表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1448/1780

366話 フブキ、氷の加護の覚醒

 気付けばフブキの足は、まだ動きが止まっていた人壁の前へと駆け出していた。

 頭で女皇(カイ)の言葉に納得をするよりも、前に。


「そう……そうよね、女皇(カイ)様っ──」


 顔を上げ、真っ直ぐに先を見据えていたフブキの表情からは。弱音を吐いていた先程までの、迷いや困惑といった感情はすっかり消え。

 代わりに浮かべていたのは、笑み。


「どのみち、暴走する炎を止めなきゃ皆んなが助からないなら、ダメでも無理でも、やるしかないじゃないっ!」


 フブキはこの時、難しい事を考えるのを()うに捨てていた。浮かべた笑顔は、目の前の難題を振り切った事による感情から。

 思考を放棄したとはいえ、思い切ったフブキの行動を後押しするかのように。全身に魔力が巡り、力が充足していくのが目に見えて分かる。


 そのフブキの口から発せられたのは、この国(ヤマタイ)独特の詠唱だった。


我祈り願う(カイ・オンキリキリ)二度祈り願う(カイ・オンキリキリ)──」


 それは、これまでにフブキが口にしてきた中でも、一番長い詠唱文。

 加えて、両手から溢れ出しそうになる魔力を抑えながら詠唱だけでなく、両の指を巧みに動かして印を結んでいく。


「……我が血脈たる権現(マハービシャナ)今新たなる契約を(マカキャラヤ)以って(ウン)全てを凍結(ビシャナ)させる嵐を顕現せん(アロキリヤ・ハン)──」


 当然ながら、こんな詠唱の言葉と指の印の形など、つい先程までフブキの知識にはなかったのだが。女皇(カイ)を模した魔力がフブキに戻った途端、水が地面から湧き出るかのようにフブキの記憶に流れ込んできたのだ。

  

 全ては、魔竜(オロチ)の凄まじい威力の魔力の暴走をここで阻止し、戦場にいる全員の生命を救うため。

 フブキの責任は重大である。何しろ、自分を守るの人壁の前に出た上、マツリを連れて後退す(にげ)る選択を捨てたのだ。

 暴走する爆炎を制止出来なければ、武侠(モムノフ)と共にフブキ本人も、そしてマツリも炎に飲まれるのは間違いない。


 それでも、フブキの目には一点の迷いもない。


 何故なら、力を貸す事を承諾(しょうだく)してくれた(いてつき)女皇(じょおう)、その秘めたる力を全面的に信頼していたからだ。


「……我が命に(ウンハッタ)応えよ毘沙那(ビシャナ・ハーン)


 こうして詠唱を終えたフブキは、一旦目蓋(まぶた)を閉じて、大きく息を吸って整えた。

 身体の内側から扱った事のない膨大な魔力を、ただ一点に集中させていき。全ては魔竜(オロチ)の凄まじい爆発を止めるために。


 全ての責任を背負って今、フブキは溜めた魔力を一気に解き放つ。

 

「はああああああああああああぁっ‼︎」


 咄嗟(とっさ)の発動だったためか、同じく(いてつき)女皇(じょおう)の加護である「零凍波」や「極零波」のように名称はなかったものの。

 前二つを遥かに上回る氷属性の魔力が、人壁を構築する武侠(モムノフ)に迫る魔竜(オロチ)の炎を包み込んでいく。

 ──だが、時を同じく。

 女皇(カイ)顕現(けんげん)した際に及ぼした影響が解け、周囲の全てが一斉に時を取り戻し。

 爆炎と衝撃もまた再び(よみがえ)り、フブキに襲い掛かってくる。


 そして。

 迫る炎とフブキの氷の加護、二つの相反(あいはん)する魔力が空中で衝突し──直後、激しい激突音が戦場一帯に響いた。

 冷気と爆炎、拮抗(きっこう)した二つの魔力は互いを蒸発させ、(ある)いは凍結させながら。衝突した箇所に留まり続けている。


「ふ、フブキ様っ? な、何故逃げなかったのですっ!」

「い、いやそれよりも? 何時(なんどき)、我らの前に!」


 人壁を組んでいた数多くの武侠(モムノフ)らが、目の前で起きている光景に大声を張り上げた。


 フブキとマツリ、先代当主イサリビの血を継承する二人の姉妹を庇うため。生命を捨てる決意で暴走した魔竜(オロチ)の炎の前にその身を晒したのに。如何なる手段を使ったのかは不思議だったが、庇う対象が人壁の前にいるならば、それは当然の話である。

 しかも、である。

 守るべき対象だったフブキによって、魔竜(オロチ)の放った最後の悪足掻(あが)き、戦場全てを吹き飛ばす大爆発から。逆に守られていたのだから。


「ぐ、う、うう、うぅっっっっ──⁉︎」


 だが、爆炎の威力を抑え込んだのは、ユーノやカムロギと同様に一瞬だけ。

 微塵(みじん)の容赦もない炎と衝撃は、人壁の前に割り込んできたフブキを、数歩ほど後退させていた。


「や、やっぱり……私一人じゃ」


 もし……もしも、凍の女皇(カイ)との邂逅(かいこう)をフブキがもっと早くに済ませていれば。

 (ある)いはユーノやカムロギと共闘し、爆発を起こさせずに済んだのでは、という仮定が。一瞬だけフブキの頭を()ぎる。


 だが、次の瞬間。

 実際に後方を覗く余裕など、今のフブキにはなかったが。後方に控えている武侠(モムノフ)らの顔と名前を。

 そして……引いていた手を離し、人壁の向こう側に置いてきた姉・マツリの顔を思い浮かべたフブキ。


「い、今まで……守られてばかりだったけどっ! 最後の最後くらい、私が皆んなを守らなきゃ……何のためにここまで来た、ってのよおおおおお‼︎」


 腹の底から出た、魂の叫び。

 その大声に呼応(こおう)するかのように、フブキから放たれる魔力量が一気に増大し。これまで猛威を振るい、フブキを劣勢へと追い込んでいた炎の表面が──凍りついた。

 

 一瞬、垣間見(かいまみ)えた勝機。


 だが、さすがは魔竜(オロチ)の最後の足掻(あが)きだけあり。凍結した炎はさらに膨れ上がろうと暴走する魔力が荒れ狂い、氷の表面には無数の亀裂が走り始める。

 しかし、フブキが勝機を掴もうとさらに威力を上昇させようにも。放出する魔力量も、凍の女皇(カイ)の力を借りた氷の加護の能力も、最早(もはや)限界以上に達しており。

 これ以上、フブキにどうしようもなかった。


「こ、ここまで……なの?」


 弱音が口から漏れた、その時だった。

 強大な冷気を放出していたフブキの両手に、何者かの手が重ねられたのだ。

 突然の出来事に、驚き慌てて魔法の発動が解除されなかったのは僥倖(ぎょうこう)と言うしかない。


「フブキ……私も手伝うわ」


 フブキに手を重ねた人物、それは姉のマツリだった。


「ね、姉様っ?」『──姉、様』


 人壁の後ろにいた筈のマツリが、気配を感じさせすに何故か横に立っていた事にも驚いたフブキだったが。

 さらにフブキが驚いたのは、頭の中からもマツリを「姉」と呼ぶ声が聞こえてきた事だ。

 外からではなく、頭の内側に響いたことから。その声の正体は「(いてつき)女皇(じょおう)」カイなのは間違いない。

 その女皇(カイ)が「姉」と呼ぶとすれば。


 八頭魔竜(ヤマタノオロチ)を討ち倒し、地の底に封じた経緯(いきさつ)を記した伝承の中において。カイには確か、血を分けた姉がいた。

 カイが氷の加護を持つように、炎の加護を有していたカガリ家開祖にして「(ほむら)女皇(じょおう)」──エレ。

 

 見れば、隣に並んでいたマツリの表情も。フブキの記憶の中にある穏やかな、しかしどこか自信のない姉の顔ではなく。これまで見た事のない、凛々しい表情を浮かべ。

 ……気のせいか。マツリの姿に重なるように、別の人物の輪郭(りんかく)(おぼろ)げに映っていた。

 

「私も手を貸そう。一緒にこの者らを救うぞ……カイの血を継ぐ者よ」


 気のせいではなかった。マツリの口から飛び出たのは、フブキの記憶にある姉の声色ではなく。全く別の人物の声だったからだ。

 しかも(マツリ)の口を借りた人物は、明確にフブキの中に「カイ」の影響がある事を見抜いたのだ。本人ですらつい先程、邂逅(かいこう)を果たしたばかりの女皇(カイ)の存在を。


「う、嘘っ⁉︎ な、何なのよ、こ、この……魔力は、っ?」

『これは……姉上の、炎の魔力』


 姿こそ(マツリ)であっても、中身は(マツリ)ではない、そんな人物の手が触れた箇所から。再び膨大な量の魔力が、フブキの中へと流れ込んでくる。

 それは、凍の女皇(カイ)が「力を貸す」と宣言した際の、魔力の膨れ上がり方と比較しても遜色(そんしょく)のない、いやそれ以上の凄まじい魔力量。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

作者のモチベーションに繋がるので。

続きが気になる人はこの作品への

☆評価や ブクマ登録を 是非よろしくお願いします。

皆様の応援の積み重ねが欲しいのです。

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ