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351話 アズリア、諦めの悪い女と評され

 その一言を聞いた瞬間。


 魔竜(オロチ)の意図を聞き出そう、としていたアタシの頭の中は。湧き上がった怒りの感情で一気に塗り潰され。

 地面を強く蹴り抜いて真上へと跳躍し、魔竜(オロチ)の顔の高さにまで跳び上がると。大剣を握っていた両腕へ、魔術文(ルーン)字の魔力を注ぎ込む。


「──おい」


 先程までアタシが立っていた足元の地面が爆ぜ。移動し、跳躍したアタシのいた位置を追うように雷光が走った。


 アタシの怒り、感情の爆発を体現したかのように。胸に刻んだ「九天の雷神(ウラヌス)」の魔術文(ルーン)字が魔力を吸い上げていき。結果、周囲にバチバチと爆ぜていた雷撃の火花がより強烈さを増し。

 頭上に高々と掲げた大剣へと、周囲から漏れ出す雷撃が集束していく。


 そして、周囲の空気を震わせる程の雄叫(おたけ)びを発すると同時に。渾身の力を腕に込め、構えた大剣を魔竜(オロチ)目掛けて振り下ろしていくと。


「今、何て言ったあああぁぁッッ‼︎」


 雷光を纏ったアタシの怒りに任せた一撃は、まさに落雷のような勢いで。跳躍し真正面に捉えた魔竜(オロチ)の頭へと直撃する。

 ここまでの戦闘で振るった、あらゆる一撃の中で間違いなくこれが最強の威力を誇る斬撃は。

 クロイツ鋼の刃が堅い(うろこ)も分厚い肉も斬り裂き。同時に大剣が纏った雷撃が血を霧散させ、傷口を焼き焦がし、肉の下にある骨を砕くと。


「見えたあッ!」


 肉と頭蓋(ずがい)に守られた頭部の急所が露出する。

 ──だが。


『ぐ、おおオオ⁉︎……は、離れろオオオオっっ!』


 いよいよ脳髄に刃が到達する、というその時。

 魔竜(オロチ)とてアタシの斬撃を黙って受けているつもりはないのか、頭を左右に大きく振る事で。頭部からアタシを払い落とそうと試みる。


「ここで……一気に決めてやる、よお……ッッ!」


 魔竜(オロチ)の必死の抵抗に。普段の冷静なアタシであれば、引き時を見失わずにこの時点で攻撃を止め、離脱するところだったが。

 怒りの感情に飲まれていた今のアタシは、(ある)いは。魔竜(オロチ)の急所に到達する好機をどうしても逃がしたくなかったのか、攻撃に執着したからか。

 頭の揺れに体勢を大きく崩してしまい。

 

「……し、しま、ッ⁉︎」


 体勢を保ったまま飛び退()く機会をみすみす逃がしてしまったアタシは。

 魔竜(オロチ)(おのれ)の頭部を振り回す勢いに飲まれ、体勢を崩した状態で大きく吹き飛ばされてしまう。

 一度、二度、三度と。頭や肩、背中が強く地面に打ち付けられ、何度か頭から転げ回ったが。それでもどうにか大剣は手離さずにいたアタシは。

 片膝を突いた体勢に戻し、魔竜(オロチ)へと向き直る。


「ち、いッ……この一撃も届かなかったかい」

『今の攻撃は少しばかり驚いたぞ。対応がもう少し遅ければ、我が脳髄に刃が届いていたやもしれぬ……な』


 アタシの視線の先には、頭頂部が今の一撃でパックリと大きく割れ。砕けた頭蓋(ずがい)が露出していた魔竜(オロチ)の頭があったが。

 人間ならば間違いなく致命傷を受けてなお、魔竜(オロチ)は口端を歪め笑みを浮かべていた。


 その理由をすぐにアタシは理解する。


 魔竜(オロチ)の身体が光り輝いた瞬間。頭蓋(ずがい)が覗く程の深い傷口が、時間が巻き戻されたかのようにみるみる塞がっていき。一瞬で攻撃を浴びせる前の状態に元通りに戻ってしまう。

 これが、戦闘が始まってから魔竜(オロチ)(おのれ)に発動させた暗黒魔術(デモニックカース)・「逆転時間(アンテ・クロノスタシア)」の効果だ。


『だが、諦めの悪い貴様もこれで理解したのではないか? 貴様の一撃では我が生命を断つ事は最早(もはや)叶わぬ、と』

「……ぐ、ッ」


 一度ならず地面に打ち付けられた事で、怒りの感情で支配されていたアタシの頭に冷静が戻ってくる。

 感情が爆発した事で一瞬、制御が途切れたのか。「九天の雷神(ウラヌス)」の魔術文(ルーン)字の効果を強めてしまった。

 と、いうのも。胸に刻まれた魔術文(ルーン)字から伝わってくる侵蝕の痛みがより一層、強烈になっていたからだ。

 にもかかわらず、だ。


 冷静な判断ではなかったものの、魔術文(ルーン)字に侵蝕される、という代償を払ってまで。魔竜(オロチ)に浴びせた渾身の一撃すら、急所に刃を届かせる事が出来なかった。


「……いや、まだだよ」


 だが、魔竜(オロチ)に「諦めの悪い」と評された性格のアタシは。その評価通りにまだ諦めてはいなかった。

 先程のアタシの一撃は、途中に魔竜(オロチ)の妨害さえなければ。頭蓋(ずがい)の中に守られた脳髄(きゅうしょ)に到達したに違いない。

 だから、今の状態でも急所に攻撃を届かせるのは決して不可能ではないのだ、と。


 ならば。


「すぅ、ッッ……はぁぁ、ッッ!」


 アタシは片膝立ちの姿勢のまま、魔術文(ルーン)字から雷神の魔力を引き出し。再び周囲には無数の雷光が爆ぜ始め、同時にアタシは両脚に力を込め。

 斬撃を浴びせるために、握っていた大剣を振りかぶり、黙って力を溜めていくと。

 最後の準備として大きく息を吸い、吐いた。


「アンタはあの二人(フブキとマツリ)を喰えやしないよ、何故なら……ここでアタシが、きっちり仕留めるからさあッ!」


 ──直後、アタシは両脚で地面を強く蹴り抜き。屈んだ低い体勢のままで魔竜(オロチ)との距離を一気に殺すと。

 先程、攻撃を浴びせた頭部に、ではなく。胴体部に攻撃目標を変え、溜めの動作を終えていた大剣を一気に解放する。

 しかし、その斬撃には。つい先程怒りの感情に任せて放った時のような強烈な勢いが乗ってはいなかった。


『威勢こそ良いが、どうやら打つ手のない、無駄と分かっていながらの特攻とはな……我は少々、貴様のことを買い被っていたのやもしれぬな』


 攻撃の威力が落ちている事を瞬時に見切った魔竜(オロチ)は、回避も防御もせず、ただ黙ってアタシの一撃を受けてみせた。

 脅威的な再生能力があってこその選択、とも言えるが。アタシの攻撃の威力が落ちていたのは、自分でも当然ながら理解していた。

 何しろ、それは意図的に(・・・・)だったのだから。

 

 アタシの真横に薙いだ斬撃は、これまでの攻撃のように魔竜(オロチ)の身体深くを斬り裂く斬撃(もの)ではなく。

 体表の邪魔な(うろこ)を粉砕し、肉を露出させると。その肉を真横に切り開いただけで、剣閃はすぐに魔竜(オロチ)の身体から飛び出してしまう。これでは急所に刃が到達しない。


 そして当然、魔竜(オロチ)の反撃の牙が迫る。

 

『ならば、死ね』


 回避や防御の動作を取らなかった分、反撃に入るまでの一連の動作が素早く。的確にアタシのいる場所へと口を大きく開けた頭部が接近する。

 だが、アタシはというと。

 今、立っていた位置から高速で移動しており。魔竜(オロチ)の上下の牙がアタシを喰らおうとし、噛み合わさる甲高(かんだか)い音だけが響く。


 もし、これまでのように傷口を深く、より深く切り開くために一撃に固執していたら。今頃は魔竜(オロチ)の牙がアタシを噛み砕き、腹に収めていたかもしれない。


『ぬ?……こ、これ、はまさかっ』


 魔竜(オロチ)が驚きの反応を見せたのは、口を閉じた場所にアタシが不在だったからではなく。

 頭を向けた位置とは反対の方向へ、既にアタシが移動を終えて。(うろこ)を砕く二撃目の斬撃を放っていたからだ。


 ここでようやく魔竜(オロチ)は、何故にアタシの攻撃の威力が落ちているように見えたのか。一撃目の意図を理解する。


『あ……あの一撃目は、我を反撃に誘い出すための、いわば(おとり)牽制(けんせい)代わり、だったというのか、っ?……ぐ、っっ!』


 威力の落ちた(おとり)の攻撃に見事に誘い出され、意図通りに反撃を放って。逆に二撃目の隙を生み出してしまった(おのれ)の行動に。

 魔竜(オロチ)は相当苛立ったのか、一度噛み合わせた上下の牙をギリギリ……と(きし)ませる。


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