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350話 アズリア、三ノ首の提案に

「そ、そんな提案ッ──」


 当然、ここまで敵対した相手に従う事を受け入れられる筈もなく。魔竜(オロチ)の言葉には、ただただ怒りしか湧かなかったアタシは。

 即座に、魔竜(オロチ)からの勧告を()ね付け、拒絶しようとしたが。


 アタシは一瞬だけ、返事を思い(とど)まる。

  

「……聞かせな。何故、アタシなんだい?」


 魔竜(オロチ)に屈するつもりは勿論(もちろん)ない。が、アタシは突然に服従を誓わせる提案を魔竜(オロチ)が仕掛けてきた意図、それを知りたくなった。


『……それは、どういう意味だ? まさか今まで我と戦いを繰り広げていたのは、貴様本人ではない……などというつもりではなかろうな』

「はッ……心配しなさんな、ここに立っているのは他の誰でもない。正真正銘、アタシ本人だよ」


 目の前で大剣と牙を交えた人間が「本物ではない」というのが、一体どういう意味なのかは。正直、アタシには理解し難い質問だった。

 自分の幻像を生み出す魔法の(たぐ)いや。小型の魔巨像(ゴーレム)を作り出す原理で、土塊(つちくれ)に魔力を込めて動かせば。

 もしくは、ユーノや魔王様(リュカオーン)が使う事の出来る「分身体(ファントム)」なら(ある)いは。

 魔竜(オロチ)が言うように、まるで本人が目の前にいるように誤認させる事は可能かもしれないが。


 残念ながらアタシは、魔術文(ルーン)字を使う事が出来るその代償として。誰もが持っている、通常に使われている魔法を使う能力を生まれた時点で失ってしまっていた。


「アタシが聞きたいのは。何で、人間を間に挟まずに、アンタらが直接姿を見せて支配しないのか、ってコトだよ」

『……ほう』


 先程の「はい」か「いいえ」の二択しかなかったアタシの心情に、若干の余裕が生まれ。アタシは逆に返答待ちの魔竜(オロチ)に質問を浴びせていく。

 返答を今か、と待っていた魔竜(オロチ)だったが。こちらの問い掛けの内容に、ニヤリと口を歪めてみせる。


「思えば、最初から。回りくどい方法だったんだよねぇ……わざわざジャトラと契約までして、カガリ家を乗っ取ろうだなんて、さ」


 考えてもみれば、今目の前にいる魔竜(オロチ)は。(はる)か昔の伝承に残る程にこの国(ヤマタイ)を恐怖に(おとしい)れた「八頭魔竜(ヤマタノオロチ)」の八本の頭の一つだ。

 何もジャトラを傀儡(かいらい)とせずとも、これまでの魔竜(オロチ)が発揮した「全てを腐らす毒霧」や「戦場一帯を焼き尽くす炎」があれば。直接、住人らを支配するのは容易(たやす)いのではなかろうか。


 だが、魔竜(オロチ)らは直接的に恐怖での支配を選ばすに。この国(ヤマタイ)を八つの領地に分割、統治する「八葉」が一つ・カガリ家に魔の手を伸ばし。

 当主を(オロチ)の息の掛かった人物・ジャトラへと交代させる事で。間接的な支配の方法を、わざわざ選んだのだ。


『くふふふ、いや……確かにな。傀儡(かいらい)として扱っていたあの小物(ジャトラ)は、貴様らの手で追い詰められ、今は討ち倒された一ノ首の腹の中』

「まあ……喰われてしまったんじゃ、もう操り人形としちゃ使い物にゃならないだろうからねぇ」


 魔竜(オロチ)の力を背景に、カガリ家の当主の座を強奪し。ここまでは魔竜(オロチ)とジャトラの双方が描いた計画通りに進んでいた。

 そう、アタシらがフブキを連れて本拠地(シラヌヒ)に潜入するまでは。


 何としてでも手にした当主の座を手離したくなかったジャトラは、あの手この手を駆使してアタシらを妨害してきたが。

 立ち塞がった妨害全部を薙ぎ倒し、結果としてフブキは姉である当主マツリと再会を果たし。焦ったジャトラは逃走の道中、支配していたと勘違いしていた魔竜(オロチ)に喰われてしまった。


 魔竜(オロチ)は、(おのれ)が喰らった人間を眷属(けんぞく)たる蛇人間として偽りの生命を与える事が可能だが。

 さすがに外見が蛇人間では、傀儡(かいらい)として紛れさせるのは無理が過ぎる。


『それに、あの小物程度ならともかく。貴様ほどの器の人間をただの傀儡(かいらい)とする気などない』

「じゃあ何だってんだいッ、勿体(もったい)ぶらずにさっさと答えなッ!」


 言葉を交わす機会があったから話をしているだけで、元来は戦闘の最中。アタシと魔竜(オロチ)は生命の奪い合いをしているわけで。

 最初のアタシの質問である「何故姿を見せ、直接支配をしないのか」に対する回答を、魔竜(オロチ)はようやく口にする。


『人間よ──その答えは至極簡単だ。我らが再び直接にこの国(ヤマタイ)の人間を恐怖で支配すれば、再度人間側から手痛い反撃があるやもしれんからな』

「それは、アタシが生まれるよりもっと昔に、アンタらが封印されたって話だね」

『そうだ』


 フブキやフルベの街の住人から聞いた話では、精霊様に力を授かった数人の勇士が。八本の首全てを斬り落とし、それでも絶命しなかったため。残された胴体を地底深くに封じ込めた事で、ようやく当時のこの国(ヤマタイ)の人々は魔竜(オロチ)の支配から解放された──らしい。


『大多数の力無き人間など恐るるに足らん。だが、時に人間は様々な格上の力を味方に付け、現に我らを長らく地の底深く封じてみせた』

「……らしいねぇ」

『地の底に封じられた時間は永久にも感じた。愚かな人間さえ現れなければ、おそらくは我らを縛り付けていた封印はあと数百年は解けはしなかっただろう』


 魔竜(オロチ)の話を聞いて、アタシは不快感で無意識に顔を(ゆが)めた。

 封印を解除した手段の中には、アタシがこの国(ヤマタイ)を訪れた目的である「海魔族(ネレイス)の秘宝」が絶対に関係していたから。


『我らは二度と同じ過ちを繰り返すまい。だからこその回りくどい方法を選んだ、という事だ。どうだ、満足したか?』

「……ああ、とりあえずは納得したよか

『では、次はこちらの番だ。今、我の支配を受け入れるのであれば。貴様はさらに強くなるだろう』

「そりゃ……どういう意味だい? まさか、アンタの血をくれてやる……とか言い出すんじゃないだろうねぇ?」


 カムロギとの決闘の最中、城の最上階から小物と評された男・ジャトラが投げ入れた小瓶の中身。

 瓶の中には液体、それは魔竜(オロチ)の血であり。飲むと魔竜(オロチ)の魔性が身体に宿り、さらなる力を与えてくれるが。人間としての姿を保てなくなる、というのはお嬢(ベルローゼ)らの話だ。

 

 何でも、二の門を守っていた四本槍を名乗るナルザネ以外の三名は、魔竜(オロチ)の血を飲み。その身体を異形(いぎょう)へと変貌(へんぼう)させていたらしい。


「いくら強くなれるからってさ、人じゃなくなるってのは勘弁願いたいねぇ」

『く、っふふ……我が血を身体に入れ、耐えられなかった小物らの末路を見てきたとみえる』


 血を飲むと人間の姿を保てなくなる、その疑問に何の否定もせず。ニヤリと邪悪に歪めた口元、牙の隙間から嘲笑(ちょうしょう)が漏れ出す。

 おそらくはアタシに、ではない。

 恐怖の対象としてこの国(ヤマタイ)の人間らに継承されてきた魔竜(オロチ)。その血を、力欲しさに得ようとする人間の欲深さに、なのか。


『だが……貴様は、そのような心配は無用よ。何故なら、貴様が我が元に下ったならば、人間としての姿を保ったままさらなる力を与える事を約束しよう』


 だが、ここで一つの疑問がアタシに生じる。

 ここまでの魔竜(オロチ)との会話でも、ジャトラを傀儡(かいらい)とし、カガリ家の領地と住民を裏から支配し。定期的に人間を生贄(いけにえ)として提供させ、力を蓄えている。

 それまではアタシも理解したが。

 傀儡(かいらい)として扱うならば、この国(ヤマタイ)の外の人間であるアタシでは。さすがに住人らが納得はしないだろう。

 何しろこの国(ヤマタイ)は一〇〇年程前より、大陸との交流を完全に絶っていたのだから。

 さすがにアタシ以外にも、ユーノやヘイゼル、そしてお嬢(ベルローゼ)ら一行が何の問題もなく上陸出来たということは。あくまで国家間の関係というだけで、大陸の人間を積極的に追い出そうという状態ではない様子ではあったが。


「待てよ……けどさ、配下として引き入れる、ってんなら。余所者(よそもの)のアタシじゃなくて、もっと相応(ふさわ)しい人間がいるだろうがよ」

『ほう……それは、カガリ家の小娘どもを指しているのか?』


 その言葉と同時に、先程まで笑いを浮かべていた魔竜(オロチ)の口端がニマリ、と吊り上がり。邪悪な表情を見せ、長く先分かれした舌を牙の隙間から覗かせ、舌舐めずりを一度。

 まるで、野生の蛇が獲物を見つけた時のような仕草に。


 言葉の流れから。獲物、というのはおそらくアタシではない。カガリ家の人間、つまりはフブキとマツリの姉妹を指しているのだ。

 

「そうは……言ってないだろうが」


 この戦場にはアタシと魔竜(オロチ)、ただ二つの存在しかないのは理解していた。それでも、獲物を見定めるような魔竜(オロチ)の視線に。

 アタシは会話の最中だというのに大剣を構え、殺意を込めた視線を魔竜(オロチ)へと向けた。


 態度を改めなければ、会話を切って攻撃を開始する……という無言の圧力として。


 だが、それでも。


『……ふむう。だが、それは無理な相談だ。何故ならあの二人の娘は、恨み深し過去の因縁を持つ者ら。手を組む事も、ましては見逃がす事などあり得ぬ、あってはならぬ』


 元々は、魔竜(オロチ)が圧倒的に優勢だからこそ始めた一連の会話だ。

 魔竜(オロチ)からすれば、アタシが攻撃を仕掛けたところで。大剣の刃が急所に到達する事はなく、受けた傷がどれ程深くとも「逆転時間(アンテ・クロノスタシア)」で瞬時に再生してしまう。

 だからなのか、魔竜(オロチ)はさらに言葉を続け。


『──あの二人は、我が喰らう(・・・)

 

 アタシに向けられた明確な敵意と、この場にはいない二人の姉妹(フブキとマツリ)への殺意。

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