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375話 アズリア、魔竜を絡め取る氷の罠

 手の甲に血で描いた魔術文(ルーン)字を発動させるため、アタシは力ある言葉(ワード)を言い放つ。


「我、堰き止め凍りついた刻の針を戻せ!──is(イス)


 左手と。そして右眼へと体内の魔力が集まり、魔術文(ルーン)字が発動したのを確認すると。

 次の瞬間、アタシは腰を落とし。魔剣を構えて眼前にて動きを止めた魔竜(オロチ)に対して、大きく、そして迅速に跳んだ。

 つい先程、襲い来る牙を何とか回避した時とは比較にならない速度で。

 

 そう。

 今、アタシは「凍結する(イス)刻」と同時に。右眼に宿る「巨人の恩(ウニョー)恵」の魔術文(ルーン)字までもを発動させていたのだ。

 唯一、幼少期から使い慣れているこの右眼の魔術文(ルーン)字だけは、発動に何の準備も必要なくなった。だから、二つの魔術文(ルーン)字を同時に発動出来たのだ。


 地面を蹴り出した脚には、右眼からの身体強(ブースト)化の魔力が注がれ。まるで弓から放たれた矢のような勢いで魔竜(オロチ)との距離を一気に詰めていく。

 しかも、今のアタシの速度の理由は。何も右眼の魔術文(ルーン)字を使ったからだけではない。


 普通に駆けるならば、どんなに姿勢を低く、地面を蹴る推力を前方へ向けたとしても。身体が上下に激しく揺れるのは避けられない──のだが。


「み、見てっ? アズリアの足元がっ……」


 魔竜(オロチ)へと一気に迫るアタシの姿勢は、極端なまでに上下への振れが少なかった。

 それもその筈だ。直前に「凍結する(イス)刻」の魔術文(ルーン)字を発動した、その時に。眼前に広がる地面へと魔力を放出し、表面に薄氷を(あらかじ)め張っておいたのだった。

 

 本来、薄氷の上を滑るように移動し、速度を上げる方法は。魔術文(ルーン)字で増強した脚の力と、鉄より(はる)かに重量のあるクロイツ鋼製の装備があって初めて成立するものだ。

 しかし今、大剣を持たず、魔竜(オロチ)の全てを腐食する毒霧によって鎧の大半を破壊されたアタシは。

 その分、踏み出す脚が氷で滑らないよう、一歩一歩に神経を遣っていた。

 ──当然だ。魔竜(オロチ)の前で身体の均衡を崩し、転倒しようものなら。牙の餌食(えじき)となるのは間違いない。


「この一撃! アンタに(かわ)せるかい、魔竜(オロチ)いッ!」


 右眼の魔術文(ルーン)字で増強した脚の力と、凍結させた地面を滑る移動。二つを駆使して魔竜(オロチ)の間近へと接近するアタシに対し。

 待っていた、とばかりに上下の(あご)を開き、迎撃をしようとした魔竜(オロチ)だったが。

 

『ぐ?……ご、おぅぅぅぅ……な、何?……く、口が、ひ、開かぬ……だと?』


 何とか、言葉を紡ぐ程度は隙間が開いたものの。何故か、アタシを飲み込む程に口を開くことが出来なかった事に。

 一瞬、困惑した魔竜(オロチ)だったが。

 すぐに自分の意思と反して、口が開かなかったその原因を知る事となる。


『き、牙が……凍り付いている、い……いつの間に?』


 噛み合わせていた上下の牙の数箇所、その表面には氷が張り付き、(あご)が開くのを阻害していた。

 凍結しているのはおそらく、魔竜(オロチ)の口中にあった(つば)(よだれ)なのだろう。


 しかも、魔竜(オロチ)が感じた異変は。

 牙が凍結しただけではなかった。

 

『ぐ?……お、おっ……か、身体の動きが……鈍いッ?』


 牙での迎撃を一旦諦め、迫るアタシの魔剣による一撃を避けようと、距離を空けようとした魔竜(オロチ)だったが。

 伸ばした頭部を引き戻すための胴体部の動きが、驚く程に遅くなり。回避運動がまるで間に合わなかったのだ。

 

「馬鹿が……アタシがただ、動きを早めるためだけに地面を凍らせたと思ってたのかい?」

『な、ん……だと、ならば最初から、ここまで──』


 地面を凍らせ、牙に氷を張り付かせたのだ。当然、地面から半分ほど姿を出していた魔竜(オロチ)の胴体部も、「凍結する(イス)刻」の魔術文(ルーン)字の影響を受けない筈がない。

 さすがに全身を凍結、とまではいかないが。魔竜(オロチ)に察知されぬまま、(うろこ)同士の隙間を凍らせ、動きを鈍らせる事には成功したようだ。


 それが証拠に、魔竜(オロチ)が懸命にアタシとの距離を空けようと動く(たび)、隙間に詰まった氷の破砕音が胴体部のあちこちから聞こえてくる。

 

 悲鳴にも似た、(あざむ)かれた魔竜(オロチ)の声に。アタシはニヤリ……と口元に笑みを浮かべて。


「──そうさ」

 

 ただ一言だけ口にしたと同時に、握っていた大樹の魔剣(ミストルティン)を頭上へと高々と振り上げ。

 接近まで脚に巡らせていた右眼の魔術文(ルーン)字の魔力を、魔剣を握る右腕に送り込み。突撃の勢いをも上乗せし、魔竜(オロチ)頭蓋(ずがい)を叩き割ろうと渾身の刃を振り下ろす。


 放たれた必殺の斬撃。


『ぐ、うっっ⁉︎』


 受けた傷を瞬時に塞ぎ、攻撃をなかった事にする「逆転時間(アンテ・クロノスタシア)」の影響下にある魔竜(オロチ)は。元来、攻撃を回避する必要などない。

 現に、師匠(ドリアード)が登場する前の魔竜(オロチ)は、アタシの攻撃を回避などせず、構わずその身に浴びてみせたが。

 何故か、今アタシが放った斬撃だけは回避しようとしていた事に。


「思ったとおり……さっきの魔剣の一撃、余程効いたみたいだ、ねぇ」


 既に魔竜(オロチ)は一度、師匠(ドリアード)がアタシに手渡した大樹の魔剣(ミストルティン)の威力と、その痛みを経験していた。

 斬られた傷口を「逆転時間(アンテ・クロノスタシア)」で塞ぐ事は出来ても、痛みと。魔剣で削られる生命力までは魔法でも癒せなかったのだろう。


 胴体部の表面を薄く氷結させ、動きの鈍る魔竜(オロチ)だったが。それでもアタシが狙う頭蓋(ずがい)に斬撃が直撃するのを避けるため、懸命に頭部を後退させた。

 結果、狙い通りに頭蓋(ずがい)を叩き割るのには失敗するが。魔竜(オロチ)が出来たのは直撃を避けるところまで、だった。

 アタシが振り下ろした魔剣の一撃は、頭部でははく。何度もアタシを噛み砕こうと襲い掛かってきた上顎(うわあご)へと、深々と突き刺さり。


「おおおおおおおおおおオオオッッ‼︎」


 絶好の好機にアタシは、まるで獣の咆哮(ほうこう)彷彿(ほうふつ)とするような雄叫(おたけ)びを発しながら。

 右眼の魔術文(ルーン)字が一気に熱を帯び、体内の魔力を全て変換する勢いで右腕へと流し込むと。いや増した膂力(りょりょく)によって、(あご)に刺さった魔剣の刃がさらに深く沈み。巨大な上顎(うわあご)を骨ごと縦真っ二つに両断していった。


 だが、アタシの一撃はまだ止まらない。


 上顎(うわあご)を両断した斬撃は、そのまま下顎(したあご)に到達し。今度は下顎(したあご)から口の根元までを一直線に斬り裂いていく。

 つまり、アタシが放った斬撃は。魔竜(オロチ)の巨大な口を丸々縦に両断してしまったのだ。これで牙による反撃はおろか、毒霧の吐息(ブレス)を放つのも難しいだろう。

 魔竜(オロチ)も、(おのれ)の状態を理解したからこそ、体当たりなどの反撃を放棄し。後退の一手を選択する。

 その選択肢は正しかった、多分。


「──逃がすワケないだろッ!」


 相手が、大樹の魔剣(ミストルティン)を握ったアタシでなければ。

 

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