369話 アズリア、フブキと師匠の邂逅
「え……えっと、それはどうかわからないけど……」
アタシの口から思わず出た言葉が、冗談なのか、もしくは真剣な問いかを判断出来なかったフブキは。
少しばかり困り顔を浮かべながら、何とか話題を変えようとし。アタシから目線を逸らして周囲を見渡していくと。
「そ、そうだっ! ね、ねえっアズリアっ?」
突然、何かを見つけたような声を上げたフブキは、とある方向を指差す。
今、発動している「九天の雷神」の魔術文字に宿る意識が察知した、四体目の魔竜の頭。
その存在と出現を誰にも言わなかったのは、あの時はまだ三本目の魔竜との戦闘中で。もしさらなる魔竜の出現を味方が知れば、戦闘の妨げにしかならないとアタシが判断したからだ。
だが、誰かが新たに出現した魔竜を止めなければ、いずれは二体の魔竜を相手にしなければならなくなる。魔竜の合流を何としてでも避けるため、アタシが選択したのは単騎での足止め。
だからアタシが新たに出現した、もう一体の魔竜と交戦している事は。事情を説明したヘイゼルと、説明の場に立ち会わせたカムロギ、モリサカしか知らない。
アタシはてっきり、フブキにその存在と出現情報を伝えていなかった四本目の魔竜に驚いていたのかと思っていたが。
「そ、その女の子は……だ、誰なの?」
「へ?」
フブキが指差す先には、アタシが想定していた戦闘中の魔竜の姿はなく。
代わりに、そこに立っていたのは大樹の精霊。
「み……見たところ、アズリアの味方みたいだけど……」
「あら? もしかして……私の事を言っているのかしら」
訝しげな視線を、大樹の精霊へと向けていたフブキ。
確かに初見である事を抜きにしても。この国でも見ない緑髪に、見た目は可憐な一〇代の少女、鎧も纏わず戦場に相応しくない薄着という姿だ。フブキでなくても、魔竜と対峙する戦場では違和感を覚えても無理はない。
そして大樹の精霊もまた、フブキの疑惑の視線に気付いたのか。魔竜を放置して、アタシらに歩み寄ってくる。
戦場に接近してくるフブキら姉妹の気配を察知したアタシが、剣を交えていた魔竜から一旦離脱し。その間、戦線を維持してくれていたのが師匠だったのだが。
『ま、待てっ! この我を放置して会話に耽るとは随分と余裕を見せるではな──』
「……しまったッ! このままじゃ魔竜がコッチに来やがるッ?」
その大樹の精霊までもが、魔竜から離れてしまうとなれば。
対峙する相手がいない魔竜が野放しとなり、二人の姉妹までもが魔竜の攻撃に巻き込まれてしまう。
勿論、そんな事などアタシに指摘されずとも理解しているだろう師匠は。
「煩いわね──大樹の束縛」
無造作に地面に魔力を注ぎ込み、魔法の名を口にすると。
先程、魔竜の堅固な鱗を軽々と切り裂いた「大樹の刃」と同様に。魔力を帯びた地面から、数本の木の枝が猛烈な速度で成長し。
今度は枝が魔竜を切り裂くのではなく、伸びた枝が魔竜の巨大な身体を絡め取り、身動きを封じていく。
「アズリアの話が終わるまで、少しばかり静かにしていて頂戴?」
当然ながら、伸びる無数の木の枝よりも魔竜の身体は比較にならない程、太い。
圧倒的な体格差を活かし、力任せに巻き付いてくる枝を引き千切り、アタシや師匠に力任せに迫ろうと試みるも。
突破するどころか、枝一本を破壊する事も出来ず。みるみるうちに巻き付く無数の枝に身体を拘束され、アタシに接近する事は叶わない。
苦し紛れに魔竜は、身体に巻き付いた枝の一本に噛み付き、鋭い牙で噛み砕こうとするが。
大樹の精霊の魔法で生み出された木の枝は、魔竜の牙すら弾き返す。
『な、何だこの木の硬さはっ、いくら力をかけても、我が牙を持ってしても、お、折れぬ、だとぉ!……ば、馬鹿な、動けんっ⁉︎』
「たかが魔獣風情がこの束縛を解けるわけないでしょ。何しろ、大樹の精霊が大樹の属性の魔法を使っているんだから」
脅威と謳われた魔竜をまるでたわいもない魔物扱いし。見事なまでに拘束する、大樹の精霊の魔法を間近で見たフブキは。
「す……凄、いっ」
大きく目を見開き、口を開けた表情のまま。その口から驚きの声を漏らしていた。見れば、フブキの背中に隠れていた姉マツリもまた、フブキと同様に驚きの反応を示していた。
「さ、さすがは師匠だ、ただの束縛魔法が、とんでもない威力だねぇ……」
アタシとて、もし精霊の力を目の当たりにするのが初めてであれば。フブキやマツリと同じ反応を見せたに違いない。
というのも。アタシはこれまでに二度、大樹の精霊の精霊としての力を見てきたからだ。
一度目は砂漠の国で魔族の大群を率いた魔将・コピオスとの対決で。
二度目は帝国の侵攻が終結後の黄金の国にて。
だが、その二度とも。人間離れした力を発揮してアタシを窮地から救ってくれたものの。対峙した脅威を直接払ってくれた事はなかった。
その理由をアタシは、一度目の魔将コピオスとの戦闘を終えた後。師匠の口から直接聞いたことがあった。曰く。
『私たち精霊はね、過剰に人間への干渉を許されてはいないのよ。まあ……一部の例外を除いて、はね』
──だそうだ。
アタシとしては、シルバニアの王都を去る際に魔術文字を譲渡してくれたり。今でも伝説の一二の魔剣を貸し与えてくれたり、と。
この時点でこれでもか、とアタシに手を差し伸べてくれている気がしないでもないのだが。
そんなアタシの思惑を知ってか知らずか。
「人間への過剰な干渉は許されちゃいないけど。まあ、この程度ならいいでしょ」
師匠は、魔竜の動きを「大樹の束縛」で縛った後、驚くフブキに歩み寄り。
着ていた薄着の腰袴の裾を摘んで、軽く頭を下げて自己紹介を始めていく。
「さて、お初にお目にかかるわね。私はドリアード、そこにいるアズリアの保護者で、これでも一応……大樹の精霊を名乗らせてもらっているわ」
「え? え、えぇと……は、初めまして。そのアズリアに生命を助けられた、フブキといいます……って、え? せ、精霊、様っ??」
師匠の説明に、明らかな困惑の表情を浮かべていたフブキ。
合わせて頭を下げるも、続く言葉に「精霊」という単語が含まれたことに。またしても真実か冗談かを判断出来ず、目を白黒とさせる。
そんな二人のやり取りを。
横から眺めていたアタシは。
「な、何だよ、この胸のモヤモヤは、ッ……」
師匠が「アタシの保護者」と名乗ったのを聞き、むず痒さと嫌悪感、二つが入り混じった何とも言えない感情が胸に湧き起こる。
保護者、つまりは師匠がアタシを子供扱いしてきた事は悔しい、と言えば悔しくもあるが。
これまでにアタシが世話をされた数々の出来事を思い返せばそれは当然、仕方のない話だと思う。
だが、これはむず痒さの感情であって。
もう一つの嫌悪感を覚えた記憶というのは。
「大樹の束縛」
大樹属性の魔力を樹木一つへ注ぎ込み、樹木の枝や蔓、あるいは幹そのものを対象に巻き付かせ、動きを束縛し封じる効果を発揮する。大樹属性の上級魔法だが、発動難易度を上げれば操る樹木の数を増やす事も可能。
この魔法は一度対象を捕縛した場合、自然に解放されることはなく。魔力が残る間に術者が解放するか、束縛する樹木を破壊し強引に脱出する以外にはない。
ただし術者の魔力が樹木に通っている内は、樹皮は植物としての弾性と柔軟さを維持しつつ、硬度は大幅に強化されているため、破壊は至難を極める。




