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388話 アズリア、姉妹の加護への疑問

余談ですが、本日の更新で。

作品は四周年を迎えました、それだけ。


 だがシュテンは、顔を(しか)めるといった嫌そうな態度を(わず)かも見せず。

 嬉しそうな声で(いなな)きを鳴らし、(ひたい)を撫でるアタシの手に自ら頭を擦り寄せてくる。


「……お前も疲れてるのに、ありがとよ。シュテン」


 これまでも人の言葉を理解してきたシュテンだ。まさかこの時だけアタシと再会出来た嬉しさで、話を聞いていないという事はないだろう。


「ほれ、フブキ。乗った乗った」

 

 アタシは早速、先程起こしたフブキを駿馬(シュテン)の背中へ乗せる幇助(ほうじょ)をしようとする。

 普通、人を乗せる役割の馬の背には、(また)がった際に背から滑り落ちないための(くら)と。目線ほどの高さもある馬の背に乗るための補助として、足を掛ける器具──(あぶみ)があるが。


 シュテンには、そのどちらも装着されていない。


 フルベの街にいた頃のシュテンは、荒々しい気性から乗り手がなく。(くら)(あぶみ)を装着していない状態で、アタシに用意されたのが理由だが。


 だから一人で騎乗するのは無理だと思い、アタシは腰を掴み。フブキの身体を背中まで持ち上げようとしたが。

 アタシの手が腰に触れるより前に、こちらを振り向いたフブキが笑顔をわざとらしく見せ。


「あのね、忘れてないアズリア? 私だって、ここに来る道中でシュテンの背中に乗ってたんだから」

「あ」


 直後、その場からではなく。


「せえのっ……それっ!」


 一度距離を空けて助走し、勢いをつけてから高く跳び上がり。アタシの手助けを使わずに、シュテンの背中へと見事に(また)がってみせた。


「ほらね」


 そう言えば、フルベの街からシラヌヒまでの道中の五日間。

 確かに出発の際は、(シュテン)の大きさに怯んだからか。アタシが背中に持ち上げ、騎乗させたと記憶していた。

 しかし言われてみれば、野営だけでなく休憩のために何度も馬から降りる機会はあったものの。アタシが一々、フブキを馬の背に乗せる手助けをした記憶は残っていない。

 近くに転がっていた大きな石や樹などをフブキは踏み台にし、シュテンの背に跳び乗っていたからだ。


「あ、あはは、まあ……お転婆(てんば)ってのは、こういう人物を差すんだろうねぇ」

 

 フブキの身体能力と行動力に感心しつつも、同時に。カガリ家当主の姉妹という立場からは想像出来ない行動と結果に、アタシは乾いた笑いをするのが精一杯だった。

 しかし、(フブキ)幇助(ほうじょ)無しで駿馬(シュテン)に乗れはしたが。さすがに(マツリ)のほうは、手助け無しで背に(また)がるのは無理だろう。

 今度こそ馬に乗る手助けに、と。シュテンの目の前にまでやってきたマツリに近寄っていくアタシだったが。


「あ、大丈夫ですよアズリア様」


 アタシが身体を持ち上げるために腰に伸ばそうとした手を。これまた、やんわりとした笑顔を向けたマツリが制したのだ。


「え……ね、姉様っ?」

「お、おいッ、まさか、ねぇ──」


 マツリが幇助(ほうじょ)を拒否したのは、実際に断られたアタシだけでなく。

 同じく馬上から手を伸ばしていたフブキもまた、驚きの声を漏らしてしまうが。


 そんなアタシとフブキの二人を、まるで気にする様子もなく。しかもフブキのように助走のために後ろに下がろうともしない。

 一体どうするつもりなのか、不思議な物を見るような感情でマツリを注視していると。


「それでは──っ!」


 何と。その場で地面を蹴って空高く跳躍し、空を舞うマツリ。

 その姿を唖然(あぜん)と眺めてしまうアタシと、馬上のフブキ。


「ね……姉さ、まっ?」


 驚くのも無理もない。アタシがマツリを実際に見たのは、ジャトラの魔手から救出してから(わず)かな間しかないが。

 常に妹であるフブキに手を引かれていた印象しかなかったのと。先程のフブキと同様にカガリ家当主という高い身分から、勝手に身体を動かす事が不得手(ふえて)だと思い込んでいたからだ。

 

 だが実際には、フブキも。

 そしてマツリは妹以上に身体を動かせたのだ。


「……驚きだよ。何だい、あの身軽さは」


 身軽に空中で身体を一度(ひね)りながら、フブキが(また)がっていた駿馬(シュテン)の背に座るように着地する。

 目の前で発揮したマツリの身体能力は、一般的どころか並の傭兵や冒険者を軽く超えていた。前線に出る事の決してない当主であるマツリが、これ程の身体能力を有しているのに疑問を抱いたアタシだったが。


 そう言えば、道中の野営でのフブキとの会話で。幼少期に敵からの襲撃を受けた際に、既にカガリ家の加護に覚醒していたマツリの炎で守られた、と聞いていたが。

 

「もしかして、あの身のこなしも……加護の一部なのかも、ねぇ」


 アタシは、フブキが本来カガリ家の血統が継承する筈のない「氷の加護」を有していたように。マツリが継承した「炎の加護」には、炎を自在に操る以外にも、身体能力の向上の効果があるのではないかという推察を。

 咄嗟(とっさ)(ひらめ)いたのだが。


「さあ、急ぎましょうアズリア様っ」

「あ、ああ……そうだねッ」


 フブキよりも前に座ったマツリは、唯一装着していた手綱(たづな)を握ると。

 先を急ごうと、疑問と推察に(ふけ)っていたアタシへと声を掛ける。馬に乗るように、ではなく先へ急ごうと。


 ──確かにアタシは、二人と一緒に駿馬(シュテン)に騎乗するつもりはなかった。

 通常ならば、右眼の魔術文(ルーン)字を発動してなお、シュテンが駆ける速度が優れているが。

 今のアタシは「精霊憑依(ポゼッション)」の最中だ。この状態であれば、アタシが自分の脚で走ったほうが早く目的地へ到着出来るだろう。


 しかし。


 アタシはその事を、後方に控えていた二人の姉妹(フブキとマツリ)に一言も相談してはいなかった筈だ。

 ならば普通は、馬よりも人間が早く走れると思うわけがない。にもかかわらずマツリは「アタシが駿馬(シュテン)に騎乗しない」と理解していたのだ。


 フブキの「氷の加護」には、カイという(いにしえ)の人物と氷の精霊(セルシウス)が関与していたように。

 マツリの「炎の加護」もまた、何かアタシの知らない秘密が隠されている予感がする──が。


「いやいや……まずはユーノらを助けるのが最優先だろ、アタシ」


 今の最優先事項は、三本目の魔竜(オロチ)の自爆に巻き込まれたユーノらを治療し、安全な場所へと運び出す事だ。


 アタシが抱いた疑問を解決するのは、何も今この時でなくても良い。全てが終わり、戦後処理をしながらでも済む話だ。

 勿論(もちろん)、戦闘が終結した後は後で。厄介な問題が山積みなのだろうが。


「待ってな、ユーノ、ヘイゼル……それと、お嬢ッ!」


 マツリとカガリ家の加護の事は一旦忘れ、アタシは離れた戦場にて治療を待つ仲間たちの名前を(つぶや)きながら。

 二人を背に乗せた駿馬(シュテン)と併走し、目的地へと──全力で駆ける。

 

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