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358話 アズリア、大樹の魔剣を振るう

 武器の軽量に慣れる時間の余裕など、ない。


「ぶっつけ本番、やるしか……ないッてコトかよ」


 そう言うとアタシは、発動している「九天の雷神(ウラヌス)」の魔術文(ルーン)字の魔力を全身へと巡らせ。

 今まで会話を交わしていた大樹の精霊(ドリアード)から、敵である魔竜(オロチ)へと視線を向き直ると。

 踏み込む脚が一瞬、地面に沈み。直後、蹴り抜いた脚の力が強すぎたからか。アタシの足元の地面が爆ぜて、(えぐ)れた。


「──は?」


 しかも、アタシの背中から。先程まで自分が立っていた位置に後方に奔る雷光の残滓(ざんし)が奔る。

 それ程に目に止まらぬ突撃速度は、空気の壁を突き破り。雷光を纏わせながら、(またた)く間に魔竜(オロチ)との距離を一気に殺し接敵したアタシは。

 自分の脚が見せたあまりの高速に驚かずにはいられなかった。


 これまで、幾度(いくど)となく魔術文(ルーン)字の魔力を脚に乗せ、大剣を握り締めて突撃を仕掛けできたが。

 アタシの体感では間違いなく、今回踏み出した一歩目こそがこれまでで一番速度が出ていたことに。

 いや、一歩だけではない。

 

「身体が……羽根みたいに、軽いッ?」


 地面を蹴る脚の力こそ強烈なのに、対照的に身体はあらゆる重量の(かせ)から解き放たれたように、軽い。

 確かに今のアタシは、男二人分の重さのあるクロイツ鋼製の大剣も、全身を覆っていた金属鎧のほとんども身に着けてはいなかったが。それだけが理由ではない。


 間違いない。

 アタシの手にある大樹の魔剣(ミストルティン)がその原因だ。


「う、うおおおッッ? け、魔剣(けん)から……モノ(すげ)ぇ魔力がアタシの中に流れ込んで、ッ!」


 先程、試しに二、三度振るってみた時には何の反応も見せなかった魔剣(ミストルティン)は。魔竜(オロチ)に向け、突撃を敢行したその途端に。

 握っていた魔剣から、膨大な量の魔力がアタシの身体に流れ込み。発動中の魔術文(ルーン)字が魔剣の魔力を全身に巡る力へと変換する。


 ──この間、まさにほんの一緒。


『な、何だとおっ! さ、さらに、速くっっ?』


 大樹の精霊(ドリアード)がこの戦場に姿を見せるよりもずっと前から、アタシと戦闘を繰り広げていた魔竜(オロチ)は。

 戦闘の冒頭から「九天の雷神(ウラヌス)」の魔術文(ルーン)字を発揮したアタシの斬撃を、これまで何度も身体に喰らい、速度を目に焼き付けていた筈だが。

 その魔竜(オロチ)()ってしても、驚愕(きょうがく)の声を漏らす程の高速……いや。雷速の勢いで放たれた斬撃に。

 魔竜(オロチ)は何の反応も出来なかった。


「──これならッ!」


 当然、魔術文(ルーン)字が発揮したのは脚の速さだけではなく。

 魔竜(オロチ)が一瞬、アタシの姿を見失う程の雷速から繰り出される、振り上げた魔剣による一撃にも「九天の雷神(ウラヌス)」の魔力が乗り。

 それはまさに、雷霆(らいてい)の如き剣閃は。


 アタシが力任せに破壊していた魔竜(オロチ)の堅い(うろこ)を、何の抵抗もなく。魔剣を握る手に衝撃が伝わる事なく、スッ……と斬り裂いていった。


「う、おおッ!」

『ぐぅ、ぬ⁉︎』


 あまりの魔剣の切れ味に、アタシと魔竜(オロチ)の驚きのあまり発した声が重なる。


 何しろ、簡単に斬り裂いていったのは体表の(うろこ)だけではなく。血と(あぶら)、そして厚みに阻まれ、アタシの大剣では突破する事の出来なかった魔竜(オロチ)の肉壁や骨をも。

 (うろこ)と同様、何の抵抗も手に残さず斬り裂いてしまったのだから。

 勝負を決する、と意気込んだ攻撃ではなく。あくまで魔剣の力を確かめ、大剣との感覚の違いを見極めるのが目的だったにもかかわらず、だ。


 (うろこ)に、分厚い肉に硬い骨まで斬り割けてしまえば。その体奥にあるのは魔竜(オロチ)の急所である臓腑(はらわた)のみ。


「届いたああああッ! コレでえぇッッ!」


 これまでに数度。分厚い肉壁を斬り裂き、急所を目視出来るまでに至りながらも。ついに魔竜(オロチ)に斬撃を浴びせて刃を届かせる事が出来なかったアタシだったが。

 師匠(ドリアード)から手渡された大樹の魔剣(ミストルティン)は、ただの一撃で。アタシが届かなかった急所へと到達したのだ。


 今、アタシが攻撃を浴びせた箇所は。魔竜(オロチ)の巨大な胴体部では、急所中の急所である心の臓がある位置からは程遠かったが。

 それでも魔剣の刃が、守るべきもののなくなった柔らかな臓腑(はらわた)を次々と斬り裂いた。

 

『が、っっっ……ぐ、ふ⁉︎』


 (うろこ)や肉をいくら大剣で斬り付けても、顔色を(わず)かに痛みに反応する程度だった魔竜(オロチ)の表情が。

 明らかに顔を(ゆが)め、痛みで(うめ)く声を口から発し、これまでと全く違った反応を見せる魔竜(オロチ)

 

 しかし、ここでアタシは一つの失敗をした。


 いつも愛用していた大剣を扱う感覚のまま、魔剣を振るってしまい。

 アタシの背丈程の刃の長さを誇る大剣ではなく。伸ばした腕の長さ程の、あまりに短い攻撃範囲を失念し。

 魔竜(オロチ)の胴体部を両断するつもりで放った剣閃は、胴体部の正面から側面を切り開いただけで。突撃したアタシはそのまま魔竜(オロチ)を通過してしまったのだ。


「う、うおぉッ、し、しまった? つ、つい……いつもの感覚で、ッ!」


 想定外に攻撃対象を通り過ぎてしまったアタシは(ただ)ちに振り返り。急所である臓腑(はらわた)(ごと)、胴体部の側面を真っ二つに斬り裂いた魔竜(オロチ)に対し、構えを取る。


 だがアタシは、自分の失策への後悔よりも。

 魔剣の凄まじい切れ味にただ驚くばかりだった。


「す──(すげ)え。こ、コレが伝説の魔剣、ッ……そりゃ、王様たちが持ってるのを自慢するのも分かるぜッ……」


 半年前に北の軍事大国(ドライゼル)が隣接していた小国・ホルハイムに侵攻した「ホルハイム戦役」の目的も。

 噂ではホルハイム国王にして、現在の「英雄王」と評されるイオニウス王が所持している大樹の魔剣(ミストルティン)と同じく一二の魔剣の一振り。雷の魔剣・エッケザックスの奪取だったとされていたりするが。


 確か、魔剣の材質は「神の金属(エタニィオン)」。名前の通り、神が人間に与えた金属であり、人間には決して壊せず曲げたりも出来ないという嘘のような由来があるが。

 魔竜(オロチ)(うろこ)も肉も何の抵抗もなく両断し、しかも刃には血や(あぶら)が付着してもいない。恐るべき魔剣の効果。

 

 それに、切れ味だけではない。

  

 魔剣で攻撃を仕掛けた途端に、握っていた手から全身に巡る魔力の量は。魔力容量の乏しいただの村人すら、一流の魔術師に変えてしまえる程だ。

 通常の魔法が使えないアタシは、魔剣から流れ込んでくる膨大な魔力量を「九天の雷神(ウラヌス)」の魔術文(ルーン)字で全身に巡らせてみたが。効果はまさに今、見せた通りだ。


 正直。今、魔竜(オロチ)に見せた威力だけでも。魔剣を欲する理由が充分に理解出来た気がする。

 

 ともかく、急所に刃は届いた。

 

「さて、と」


 再度、攻撃を仕掛けずに一度息を吐く距離を保ち。魔竜(オロチ)が動くのをアタシが待っていたのには、理由があった。

 魔竜(オロチ)が今、(おのれ)の身に発動中の「逆転時間(アンテ・クロノスタシア)」は。その肉体に負わせた如何(いか)なる深傷(ふかで)でも、瞬時に、しかも何度でも再生し。元通り、傷を負う前の姿へと戻してしまう。


「……問題は、魔竜(オロチ)のあの魔法が、急所まで再生しちまうか、だけど」


 ……冷静に見れば、あまりに理不尽が過ぎる効果の魔法なのだが。

 果たして、急所にまで及んだ傷にまでも「逆転時間(アンテ・クロノスタシア)」は再生してしまうのか。それを確認したかったのだ。

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