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349話 アズリア、選択を迫られる

 そう思い、アタシは胸甲鎧(ブレストプレート)を装着した自分の胸元に、視線を落とす。

 頭に(ひらめ)いた打開策、その方法を実践するのに明白(あからさま)躊躇(ちゅうちょ)を見せていたのだ。

 

「……だけど、ねぇ」


 何故、実行を躊躇(ためら)うのか。

 その理由とはこうだ。

 

 今、発動している「九天の雷神(ウラヌス)」と同じく。アタシが所持する魔術文(ルーン)字の中に、意識を秘めた二つの異質な魔術文(ルーン)字の一つだが。

 残念ながら「九天の雷神(ウラヌス)」とは違い、未だ制御出来ていない、もう一つの魔術文(ルーン)字──「漆黒の咎人(ヒュペリオン)」。


 海の王国(コルチェスター)で、奈落(アビス)の神が引き起こした「災厄(さいやく)」とも呼ぶべき大騒動の、その最終局面にて。

 共闘していたユーノ、そして王都(ノイエシュタット)を飲み込む程に迫り上がる海の壁に対抗するため。他に方法のなかったアタシは、まだ制御出来ていなかった未知なる魔術文(ルーン)字に可能性を賭ける選択しか出来なかった。

 結果だけ(・・)ならば、確かにアタシは。

 分の悪い賭けに見事に勝利を収めたように見えただろう──しかし。

 発動した際、アタシは魔術文(ルーン)字の内側にあった意識との争いに敗北し、完全にその時の記憶が抜け落ちていた。


 しかも。

 アタシの意識が途切れる、最後に聞いた言葉。


『三度だけ、貴様の意に従った後、代償にその身体を貰う』


 アタシの胸元、ちょうど両の乳房の合間には。その時に描いた「漆黒の咎人(ヒュペリオン)」の魔術文(ルーン)字、その文字の一部がまるで焼印を押されたように消えずに残っていた。

 発動させる際に、鎧の上に描いたにもかかわらず。

 アタシは理解していた。それこそが……途切れる意識の最後に聞いた、「漆黒の咎人(ヒュペリオン)」との契約の代償の証なのだ、と。


「……使えるのはあと二回。いや、三度目は使った時点でアタシの身体が奪われちまうから」


 実質、二度目の発動こそが最後の一回。

 回数制限のある方法を、果たして今、使っても良いのかという葛藤(かっとう)こそ。魔術文(ルーン)字を使う決断を躊躇(ためら)った理由だった。

 それに。

 アタシの攻撃が魔竜(オロチ)に通用しない、と。まだ結論が出たわけではない。


 魔竜(オロチ)が大剣の攻撃範囲の外で、何故か追撃をせずに様子見の態度を貫いていた。

 アタシはその間に遠慮なく、大剣を構える。


「まだだ──まだ、だよッ!」


 先程、牽制(けんせい)のために振るった大剣の一撃が、(うろこ)の表面で弾かれたのは。咄嗟(とっさ)に放ったため、腕に力が乗り切ってなかったからだ……と思い込み。


 ならば今度は牽制(けんせい)ではなく。アタシから渾身の一撃の叩き込んでやろう、と。


 体内の魔力を魔術文(ルーン)字が雷へと変換し、巡る雷(それ)が全身に攻撃のための活力を(みなぎ)らせると。

 全身から漏れ出し、周囲で無数の火花を散らせていた小さな雷撃が。アタシの雄叫(おたけ)びに呼応(こおう)し、散らす火花の威力を増していき。


『──む?』


 次の瞬間、睨み合いを続けていた魔竜(オロチ)の視界からアタシの姿が突如として消え。

 まるで獣が()えるが如くアタシは、大剣が届く距離にまで大きく数歩を踏み込んでいた。


「おおぉぉぉおッッ!」


 魔竜(オロチ)がアタシの姿を見失ったのは。「九天の雷神(ウラヌス)」の効果を真に発揮し、両脚に雷の力を十分に宿らせ。

 疾風い怒濤(どとう)の高速でアタシが動いた軌道には、周囲で弾けた火花が残り続けていた。

 

 まるで一瞬本当に姿が消え、目の前に再び出現したかのように錯覚(さっかく)してしまう魔竜(オロチ)は。

 アタシが凄まじい速度の突撃から振り下ろす剣閃に、何の反応もさせる事が出来ずに(おのれ)の身に受け。

 魔竜(オロチ)の胴体にある堅い(うろこ)へと、大剣の刃が喰い込んでいく瞬間。


「これで……駄目だったらあッ!」


 三度目の魔竜(オロチ)との交戦時。アタシは初撃に何の遠慮も加減もなく、右眼に宿らせたのと同じ「巨人の恩(ウニョー)恵」の魔術文(ルーン)字を別途に一つ、二つ同時に発動させ。これまで二度に渡り、魔竜(オロチ)の頭を倒した一撃を放ったアタシだったが。

 それでも、倒した魔竜(オロチ)の記憶を継承する能力の前に。三本目の魔竜(オロチ)は、「二重発動(デュアルルーン)」を使用した一撃を完全に弾いてみせた事があった。


 もし、三本目の頭をユーノらに倒された事で力を継承し。本当に「九天の雷神(ウラヌス)」にまで耐性を有してしまったとしたら。

 その時は本格的に「漆黒の咎人(ヒュペリオン)」の代償を受け入れなくてはならないのかもしれない。


 だが、そんな願いを乗せたアタシの剣撃は。

 先程は刃を弾いた胴体部の(うろこ)を、真っ二つに斬り裂いた。 


『ぐ、うぅっっ?』

  

 大剣を握る手に伝わってきた、(うろこ)を断った時の感触は。最初に幾度(いくど)として胴体部を斬り刻んできた時とは、感じた硬度がまるで違う。(うろこ)がその硬さを飛躍的に増しているのは、間違いがなかったが。

 さりとて、今の一撃で理解したのは。

 魔竜(オロチ)(うろこ)は硬さを増したが。アタシの「九天の雷神(ウラヌス)」への対策や耐性を継承したわけではなかった事だ。


 それならば、まだ勝機は見出(みいだ)せる。


「まだだよッ!」


 (うろこ)を粉砕、両断したばかりで一度は勢いが止まりかけた大剣に。アタシはさらに力を込めて、露出した肉に刃を深々と沈めていく。

 

『ば、馬鹿な……力を継承したばかりの(うろこ)の護りを突破した、だとおっっ⁉︎』

 

 驚きの声を上げる魔竜(オロチ)の分厚い肉を斬り裂き、アタシは刃を一気に急所へ到達させようとするも。

 硬さを増したのは(うろこ)だけではなく、魔竜(オロチ)の肉そのものもまた。斬り裂く時に手に伝わる抵抗感がより強力になっていた。


「くそ……この一撃でも届かない、とはねぇ」

 

 刃が喰い込み、肉を斬り裂く速度が血と(あぶら)に塗れ、一気に鈍り出す。

 これ以上、急所に攻撃を到達させ続けようとするのは無理と判断したアタシは。魔竜(オロチ)が反撃に出るよりも先に、胴体部に蹴りを浴びせ。肉に深々と突き刺さった大剣を抜いて、後方へと大きく跳躍し、再び距離を空ける。


 全力を込めた渾身の一撃で仕留め切れなかったため、もう一度力を溜める猶予(ゆうよ)を作るため、一度距離を取ったのだが。

 

「は、ぁ……は、ぁ……ぐ、ッ」


 着地と同時に、つい先程魔竜(オロチ)から受けた手痛い一撃で、激痛が全身を駆け巡る。

 攻撃を仕掛ける瞬間だけならば何の問題もなかったが。痛みを無視し、耐え切るのにも限界というものはある。

 もう一つ、痛みと言えば。

 目の前の魔竜(オロチ)との戦闘に突入する直前、アタシは「九天の雷神(ウラヌス)」の魔術文(ルーン)字に宿った意識にこう警告されていた。

 

 雷神の力を引き出せば引き出す程。

 アタシの身体を魔術文(ルーン)字が侵蝕する、と。


 本当ならば、地面を転げ回って激しく「痛い」と叫びたくなるような。身体の芯から(うず)く痛みの(いく)らかは。

 魔竜(オロチ)の突撃を浴びたからではなく、「九天の雷神(ウラヌス)」の魔術文(ルーン)字を発動し続けている代償なのかもしれない。


 かたや一方で。

 

 今、アタシが斬り裂いたばかりの大きな傷を。身体の時間を戻し、傷のない状態にする「逆転時間(アンテ・クロノスタシア)」の効果で瞬時に塞いでいってしまう魔竜(オロチ)

 

『ふむ……やはり、その力。人間にしておくには惜しい、我はそう思う。そこでだ──』


 身体を(さいな)む激痛に耐え、どうにか息を整えようとしながら。魔竜(オロチ)に状態を悟らせまいと、殺意を込めて睨んでいたアタシに。

 今の一撃を受け、(いきどお)りを見せるどころか。勝利を確信したような笑みを浮かべ。


 とある問い掛けをアタシへとしてきたのだ。


『人間よ。我が軍門に下り、この地を共に支配せぬか?』


 それは、処刑宣告でも降伏勧告でもなく。

 敵であるアタシを籠絡(ろうらく)し、配下に加えるための勧誘の文句だった。

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