385話 アズリア、最後にして重大な選択
「ど、どういうコトだい、フブキッ?」
懸命なフブキの訴えを、アタシは無視する事が出来ずに。魔竜を斬り裂く魔剣と、進む足を止めてしまう。
アタシの攻撃の手が止まったのを見たからか、フブキはユーノらの現状を説明し始めた。
「どういう事も何も、さっきの魔竜の最後の爆発で、ユーノたち全員が倒れたままなのよっ!」
確か、二人の姉妹と合流を果たした際に。三体目の魔竜との戦闘を任せてきたユーノらに代わり、アタシの元へと駆け付けたと聞いていたが。
「お、お嬢はッ? あの高慢チキな……くるくる金髪の女はどうしたってんだい!」
正直、離れた戦場には優れた治癒魔法の使い手でもある「聖騎士」のお嬢がいる。
本来であればあの帝国貴族──「白薔薇」エーデワルト・デア・ベルローゼは。幼少期のアタシを虐げ続けた、憎き対象ではあるが。
同時にお嬢は、この戦いにおいて仲間であるユーノやヘイゼルの傷を癒した恩義もあった。
過去の因縁こそあれど、アタシは故郷を捨てて旅に出た時点で。帝国での過去は、良い事も悪い事も全部置いてきたつもりだ。
だから仲間を、そしてアタシの傷を癒やしてくれたお嬢は。少なくともこの戦闘が終結するまでは、立派なアタシらの仲間だ。
三の門の手前で、深傷を負ったアタシらを治療したように。魔竜に受けた負傷も任せられるだろう……そう考えていた。
とはいえ。あくまで心配をしているのは、一時的な仲間である義理と、治癒魔法の使い手の確保という意味合いでしかなく。
アタシがお嬢の過去の因縁を許したわけでは、決してない。
もし、アタシがお嬢の非道な行動の数々を許すとしたら。見知らぬこの国の土地で、全裸で街を歩かせる……くらいの罰を下さねば、溜飲が下がるとは思えない。
──本当だよ?
だからこそ、アタシはユーノやモリサカではなく。まず最初にお嬢の安否を、フブキに訊ねてしまう。
当然ながら、聞かれたフブキも意外そうな表情を浮かべながらも。
「え? え……あ、ああ、あの『アズリアを追ってきた』人たちねっ?」
「ああッ、そうだよ! あの女、ベルローゼが治癒魔法を使って回ってるんじゃないのかいッ?」
もしくは、あまりに負傷者の数が多く。さらに傷が深すぎて、お嬢一人では到底治療が間に合っていないのかもしれない。
初歩的な「傷を塞げ」や「小治癒」などの治癒魔法ならば、術者に何の代償もなく使用出来るが。その分、簡単で浅い傷しか治療出来ない。
折れた骨を繋いだり、傷付いた胸や腹の内側を治療するには、さらに高度な治癒魔法が必要になるが。そうなると術者は一定の代償を支払う事となる。
治療する度に魔力のみならず、術者の生命をも削り取っていくのだ。
「……その、ベルローゼさんだけど」
だが……どうもフブキの反応を見た限りでは。唯一、治癒魔法を使えるお嬢も無事ではないようだった。
お嬢の安否を聞いたアタシから目線を逸らしながら、重い口を開くフブキ。
「彼女も、魔竜の爆発に巻き込まれて……意識のない状態なのよ」
「……なんて、こった」
フブキの口から語られたのは、アタシが想定していたよりも悪い、いや最悪の状況だった。
何よりも唯一の治癒魔法の使い手であるお嬢が、既に倒れているとなると。ユーノをはじめとした負傷者はアタシが魔竜と戦っていた間、ずっと放置されていた事となる。
「じゃ、じゃあ! 加勢してきた武侠の誰かが、治癒魔法を使えたりは──」
アタシは一分の希望を託し、魔竜から助けてやったイズミが率いる四つの都市からの武侠の援軍の中に。治癒魔法を使える人間がいないかをフブキへと訊ねるも。
こちらが言葉を全て言い終える前に、目を伏せながら首を左右に振り。治癒魔法の使い手が不在だという事をアタシへと無言で告げると。
「だからアズリアっ! 最後の最後まで頼り縋るのは心苦しいけど……あなたしかいないの、よっ……」
まるで喉から絞り出したような声で、アタシを呼び止めた理由──魔竜の自爆によって負傷し、深傷を負った仲間たちを治療して欲しい、と涙声で語り始める。
「ユーノ……ヘイゼル……モリサカ……それに、カサンドラやファニー、エルザも、ッ」
負傷し倒れているのは。一時的な打算での仲間、という関係のベルローゼだけではない。
魔王領からこれまで、短くない時間を一緒に過ごしたユーノや。
帆船の扱いや船上の生活様式など少なからず世話になったヘイゼルに、この国を案内してくれたモリサカ。さらに……海の王国でアタシが救出し冒険者へと復帰した三人の獣人族らもまた、負傷者に含まれているのだ。
フブキの口から、深刻な状況を聞いてしまった以上。治癒魔法ではないが、他者の傷を塞ぐ効果を発揮出来る「生命と豊穣」の魔術文字を持つアタシが動かない理由はない。
幸運にも、今は黄金の国はホルサ村を襲った悲劇を、精霊のみが扱える蘇生魔法を使い一転させた時と同様に。大樹の精霊と「精霊憑依」を果たしている。
「──急がないとッ!」
歯軋りを一つ、鳴らしたアタシは。
咄嗟に心の臓を両断した勢いのまま、深く潜り込んだ魔竜の胴体部から飛び出そうとするが。
その時、アタシの耳に信じられない言葉が響く。
「……本当にいいの、アズリア?」
「は、あッ?」
それは師匠が、仲間を救おうと攻撃を中断する決断に、水を差すような言葉。
いくら恩義のある師匠とはいえ、仲間を見殺しにするような発言に。アタシは思わず感情を昂らせ、怒鳴るような大声で異議を唱えた。
「い、イイに決まってんだろッ! アタシが行かなきゃ、もしかしたらあの連中が死んじまうかもしれないんだぜッ、だったら?」
「なら選びなさいな、アズリア。魔術文字か、仲間と呼ぶ者らの生命かをね」
「──あ」
興奮するアタシに対し、憑依中の師匠はあくまで冷静な声のまま、アタシの目の前にぶら下がっていた二つの選択肢について指摘をし。
その言葉で。アタシも何故、魔竜の胴体部を真っ二つに斬り裂いていたのか、その最終目的を今一度思い出す。
息絶えた魔竜の身体が朽ち果て、本体との繋がりが切れる前に。地中に潜っている胴体部を真っ二つに斬り裂きながら、八頭魔竜の本体へと到達し。
魔竜が所持する魔術文字と、海底都市から強奪された海魔族の秘宝であるエルナーシャの首飾りを奪取する、その目的を。
「今、ここでアズリアが刃を止めれば。魔剣を警戒した魔物は、当分の間は……いえ、もしかしたら永遠に、アズリアの前に姿を見せないかもしれないわ」
「で、でもさッ……治癒魔法を誰も使えない以上、今も倒れてるユーノたちは、下手したら死んじまうかもしれないんだよ?」
首飾りと魔術文字のために魔竜の本体を求め、地中に侵入すれば。ユーノら多くの負傷者は生命を落とすかもしれない。
反対に、今すぐユーノらを治療しに向かえば。仲間や武侠らの多くの生命を救えるかもしれないが。この国の地を踏んだ当初の目的を達成する事は、かなり遠退いてしまう。
一瞬だけ「精霊憑依」を解除し、師匠にユーノらの治療を任せようとは思ったが。
いくら伝説の一二の魔剣、とはいえ。アタシ一人の力のみでは、地中深くに伸びる魔竜の胴体部を本体まで斬り裂いていくのは不可能だ。
当然、その逆は論外である。
そもそも精霊が直接、強大とはいえ魔物である魔竜に手を下せない制約があったからこそ。魔剣や加護、というカタチで支援し、人間に魔竜を打倒させたのだから。
「だから選びなさいアズリア。仲間の生命か、それとも自分が欲するものを手に入れるのか、を──ね」
考える時間の猶予など与えられぬまま。
アタシは二つの選択、そのどちらを選ぶかの決断を求められる。




