372話 アズリア、過去と現在を繋ぐ点と線
ふと、カイと師匠の視線がアタシに集まっていることに気付いて。
「え?……な、何? 何なんだい、その視線はッ?」
誕生するどころか、大樹の魔剣を以前に授けられた英雄王の逸話よりも過去の話だ。アタシには何の関係もない、とすっかり油断していただけに。
二人が向ける熱を帯びた視線に、思わず一歩後退ってしまう。
だが、アタシが後ろに下がると。
さすがに魔力での幻影であるカイは、足を踏み出す素振りを見せるだけだったが。
師匠は口元に意地の悪い笑みを浮かべながら、一歩……ではなく二歩、三歩と接近し。
「馬鹿ねアズリア。何、自分は何の関係もない……なんて顔してるのよ」
「……へ? い、いや、だってさ、今の話って八頭魔竜を倒した過去のコトだろ? だ、だったらアタシにゃ関係なんて……」
詰め寄ってきた師匠に、慌てて言い訳を始めるアタシだったが。
正直に言えば、つい先程のカイと師匠の回想話の中に、アタシがどう関連するというのか。
「……あのねえ」
だからこそ、気を緩めて話を聞いていたのだが。師匠はそんなアタシの持っていた緑に輝く魔剣を指差してくる。
師匠が手渡してくれた、大樹の魔剣ミストルティンを。
「アズリア、その手に持ってるのは何?」
「え? そ、そりゃ……師匠がわざわざ海の底を探してくれた、魔剣だけど──あッ」
その問いに、アタシはまず師匠が指を差していた大樹の魔剣──魔竜を討ち果たした伝承の勇士が握っていたであろう竜の魔剣と同じく、一二の魔剣の一振りである魔剣を。
続けてアタシの視線は、カイとフブキ、そしてマツリと順に辿っていき。
「どう、気付いたかしらアズリア? これでも、あなたが関係ない、ってもう一度言えるかしらね、ふふ」
とある事実に気付いてしまったアタシに、変わらず意地の悪い笑顔を向けていた師匠。
「伝承と同じく……魔剣と、加護を持った二人が……この戦場にゃ揃ってるじゃないか」
そう。
八頭魔竜を地の底に封じた時のカイのように。氷の精霊と炎の精霊に魔竜を倒すための力を授かった人間が、この場には二人揃い。
主力として竜の魔剣を振るった勇者の代わりに、アタシの手の中には同格の魔剣である大樹の魔剣が握られている。
つまり、今アタシの手には。かつて過去に魔竜を倒した全ての要素が揃っている、という事実を。理解してしまったのだ。
「はい、正解。それじゃ、この次に私が何を言いたいかは、どう返事をしたら喜ぶかは、もう理解してるんじゃないかしら、ね?」
師匠の問い掛けに、アタシの頭にはかつて精霊界での訓練の数々が思い浮かぶ。
まさに今のように、大樹の精霊はアタシを鍛える最中に。二、三の選択肢がある質問を幾度となく問い掛けてきたのだ。
一度教えた魔術文字の知識や、戦闘における最適な行動、果てはアタシの持つ思想や信念について。ただし事前に一、二度正解、もしくは正解に近しい情報を貰っている。
だから、選択肢を間違えると。アタシには罰として何らかの痛みを伴う仕置き、或いは屈辱的な折檻が飛んできたわけだが。
「そ、そりゃもう……痛いくらい、わかるよ、だって……ねぇ」
その仕置きの数々が頭に浮かんだ途端に、アタシは思わず師匠から目線を逸らしてしまう。
何しろ場合によっては、特訓よりも罰のほうが数段酷い内容だったりするのだ。正直、一つ思い出しただけでも、脇から汗が止まらなくなる。
まあ……しかし。
今回に限っては、師匠の質問にどのような意図があろうが。アタシの答えは一つしかなかった。
「コレだけ倒せる手が揃ってんだ。師匠がどう思ってようが……アタシはあの魔竜を倒すよ、ッ!」
アタシは、師匠が期待する「魔竜を倒す」という決意を口にしていく。
だがそれは別に、手元に魔竜を倒せる力を持つ大樹の魔剣があるから、ではない。
何なら、師匠が魔剣を持って現れるより前から、アタシは魔竜と戦っていたのだ。
どの道、目の前の敵を倒さなければ、アタシらも無事にこの国を出国するのは無理なのだから。
「ええ、ええ。それが聞けて私は満足よ、アズリア」
だが、師匠はここまで葛藤していたアタシの胸の内など知らぬ顔で。
この国の伝承と同じ偉業をやってのけるという、アタシの決意表明が聞けたことに。満足げな顔で何度か細かく頷いていた。
そして、今度はアタシからフブキの魔力で姿を見せていた幻影の女性、カイへと視線を移した師匠は一言。
「で。あなたは、自分が手にした氷の精霊の加護を、アズリアへ戻しに現れた……というわけね」
「……え?」
一瞬、アタシは。師匠が何を言っているのか、言葉の意図を理解出来ずに困惑する。
カイが氷の精霊に力を授かった、そこまでの事情はこれまでの話から理解していたが。どうやったら、氷の精霊の力の返還先がアタシという話となるのだろう。
返還する先なら、どちらかと言えば「同じ精霊」という事で、大樹の精霊こそ適任ではないのだろうか。
さすがに疑問を口にせずにはいられなかったアタシは、目線を合わせたカイと師匠の二人の空気に割り込み。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ師匠ッ、そりゃアタシは氷の精霊と遭遇したコトはあるけどさ……」
「遭遇、ね……アズリア。それだけじゃないでしょ?」
師匠の指摘を受けた直後。
頭に思い浮かべるよりも先に、アタシの脚が高熱を帯びる錯覚。
「ひ、左脚が、ッ……!」
突然、アタシの左の脚に覚えた灼熱感の正体は。
ホルハイム戦役の最後の最後、帝国軍の大部隊を単身で相手した際に。
帝国の指揮官であった「焔将軍」ロゼリアによって、炭になる一歩手前にまで燃やされた左脚の火傷の痛み。
当然ながら、今ではホルハイムの治癒術師の腕が良かったのもあり、すっかり脚は完治していたのだが。
──遅れて頭に蘇るのは、師匠が指摘をした本命の記憶。
そのロゼリアを撃破する時に、氷の精霊が姿を見せ。
「凍結する刻」の魔術文字を介して、精霊と精神を同調する「精霊憑依」を偶然にも成功させた事があったが。
「全く……アズリアと初めて精霊憑依するのは、間違いなく私だと思っていたのに、あれは完全な油断だったわ」
「え、し、師匠……ッ?」
その時、これまでと変わらず笑顔だった師匠の顔、その両の眼が全く笑っていなかった事に気付いてしまったアタシは。
思わず掛ける言葉を失って、口内に湧いた唾を飲んでしまうも。
「……あら? ふふ、少し大人気なかったわね」
まるで直前の出来事が、アタシの錯覚もしくは勘違いだったかのように笑顔に戻った師匠は。
アタシの割り込みで水を差すこととなってしまったが。本来、師匠が会話する相手であったカイへと向けた。
「いえ、正確には。氷の精霊がアズリアに手渡した魔術文字に、ね」
『さすがは精霊様。事情を知らずとも、全てを察してくれていて話が早い』




