367話 フブキ、目的を果たし号泣す
当然、増したのは魔力量だけで済む筈がない。
魔竜の凄まじい爆発の威力と拮抗を続けていた、フブキが発する氷の加護の力もまた、威力を増大させると。
先程まで劣勢だったのが嘘のように、凍らせた炎の表面に無数に走った亀裂が。さらなる冷気に覆われみるみると隙間が塞がっていき、一気に爆炎の凍結が広がっていく。
「……フブキっ」
「ね、姉様……っ?」
魔力を発し、魔竜の爆炎を抑え込もうとしていたフブキ。その両手に指を添えて魔力を注ぎ込んでいたマツリが言葉を発する。
ら
先程、発した声色はまるで別人だったが。今はフブキがよく知る姉・マツリの声で。
「話したいことは色々とある……けど。まずは、この戦いを終わらせないと。フブキ、あなたと四人で……ね」
「う、うんっ! 姉様──」
短い言葉を交わし、二人の姉妹はほぼ同時に。互いの顔から爆炎へと視線を向け。
「うわあああああああ!」
「く、ううぅぅっっっ!」
「「──毘沙那・氷獄更紗ああぁぁっ‼︎」」
二人が声を揃えた、その瞬間だった。
「「ぜ……絶対に、この爆発を止めるんだからあっっ‼︎」」
フブキの放つ魔力で、衝突する二つの凄まじい威力の拮抗が崩壊し。パキン!と甲高い音が響いた途端。
魔力を暴走させた魔竜の頭部が爆ぜ、吹き飛んだ時と同様に。周囲一帯に閃光が広がり──戦場にいた全員の眼を例外なく焼いた。
一瞬の静寂の後。
最初に視力が回復したのは、フブキでもマツリでもなく。二人の背後に位置していた武侠の一人だった。
「わ、我らは……助かったの、か?」
そう武侠が口にしたのも無理はない。確かに迫っていた爆炎の影響を受けてはいなかったが。周囲の視界は白い霧で覆われてしまっていたからだ。
次々に視力を取り戻し、霧に包まれた戦場を目にする武侠の面々。そして、魔力を放った二人の姉妹も。
「こ、これは……」
霧で視界が閉ざされた状況では、果たして魔竜が暴走させた魔力を阻止出来たかを判断しようがない。
水が沸き、熱い湯になる際にも湯気で空気は白く染まる。目の前を覆う霧は、自分らが発した氷の加護が魔竜の炎に打ち負けたのかもしれない、と困惑する二人だったが。
『安心せい、主よ。この氷霧は、我らが魔力が魔竜の炎に競り勝った何よりの証拠よ』
フブキの頭の中に、邂逅を果たしたばかりの氷の加護を与えた当人、女皇の声が響く。
先程の音の正体、それは。周囲に広がっていた爆炎が一瞬で凍り付き、間髪入れずに、凍結した炎が粉々に砕け散った音。
そして、砕けた氷の細かな破片が魔力の影響を受け、白い霧に変わって戦場を覆い尽くしていたのだ──と丁寧に説明してくれる。
見れば、霧散しなかった微細な氷の粒が、陽の光を受けて宝石のように煌めきを見せる。
フブキが想定したように、白霧の正体が魔竜の炎で氷が解けて発生した湯気ならば。周囲は熱気に包まれ、細かな氷の粒など熱で解けてしまっていただろうが。
辺り一帯を覆っていた白霧からは、懸念したような熱気は感じず。寧ろ、冷んやりとした空気を二人や武侠らは肌で感じていた。
「ということは、か……勝った、の?」
つまりは、氷の加護が魔竜の暴走を抑え込むのに成功した、何よりの証拠。
それでも「勝利した」という実感を、この場にいた誰もが確信を持てずにいた。
だからこそ告げる。彼らが勝利したという事実を。
『ああ。間違いなく主は勝った。あの魔竜に、な』
女皇の一言によって、フブキの胸中には一気に感情が溢れ出し。それが涙となって、両の目から一滴、二滴と零れ落ち。
目に溢れた涙を拭うより先に、安堵感からか全身の力が抜け。立っていられなかったのか、両膝を地面に突くと。
「う……うわ、あぁぁぁぁぁぁぁんんん」
大量の涙を流しながら、声を上げて泣き始めるフブキ。
……無理もない。
ジャトラの支配から逃がれるため、城から一人脱出してからというもの。生命を狙われ続け、見知った顔ではなく、余所者であるアズリアやユーノらと危険を冒す日々だったからだ。
それも、姉マツリと再会しジャトラから当主の座を取り返すまで。
それがまさか、遥か過去にこの国を襲った脅威である「八頭魔竜」の首を倒す事にまでなったのだから。
感涙のあまり泣き崩れるフブキの背中を支えながら、膝を突いた妹の首に両手を回したのは姉、マツリ。
「よく……よく頑張ったわね、フブキ」
「……ね……ねえ、さ、まぁぁぁぁ……」
マツリも中腰に屈み、妹の頭を撫でながらこれまでの奮闘を讃えていく。すると、涙でぐちゃぐちゃになった顔を姉の腹に埋めていくフブキ。
「久々となる姉妹の再会、か。ならば邪魔をするのは無粋というものか」
「……ええ。ですね、父上」
周囲にいたナルザネら武侠らもまた、ジャトラに人質と扱われた後のフブキの事情を知っていただけに。妹として姉にこれまでの苦難を吐き出していた状況を邪魔など出来ず、ただ黙って見守っているしかなかった。
──否。
氷霧が晴れ、周囲にはもう魔竜の爆炎の影響がない事を確認すると。まだ動ける武侠らは、戦場に倒れた者たちを介抱するために一箇所に集めようと動いていた。
魔竜が召喚した眷属たる蛇人間との戦闘や、魔竜が吐き出した炎に巻き込まれた武侠。
そして、魔竜の片眼を潰しながら反撃を喰らったモリサカや、戦闘の補助をしたカサンドラ・ファニー・エルザの獣人族三人組。
「こっちだ! 運ぶのを手伝ってくれ!」
そして……魔竜の暴走した爆炎を、至近距離で喰らったユーノやカムロギ、ベルローゼらも。全身を炎で焼かれ、爆発の衝撃でズタズタにされ重傷ながらも。
辛うじて、まだ全員が生命を保っていたからだ。
「凄ぇ……まだ息がある、あの爆発を間近で喰らったってのに」
「さ、さすがは魔竜を倒し切った猛者だけあって……とんでもない生命力だな」
ユーノらが生存している、という話が耳に入り。目的を達成して感涙に咽せっていたフブキも、思わず我に返る。
マツリの救出と再会、という目的を達成出来たのは。何の利益もないのに共闘してくれたユーノらの献身なくしてあり得なかったからだ。
「ゆ、ユーノたちが、生きてる……」
フブキは早速、倒れたユーノやヘイゼルの元へと駆け寄り、魔竜に勝利した報告と感謝の意を言葉にして伝えようとした。
だが、立ち上がったフブキの手首を何者かが掴み、駆け寄ろうとする動きを制する。
「──え?」
フブキを止めたのは、先程まで慰めてくれていた姉の手だった。
困惑の感情がフブキの頭を過ぎる。
ユーノらの活躍に救われたのは、当主の座をジャトラに強奪されていた姉と同様なのに。何故、安否を確認しようとするのを阻止するのか、という疑念が。




