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352話 アズリア、雷速の連続攻撃

 そう。

 怒りに任せた時の一撃と比べ、威力が落ちていたのは。いや、落としていた(・・・・・・)のは。

 ただ一撃で決定打を与えるのではなく、続けて斬撃を浴びせるためだった。

 深傷(ふかで)を与えるため、一箇所への攻撃に固執し続ければ。急所に刃が到達するよりも先に、魔竜(オロチ)の手痛い反撃が待っているだろう。

 だからアタシは()えて、一撃で決着を付ける選択を捨て。続けて二撃目を放つ選択を取ったのだった。

 

 しかも。「九天の雷神(ウラヌス)」の魔術文(ルーン)字の効果を両脚へと宿し、雷光のような高速で移動し。

 魔竜(オロチ)の胴体部、その側面へと回り込んだアタシの動きに魔竜(オロチ)は全く目が追い付かず。

 ようやくアタシの位置を魔竜(オロチ)が捉えた時には既に、大剣による二撃目が放たれていたからだ。


『ぐ……ぬゔううぅぅっ⁉︎』


 アタシの攻撃の意図を読み違え、満を辞して放った反撃の噛み付きが空振り、苛立ちを隠さなかった魔竜(オロチ)は。

 アタシの位置を把握するや否や、再びその鋭い牙で今度こそ噛み砕こう頭部を動かす──も。

 

 魔竜(オロチ)のその判断は(あだ)となり。

 勢いの乗ったアタシの斬撃に、中途半端に反撃に出た魔竜(オロチ)の勢いが逆に加算され。一撃目よりも深く、胴体の肉を斬り裂いていく。

 しかし、それでも。

 巨大な魔竜(オロチ)の胴体部の分厚い肉に守られた急所へは、大剣の刃は届かない。


『だ、だがっ! この攻撃こそ貴様の本命、ならばここで貴様を捉え──』


 魔竜(オロチ)は、最初の浅い斬撃は(おとり)。二撃目に放ったこの攻撃こそ、急所を狙う意図があるのだろうと読み。

 本命であった攻撃でも急所に届かず、動きを止めるアタシに対し無数の牙が襲い掛かる。それが魔竜(オロチ)の想定だった。

 ……だったのだが。


『な、何いぃっ、っ⁉︎』


 噛み砕こうとする上下の牙は今度もまた、アタシの姿を捉える事なく空を切り。ガキィンン!と牙が噛み合う甲高(かんだか)い音だけが鳴り響く。


 見れば、先の一撃目と同様に。一度は視界に捉えた筈のアタシの姿を、再び魔竜(オロチ)は見失ってしまっていた。

 魔竜(オロチ)の読みでは、一撃目は牽制(けんせい)、今の二撃目こそが本命の攻撃だとばかり思い込んでいたが。

 再びアタシの意図を読み違えている事に、ようやく気付いたのか。慌てて周囲にいるであろうアタシの気配を探る魔竜(オロチ)に。


 アタシの声が、不意に届く。

 

「どこ、見てるんだい?」


 先の二発の斬撃で斬り裂いたのとは違った箇所に狙いを付け。アタシは三度(みたび)、雷のごとき高速で魔竜(オロチ)の視界から離脱し。既に攻撃の姿勢へと入っていた。

 魔竜(オロチ)に気配を知覚されず、反撃すら許さぬ連続攻撃を三撃だけではなく。


 四撃、五撃、と。

 (まばた)きする程の(わず)かな間にも。

 魔竜(オロチ)の身体に斬撃を浴びせていった。


 アタシがただ一撃の威力のみに魔術文(ルーン)字の全力を込めず。両脚に「九天の雷神(ウラヌス)」の魔力を分散させたのは。この連続攻撃のための準備だった。

 一撃で急所に届かせようとしても、魔竜(オロチ)が急所を守る事のみに専念すれば。どうしても(わず)かに届かず、反撃を受けてしまう。

 ならば「九天の雷神(ウラヌス)」の魔術文(ルーン)字、最大の武器である速度。その利点を最大限に活かし、魔竜(オロチ)の防御の(かなめ)である無限の再生能力よりも「速く」。

 魔竜(オロチ)の肉に数多くの斬撃を浴びせ続ける事が出来れば……(ある)いは。


 というのが、アタシが出した結論だった。


 魔竜(オロチ)の周囲をぐるりと一周した後は、出来る限り既に傷を負わせたのと同じ箇所へ。さらに六撃、七撃とアタシの大剣は止まらず、次々に斬撃を浴びせていく。


『ぐ、お、おおオォォォ! ば、馬鹿なっ、こ、このままでは……っ、再生が、再生が(・・・)追いつかぬ(・・・・・)っ⁉︎』


 アタシの意図した通り、魔竜(オロチ)の傷口の再生能力を、こちらの斬撃の速度が上回る。

 どうやら「逆転時間(アンテ・クロノスタシア)」なる魔法による再生の効果は、本人の「再生する」という意識か、もしくは一定の猶予(ゆうよ)が必要らしい。

 ならば、今アタシが繰り出し続けている超高速の連続攻撃を繰り返していれば。魔竜(オロチ)の再生能力を突破し、急所に刃を届かせる事は可能なのだろう。

 

「──いけるッ!」


 現に、二度ほど同じ箇所に斬撃を重ねた傷口は、いまだ「逆転時間(アンテ・クロノスタシア)」による再生が始まっておらず。二度、斬撃を浴びせた傷は魔竜(オロチ)の分厚い肉を両断する事に成功していたからだ。

 後は、もう一度同じ箇所に移動し。大剣を急所へと突き立てる事が出来れば。


 だが、しかし。

 丁度、一〇度目の斬撃を放った直後。


「ぐ……は、ッ?」


 あれから一度も魔竜(オロチ)の反撃が身体を掠めてもいないアタシの口から、血が吐き出される。

 

 慌ててアタシは、それまでのように魔竜(オロチ)の反撃の範囲から高速の足(さば)きで逃がれ。左右どちらかの側面へと回り込み、再び斬撃を浴びせる一連の動作ではなく。

 魔竜(オロチ)との距離を空け、大剣の刃が届かない位置で移動の足を止めると。


「……は、ぁッ……は、ぁッ……は、ぁ、はぁ……ッッ」


 大きく息を切らし、魔竜(オロチ)を睨み()えながらも肩を激しく上下させてしまう。

 突然、口から血を吐いたのは、魔力の激しい浪費が原因ではない。胸の息袋(いきぶくろ)の中が枯渇してしまったためだ。


 無理もない。高速で大剣を振るい、魔竜(オロチ)の攻撃範囲から逃がれる移動を続けざまに発揮していた上。特にアタシのような力任せの剣は、攻撃の瞬間、息を止めるか大きく息を吐く必要があった。それを連続して一〇度。

 しかも、ただ単に重い大剣を振り回しただけではない。少し油断をすればアタシの攻撃を弾く程の魔竜(オロチ)の堅い(うろこ)を斬り裂く威力を一〇回連続で発揮しなければいけない。

 となると、さすがに続く筈がない。アタシの胸が先に限界を迎えたのだったのだ。


『く……く、くふふふ……今、一瞬だけだが(きも)を冷やしたぞ。まさか、必勝を期した儀式魔法(アンテ・クロノスタシア)すらも突破されるかと思ってな』

 

 距離を空けたアタシが口から垂れた吐血を、毒霧で錆びて腕甲(ブレイズ)が外れてしまった腕で(ぬぐ)っていた間にも。

 魔竜(オロチ)は笑いながら、再生能力を発揮し。これまでに一〇回の斬撃を連続で放ち、胴体部に刻み付けていった傷口を(またた)く間に元通りに塞いでしまう。


 受けた一〇の裂傷を癒したばかりの魔竜(オロチ)は、ギロリ……と明確な殺意を込めた両の眼を、こちらへと向けると。


『だが、これで貴様の引き出しも尽きただろう。既に一度、軍門に下る情けは問うた……だから二度は問わぬ』

「はぁ、はぁ、ッ……問答、無用ッてコト、かい」


 アタシの問い掛けには返答をせず、代わりに口を大きく開いてみせた。

 確かに長い胴体部を持つ魔竜(オロチ)だ。いくら大剣が届かない距離を空けているとはいえ、魔竜(オロチ)の長い身体を伸ばせば、容易にアタシに牙を届かせられるだろう。

 しかし、あからさまに噛み砕く所作を見せるとは。アタシが回避も防御も出来ない程、衰弱していると魔竜(オロチ)は勘違いしているのか。

 

「いや、違う……ありゃ」

 

 つい先程まで、魔竜(オロチ)が牙による直接攻撃ばかりを繰り出していた事ですっかり失念していたが。

 魔竜(オロチ)は口から鉄を錆びつかせ、肉を焼く強烈な毒の息が吐く事が出来る。霧状に広範囲に広げただけでそれ程の強力な毒を、至近距離で浴びれば。いかに「生命と豊(イング)穣」の魔術文(ルーン)字のおかげで、毒に耐性を持つアタシとて無事では済まない。


 正直、まだ息は整えられてはいないが。アタシは吐かれる毒霧を回避するため、後ろへと大きく跳躍しようと試みた──その時。


「アズリア」


 一対一、で魔竜(オロチ)と戦闘を続けていた筈のアタシの肩に、優しく置かれた手の感触と。

 何者かに、自分の名前を呼ばれる声だったのだ。


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