379話 アズリア、憑依した精霊への回答
一体、何を師匠は言っているのか。
すると、いつまでも回答が思いつかないアタシに業を煮やしたのか。
「……あのねえ」
呆れたような溜め息を吐いた後、言葉を続けた師匠は。
アタシの意識を、痛みに藻掻く魔竜へと無理やりに向け。
「忘れちゃいないかしら? 魔竜は、あくまで八頭魔竜という魔獣の頭の一つであって、本体じゃないのよ」
「そんなコト、今さら言われなくてもッ──」
確かに師匠の指摘通り、アタシが戦っていた魔竜は。頭を八本持つ「八頭魔竜」の一部でしかなく。
今、目の前にいるのが四本目であり。この国の何処かにまだ四本、頭が潜んでいるわけだが。
カガリ家の当主争いが発端のこの闘争は、目の前にいる魔竜を倒せばそこで終結する。
それ以外に何があるというのか、アタシは師匠の質問の意図が読み切れないでいたが。
「──あ」
アタシはここでようやく、フブキの依頼を引き受けた目的を思い出す。
二度目の遭遇、突然の魔竜の襲撃の後。戦場に落ちていたある物を拾い上げた偶然。
そのある物とは、魔術文字が彫られた石版の一部。
「そ、そっか……アタシは魔竜が魔術文字を持ってると思って」
「……はぁ。やっぱり忘れてたのね」
そう言えば。
黒幕を退け、三度目の魔竜との遭遇を果たした際にはしっかり覚えていた筈だったのに。
戦況が次々と劇的に変化し、アタシも色々と策を講じて戦場を駆け回ったからか。当初に抱いていた目的がすっかり頭から抜け落ちてしまっていた。
「い、いや……そりゃ確かに忘れてたけど、さ」
だが、だとすると。魔竜との戦闘の最中に合流を果たした師匠が。何故、アタシの目的が魔術文字だという事を知っていたのか。
「何で、師匠がそのコトをッ」
「そりゃ、精霊憑依をしたからに決まっているじゃないの」
そんなアタシの疑問に、師匠の声はまるで当然だ、というような口調で答える。
「そんなわけで。アズリアの事情を、私はしっかりと理解してるからもう一度聞くわよ。あの魔竜の頭を一本倒しただけで、その目的は達成されるわけ?」
「そ、そりゃ……多分、無理だろうねぇ……ッ」
二度目の魔竜が、ただ偶然的に魔術文字が彫られた石版の破片を所持しただけなら良かったのだが。
一緒に旅をしていた村の子供、チドリが。村を襲撃し、アタシが最初に倒した魔竜の死骸から、同じような破片を見つけた時点で。
魔竜が魔術文字を所持している事は、ほぼ確定した。
だとすれば、この場で四体目の魔竜を倒したとて。
残る魔竜の頭は、あと四本。その全てが魔術文字の破片を所持しているのだと仮定したら。
「あの魔竜を倒しても、まだ四本も頭が残ってるからねぇ……その全部が同じように石版持ってたとしたら。全部集まるのはいつになるコトやら」
石版が形を取り戻し、魔術文字の全容が明らかになるには、目の前の魔竜を倒しただけでは到底足りないだろう。
アタシが、思ったままの想定を口に出すと。
「なら、話は簡単じゃない」
「へ? い、いや、悪いけどさ……師匠が何を言いたいのか、アタシにゃ全然読めないんだけど」
実にあっさりとした口調で、解決の困難なアタシの悩みを一蹴していく。
アタシは、師匠が「簡単だ」と指す部分が。果たして「魔術文字を集める事」なのか、それとも「魔竜の頭をぜんぶ倒す事」なのかを理解し兼ねていたが。
「……何を言うつもりなんだい、師匠」
一つだけ言えたのは、嫌な予感しかしないという事だ。
まるで精霊界で特訓で、崖下に不意に突き落とされたり、師匠の従者である精霊竜のネモと戦えと言われた時のような。
「え? あの頭を倒した後、魔獣の本体もまとめて倒してしまえば、アズリアの目的が達成出来るんじゃないかと。私は言いたかったのだけど」
「……は?」
一瞬、アタシは師匠が何を言っているのかが理解出来なかった。
確かにまだ世の魔術師らも到達していない魔術文字の知識や、魔力容量や剣の腕前など。数え切れない事を教えてくれたのは。感謝、そして尊敬をしていた。だからこそ「師」と呼んでいるのだが。
「魔竜の……本体を、だって?」
それでも。言葉を理解したアタシは、今度は師匠が正気を保っているのかを疑ってしまった程だ。
確かに、頭一つ一つではなく八頭魔竜本体ならば、残る石版を全て所持してはいるだろうが。
頭一つを倒すのに、これまでアタシらがどれだけ難儀し、苦戦を強いられた事か。「一ノ首」を名乗った三本目の魔竜に至っては、死に間際の大爆発にてユーノらが巻き添えを喰らってしまった程だ。
八頭魔竜の本体を相手にする、というのは。残り四本の頭と同時に戦うという意味でもある。どう考えても正気の沙汰とは思えない。
それにもう一つ、無視出来ない重大な問題がある。
「本体ッ、たって……何処に潜んでるかも分からないってのに、な、何言ってるんだい師匠?」
その問題とは、魔竜がその姿を潜めている場所と位置を、アタシは全く把握していないという点だ。
これまでの魔竜との四度の戦闘は、いずれも偶然、もしくは敵側が現れてくれたから成立したのであって。アタシから魔竜の棲み処を見つけ、強襲したわけでは決してない。
しかも、ナルザネやジャトラ。フブキにマツリなどから聞き集めたこの国の事情を総合すれば。魔竜が身を潜めているのはここカガリ領だけでなく、この国全体にまで広げているのはほぼ間違いない。
場所を特定するにも、あまりに広すぎる。
しかし、そんなアタシの懸念に対し。
「心配には及ばないわ。あれを見なさいな、アズリア」
憑依した師匠の意識が、魔竜の頭部……ではなく長く伸びる胴体部を擦っていくと。
アタシが「九天の雷神」の魔術文字による強烈な雷撃を幾度も浴びせた、地面の大穴へと辿り着く。
「私たちが戦っているのが本当に魔竜なら、あの胴体が伸びる地の底を辿れば、本体に到達するんじゃないかしら」
「そ、そりゃ……理屈じゃ、そうかもしれないけどさあッ」
──地面に空いた大穴を辿る。
これまでに二度、魔竜を倒しはしたアタシだったが。
魔竜が地面から姿を現した際に、今回と同じく地面に大きな穴が空いていたのは記憶にあった。
その空洞を辿る、などという発想はまるで湧かなかった。というのも一度アタシは、真下へと伸びた大穴を地表から炬火で照らしてみたが。光が届かない程に穴の底は深く。
空を飛んだり足を浮かせたり、羽根のように身軽になる魔法が一切使えないアタシには。穴を降りていく手段が皆無だったからだが。
雷撃を放った時の大穴もまた、地の底深くまで真っ直ぐと伸びていたと覚えており。これまた魔法の補助無しで、降りていけるような高度と険しさの穴ではなかった。
「あんな深い穴……魔法もナシじゃ、絶対に無理だってえの」
「アズリアこそ、もう忘れちゃったのかしら。私との最初の精霊憑依を」
師匠の提案に異議を唱えると、それに対する反論として今のアタシが「精霊憑依」の状態にある事を告げる。
今のアタシの身体には。これまで三つの城門を突破し、オニメにカムロギ、そして二体の魔竜と戦闘を行ったのが嘘のように。魔力が満ち溢れてはいたが。
──アタシは師匠が言うように、最初の大樹の精霊との「精霊憑依」で何をしたのかを詳細に思い返していく。




