、現状では自分の魔法ではどうしようもない事を痛感していたからでもあった。


 あまりの悔しさに、全身に負った火傷(やけど)の激痛も忘れ。目に大粒の涙を浮かべて顔を伏せ、無力感に(さいな)まれるファニー。

 

「う……う、ううぅっっ……わ、私っ、あの時(・・・)と同じで、また何も出来なかったよ……魔術師として守られてる立場なのにっ……」


 だが、ファニーが流す後悔の涙は。決して今回カサンドラを救えなかった、というだけが原因ではなく。

 今、この状況と同じように。仲間の傷を癒せずに深刻な危機を迎えてしまった、()むべき過去の出来事があったからだ。


「こんな時にですが、一つ……聞いてもよいですか?」


 そんな自分の無力を(なげ)くファニーの言葉に含まれていたある単語を、セプティナは無視出来なかった。


「あの時、とは?」

「……つまらない話。それでも、よい?」


 質問に一瞬だけ間を置き、それから目に溜めた涙を腕で(ぬぐ)ってから口を開いたファニーは。ぽつぽつとセプティナの疑問に答え始めた。


 それは、海の王国(コルチェスター)で起きた獣人族(ビースト)の人身売買事件について、であった。


 (はる)か過去の歴史にて、人間との覇権争いに敗北し、大陸から追放された経緯(けいい)のある獣人族(ビースト)という種族は。大陸で暮らすほとんどの人間が忘れた今でも、犯罪者と同じか、それ以下の目で見られる悪しき習慣が根強く残る地域や人間もあり。

 同時に、人間よりも身体能力に優れ、獣の特徴を残した外見を愛らしく思う者も少なくない。

 そんな背景と思惑(おもわく)(いびつ)合致(がっち)し、獣人族(ビースト)を商品として売買する犯罪へと結びついたわけだ。

 

 ファニーら三人組が普段、仕事斡旋(あっせん)所から様々な依頼を受け、生計を立てている港街モーベルムにて。

 不覚にも、売買組織の奇襲を受けて捕まった三人は。逃亡を未然に防ぐために足の腱を切られて監禁されてしまったのだ。

 牢獄に拘束されていた三人を救出したのが、アズリアとユーノだったというわけだが。

 あの時もしも、ファニーが足の腱を再生出来る程の高位の治癒魔法を扱えたならば。カサンドラやエルザを救う事が出来たのではないか……という後悔。

 

「……そんな事が、コルチェスターで」


 仲間(カサンドラ)の生命の危機が迫っていた状況だけに詳細を(はぶ)き、簡単なファニーの事件の説明ではあったが。

 最低限の事件の背景と、ファニーが無力感に(おちい)っていた理由をセプティナは理解したが。


 ならばこそ、こればかりはどうしようもない。


 力量不足で使えない魔法を使用可能にするのであれば、まだ可能性は残っている。

 重傷のカサンドラを治療するだけの魔法を今、この場で習得するのはどう考えても不可能だからだ。

 ……いや、それ以前に。


「か、っ……カサンドラ……っ!」


 治療の手がない、と一度は諦めたファニーだったが。ならばせめて、少しでも仲間の近くに寄り添いたいと思ったのだろう。

 まだ立ち上がっていなかったファニーは、両手と膝を地面に引きずりながら、四つん()いの体勢で負傷者らが集められた場所に移動しようとしたが。


「あ、ぐっ⁉︎」

「な、何をしているのですか、ファニー!」


 仲間の生命が危機に(ひん)している、という状況下で興奮し。忘れていた身体の痛みが再び戻ってきたことで。

 脚を一歩、腕を前に動かしただけで悲鳴を発する程の激痛が身体に奔ったファニーは。両腕でも身体を支えられずに、地面に突っ伏してしまう。

 

「幸運にも目を覚ましましたが、あなたも本来なら寝てなくてはいけない重傷なのですよっ!」


 慌てて地面に倒れたファニーへと駆け寄ったセプティナは、片手で助け起こしながら。全身に火傷(やけど)を負っているのに無理に動こうとした魔術師(ファニー)叱咤(しった)していくが。

 治療が無理ならば、せめて仲間の近くにいたいというファニーの気持ちを、セプティナは痛い程に理解していた。

 自分がもし同じ立場であれば、主人であるベルローゼの少しでも近くにいようと同じ行動を取ってしまうだろうから。


 ファニーの気持ちが分かるために、本来であれば倒れた彼女(ファニー)の身体を抱き上げ。意識のない仲間(カサンドラ)の元へと連れて行きたかったセプティナだったが。

 今、セプティナの背中には同じく意識のない重傷者(ベルローゼ)を抱えていた。そのため、片腕は塞がっており。

 片手だけでは到底、立ち上がる余力の残っていないファニーを仲間の元へと運んでやる事は出来ない。


「だから……せめて、私に出来るのはこのくらいです」


 今、セプティナに出来る事と言えば。倒れたファニーを何とか立ち上がらせ、手を引いて、仲間(カサンドラ)らの元に連れて行く手助けをするのが精一杯だった。

 一度、涙を()いたファニーだったが。セプティナが伸ばした手を掴むと、再び大粒の涙を目に浮かべてしまう。

 

「それに。まだ諦めるのは早い、と思いますよ」

「え? そ、それって、どういう意味っ……」

「ファニーさん。先程の話を思い出してみて下さい」


 そう言われたファニーはもう一度、直前までの会話の内容を思い返していく。

 先程、セプティナに説明をしたのは。三人組が主な活動地域としていた港街(モーベルム)での人身売買の一件だったが。


「それは……私たちを売買しようとした時の、話?」


 ファニーの頭に浮かぶのは、自分の無力感のみで。セプティナが言うような一抹の希望に繋がる情報を、過去の回想から見出(みいだ)すことが彼女(ファニー)には出来なかった。

 あの時、同じ種族ということで親密な関係となったユーノが何か関係しているのか、と一瞬思ったが。

 残念ながらユーノもまた、魔竜(オロチ)との戦闘で限界を迎えていたのか、戦場にて倒れていたからだ。


「──あ」


 その時、ファニーの頭はある可能性を導き出す。

 ファニーら三人を救い出してくれた、ユーノともう一人の人物の姿がなかった事に。今さらながら気が付いたのだ。

 

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