389話 ファニー、戦場にて目を覚ます
この話の主な登場人物
ファニー 白薔薇ベルローゼの護衛三人組の魔術師
エルザ 同じく護衛三人組の一人 猪人族の女戦士
カサンドラ 同じく護衛三人組の一人で全身鎧に身を固めた重戦士
セプティナ 白薔薇ベルローゼのお付きの女中
一方で──時間を僅かに戻し。
三本目の魔竜「一ノ首」が、最後の魔力を暴走させ。大爆発を起こしたことで戦闘を終えた戦場では。
魔竜の血から喚び出された蛇人間と交戦した時や。ユーノらを狙った魔竜の攻撃の巻き添えを受けたり、と。傷付き倒れた負傷者を、まだ動ける人間が一箇所へと運んでいる中。
「……う……うう……身体が……痛い、っ……」
そう声を漏らしながら意識を取り戻し、地面から頭を起こしたのは魔術師のファニーだった。
実は、頭から立派な二本の鹿角を生やしている、鹿人族のファニーの姿を見て。
負傷者を運んでいたのが後方に控えていたカガリ家の武侠は。獣人族の存在を知らなかったため、助け起こすのを躊躇されていたのだが。
「た、確か……私は、あの大きな蛇の炎をまともに喰らって……」
目を覚ましたばかりのファニーは、現在の戦場の状況を確認するために。痛む身体を動かし、上半身を起こし周囲を見渡しながら。
意識が途切れるまでの間、自分の身に何があったのかを回想していく。
巨大な蛇──魔竜との戦闘の最中、敵の放った強烈な炎を防御魔法で防ぎ切れず。並んで戦っていた仲間のエルザと一緒に吹き飛ばされるまでの記憶を。
「は、っ! え、エルザはっ……それに、カサンドラはっ?」
その時、ファニーは慌てて自分の周囲に視線を向け。仲間であるエルザ、そしてカサンドラの姿を探していく。
だが、魔竜の漆黒の炎を受け、纏っていた衣服のほとんどが焼け焦げてしまい。身体の至る箇所に火傷を負っていたファニーは。
「は……ぐ、ぅっっ⁉︎」
さらに上半身を起こすために、身体を支えようとした腕に奔った激しい痛みに。悲鳴を上げて体勢を崩し、地面に倒れ込んでしまう。
仲間である二人の姿を確認するよりも前に。
地面に突っ伏したファニーは、再び身体を起こそうとするも。先程痛んだ腕だけでなく、倒れた衝撃で全身の火傷が痛み、身体に力が入らなかった。
「う……う、っっ……え、エルザっ……カサン……ドラぁぁぁぁぁっ……」
同じ傷を負ったとしても、身体が丈夫なカサンドラやエルザならば問題なく身体を起こせただろう。そう思ったファニーは、獣人族でありながら非力な自分を悔しく思い。
仲間の姿を見つけられなかった事も重なり、ファニーの両の目から涙が溢れ落ちる。
涙を流す幼い魔術師。
その目の前に、ゆっくりと差し伸べられた手が。
「大丈夫ですか。ファニーさん?」
「──え?」
この戦場には多数の人間がいるが、ファニーの名前を知る人物はほんの僅かだ。
何しろ、帝国貴族であるベルローゼの命じるがままに。大陸を離れ、海を隔てて遥か南に位置するこの国にまで訪れ。目的であったアズリアと合流を果たしたのが、魔竜との戦闘の直前だったからか。
初対面の人間に名乗る機会をすっかり逸してしまった、というのが理由だが。
結果的に、ファニーの名前を知っているのは。仲間の二人に依頼主のベルローゼ、そしてもう一人。
「あ……セプティナ、さ……ん」
ベルローゼのお付きの女中であり、月属性の数々の魔法や、左右二本の短剣を使い熟す凄腕の軽戦士でもあるセプティナ。
その彼女が今、ファニーに手を伸ばしていた人物だった。
しかも彼女は、主人であるベルローゼを背負いながら。口喧しい帝国貴族様が一切口を挟まない……という事は、おそらく意識を無くしているのだろう。
「あ、あの……その、っ……」
仲間の二人と違い、内向的で仲間以外と話す事が苦手なファニーが口淀んでいるのを。
何故、自分が無事で動き回っているのかを疑問に思われている、と勘違いしたのか。セプティナは何とか深刻な被害を回避出来た理由を、自ら説明していく。
「ああ──咄嗟に防御魔法を張ったおかげで、何とか動ける程度は爆発を免れたんです」
「そ、そうだったんですか……っ」
魔竜の魔力が暴発し、大爆発を起こしたその瞬間。セプティナは咄嗟の判断で、ベルローゼの前に立ち塞がり。
同時に月属性の高位の防御魔法である「満ちる月の羽衣」を詠唱、そして予備動作をする事で効果を向上させ発動し。
自分と、庇っていたベルローゼに爆発の威力が直撃するのを間一髪で防いでいたのだ。
勿論、防御魔法で完全に自爆の威力を相殺出来たわけではない。
強化した防御魔法の上から、強烈な爆炎の熱に肌は炙られ、爆発の衝撃が容赦なくセプティナに襲い掛かった。
それでも、防御魔法が無ければ。
まださほど消耗の少なかったセプティナはともかく、事前に蛇巨人の手で握り潰され深傷を負ったベルローゼが爆発の直撃を浴びれば。確実に生命を落としていただろう。
だが、それよりも。
「あ、あのっ……え、エルザは、カサンドラは、ぶ、無事です、か?……そ、それともっ」
今のファニーは、これまで三人組の冒険者として活動してきた二人の仲間の安否の確認だけで頭が一杯だった。
だから彼女は、全身に奔る火傷の痛みで声を震わせながらも。セプティナに対して、姿の見えない二人がどうしているのかを懸命に訊ねる。
すると、ファニーの背後を指差したセプティナ。
指が指し示す先へと、身体を動かすと全身に駆け巡る痛みに耐えて首を向け、視線を移すと。
「あの二人なら、この地の兵士らが負傷者を一箇所に集めると、運んで行きました。ですが……」
セプティナの発言通り、指差す先には多数の負傷した武侠が一箇所に集められ、地面に寝かされていた。
「あっ!」
寝かされていた負傷者の中に、ファニーはようやく見知った顔と姿を二人分、見つける事が出来た事に歓喜の声を漏らす。
だが、セプティナが言葉の最後を言い淀み「二人が無事だ」と言い切らなかった理由──それは。
「治療する人間が……いない?」
「ええ、その通りです」
負傷者は次々に戦場の各地から運ばれ、装着した全身鎧が粉砕し、酷い傷を全身に負ったカサンドラや。魔竜の炎で金髪が焼け焦げていたエルザもまた寝かされていたが。
その負傷者に施される治療は、流れ出る血を止めるために傷口に布を巻くのが精々という具合だ。
動き回る十数人の誰一人として、簡単な治癒魔法すら使っている気配が。魔術師のファニーには見受けられなかった。
「魔術師であるファニーさんなら知っての通りでしょうが、治癒魔法の多くは神聖魔法に分類されます」
「だ……だけど、この国にそんな神殿なんて……見た事が、ない」
交流こそあれど、大陸と海を隔てたヤマタイには大陸とは違う独自の習慣や文化が生まれ、根付いており。
神の信仰も、まさに大陸との違いが大きく現れた要素の一つであり。大陸ではどの国家でも都市ならば必ず一つは見かける、五大神の神殿と信仰が。この国では一切見かける事がなかった。
「ええ、つまり。この国には神の加護たる神聖魔法の使い手がいない……口惜しいですが」
「そ……そんな、っ?」
セプティナの口から淡々と語られるこの国と、この戦場での現実に。愕然とした表情で、目の前のセプティナと遠くに寝かされた仲間を交互に見返していたファニー。
というのも。
エルザの負った傷も当然心配だが。倒れた理由がファニーと同じならば、これまた自分と同じようにひょこっと起き上がる可能性も皆無ではない。
問題は、カサンドラの容態だった。




