356話 アズリア、魔剣への既視感
「──と、まあ。その魔剣を見つけだすまでには、こんな経緯があったわけよ」
勿論、今は師匠の突然の登場によって中断こそしていたが。魔竜との戦闘の真っ最中である。
もっと言葉を減らし、簡潔に説明してはいたが。アタシに手渡してきた伝説の一二の魔剣の一振りを、如何にして入手してきたか。その一部始終を知る事が出来た。
そして同時に、既視感を抱いたその理由も。
アタシがこの国に来る直前に滞在していた、海魔族らが棲み処としていた海の底にある都市・セレーニア。
その滞在中にアタシが経験した出来事に、あまりに思い当たる点が多すぎたからだ。
「いや……あ、あのさ、し、師匠。その、言い難いんだけど、ねぇ?」
「え、何? まさか──」
だが、アタシが口を挟もうとした途端。言葉を終えるよりも前に、先程まで上機嫌で説明していた師匠がこちらへと詰め寄ってきたのだ。
変わらずに笑顔を浮かべてはいたが、その目は笑ってはいなかった。
「私が……ここまで苦労して海底から持ってきた魔剣を、使わないとか言うつもりなの?」
「い……いやッ? 違う違う、し、師匠ッ、そうじゃなくってッ!」
遠慮なく顔を迫ってくる大樹の精霊に、アタシは既視感の理由、海底都市での出来事を慌てて説明する。
「アタシ……師匠が今話してた英雄王と、海底で一度剣を交えたんだよ」
「っ! そ、それは……本当なの⁉︎」
「あ、ああ。アタシも理由あって海底にいてねぇ、その時に魔導帝国時代の船を見つけたんだよ……その時さ」
一〇〇年ほど前、たった一代で大陸を統一しアスピオ魔導帝国。その統一国家を建てた「英雄王」クレウサと、全くの偶然ではあったがアタシは対峙する事となり。
こちらを船を荒らす盗賊か何かと見做し、問答無用で襲い掛かってきたのだ。戦う理由のなかったアタシだったが、無事に都市に帰還するためには目の前の敵を倒す以外にはなかった。
見た事のない光属性の魔法を連続して放ち、海底で遭遇するとは思ってもみなかった予想外の強敵に。大剣を所持していなかったアタシは防戦一方を余儀無くされ、一時は敗北、生命の危機すら感じる程だったが。
結果的に、襲ってきた敵の正体を知り。かつての英雄王を退ける事が出来たが。
「倒した後に知ったんだよ。あの亡者がかつての英雄王と呼ばれた人物の成れの果てだったコトも……そして」
倒した直後、アタシの頭に何故か流れ込んできた英雄王の過去の記憶。
その記憶の中で、現在と変わらぬ姿をした師匠が。若き英雄王に、アタシの前に差し出されたのと同じ魔剣を譲渡していたのを。
つまりの話、英雄王は。アタシと同じく大樹の精霊に師事を受けた、言わば「兄弟子」と呼ぶべき存在でもあったのだ。
「師匠が、英雄王にこの魔剣を渡してたのを」
「……そういう事だったのね」
アタシの説明を聞いた師匠の顔からは、凄みというか、迫る圧力が消えたかと思えば。突然、何か安堵したような表情すら覗かせていたのが不思議ではあった。
この時のアタシは知る由もなかったが。
まさか、海底に沈んだ船から大樹の魔剣を回収する際。結局のところ、発見する事が出来なかった英雄王が。まさか、とっくに倒されていたとは大樹の精霊も思ってなかったから。
「……ありがとう、アズリア」
かつて、その人物像と目的に好意を感じ、大樹の魔剣という力を分け与え、目的を果たしたものの。最後は己の確執に強く囚われ、哀れ亡者と変貌した英雄王を。意図せず止めてくれたアタシに対し。
聞こえない程の小声で、感謝の言葉を口にした大樹の精霊。
「ん? 今、何か言ったかい、師匠」
「な……何でもないわよっ」
声を荒らげ、こちらから目線を逸らしてアタシの追及を逃がれようとする仕草を見せた大樹の精霊だったが。
残念ながら小声すぎて何を言ったのかは聞き取れなかったものの。唇の動きと、前後の会話から何を言ったのかは大体想像が出来る。
「へぇ? じゃあ、そういうコトにしておくとするよ、師匠」
あまりに久しい再会に、戦闘の最中だというのにアタシの心はすっかり緩んでしまったのか。
まるでユーノやヘイゼルらと接する時のように、つい。誤魔化そうとする態度の大樹の精霊へ、さらに言葉を深掘りしていってしまう。
言葉を口にした直後、アタシは即座に過ちに気付き。慌てて片手で口を覆うも、一度口から飛び出た言葉が喉奥へと戻る筈もなく。
「──し、しまッ!」
「ふぅん……言うようになったじゃない、アズリア」
これまでにも何度か、師匠の言葉に対し反論を挟んだ事のあるアタシだったが。
その度に言葉で、ではなく。実力行使を以って、どれだけ酷い目に遭わされてきたかという数々の記憶が蘇ってくる。
言葉による反撃ではない。あくまで実力行使なのだ。
目を細め、「英雄王を倒した」と聞いて一度は弱まった師匠の圧力が、再び強まっていくのを察知し。
思わずアタシの頬から、冷たい汗が一滴流れ落ちていく。
「まあ、今の言葉に対するお仕置きは後回しにしておいてあげるわ。それよりも──」
そう。
今は戦闘中なのだ、四本目の魔竜との。
『──別れの時間は終わりだ』
敵対する存在は、いよいよ待ち切れなくなったのか。アタシと師匠との会話に割り込んでくると。
これまでに何度もアタシに仕掛けてきたように、胴体部を前後左右にくねらせながら。回避が困難になるよう不規則な動きを見せ、頭部による突撃を。
『猶予は与えたのだ、そろそろ気が済んだだろう。ならば……新たに姿を見せたお仲間とともに、我が腹に収まるがよいわ!』
アタシに……ではなく。師匠に狙いを定め、勢いを付けて放ってくる。
単純な膂力が不足していたせいか、大剣による防御壁ですら防ぎ切ることは出来なかった、巨大な魔竜の頭部の衝撃だ。
如何に師匠が人間ではなく、強大な力を持つ精霊とはいえ。まともに直撃すれば無事では済まないだろう。
魔竜の接近を察知したアタシは早速、大剣を構えて迎撃の準備を始めるも。
「あ、危ねぇ!……ッて、え、えええッ⁉︎」
狙われていた師匠はというと。まるで「動くな」とばかりに広げた手を突き出し、大剣を構えたアタシの動きを制したのだが。
アタシが大声を発し驚いたのは、ただ迎撃を制されたからだけではなかった。
アタシを制したのと違うもう一方の腕で、自分の前に魔力を展開すると。まるで「樹木の壁」を発動した時のように、地面から突然に生え出した草木が爆発的に成長し。
唸りを上げて迫り来る魔竜の突進を、植物で組み上げた壁が止めたからだ。
「ふふ、アズリアに心配されるのは嬉しいけど。この程度の攻撃が精霊である私に通じるわけないでしょ?」
『ぐ、ぐぬぬうううう! な、何だこの草木はっ? じゃ、邪魔だああああ!』
まさか、己の突進が阻止されるとは思ってもおらなんだ魔竜は。憤慨の反応を見せながら、口を大きく開き。
アタシの鎧を錆塗れにし駄目にした毒霧を、大樹の精霊と目の前に立ち塞がる草木で構築された壁へと放つ。




