31話 アズリア傭兵団、夜に動く
薪を拾いながら、目立つ荷馬車や馬が城壁からある程度隠すことの出来るような場所を探しておき。
日が落ちかけ空が朱くなりかけた頃に、エルが馬車が到着したと報告するためにアタシを探していた。
「あ、いたいたアズリア。ようやく馬車が到着……って、それ……っ?」
「……皆んなには内緒だからな、エル」
アタシは引きずっていた荷物を繁みに隠して、何気ない顔をしながら荷馬車を御していたトールに手を振る。
「おーいっトール、コッチだコッチ。帝国軍の連中に見つかると面倒だから手早く頼むよ」
「いやあ、やっぱ軍馬と馬車とじゃ速度が全然違うな。コッチも休憩無しで走らせてきたんだがな……」
「いやいや、日が落ちるまでにエクレールに到着出来たんだ、寧ろ想定以上だよ」
続いて荷台から降りてきたトール以外の傭兵団連中は、皆一人の例外なくフラフラになっていた。
降りてきた途端に地面にバッタリと倒れたり、揺れで酔ったのかその場で胃の内容物を吐き出していたりと散々な様子だった。
「……うげ……あー……ホント酷いメに遭ったわぁ……」
「……ああ、全くだ……エクレールに着く前にくたばるかと思ったぜ……うぷっ」
アタシたちには時間がない。
だから出来れば今晩から動きたいのが本音だ。折角、活気付けようとしていいモノを用意したのだから。
なので、せめて少しでも体調が元に戻るよう引き続き、野営の準備はほぼアタシ一人で行っていた。
トールとエルには、馬車や馬がエクレール側から見えないよう木の枝や落ち葉を使って隠しておいてもらっていた。
到着したそうそう、顔を真っ青にしたまま地面に寝転んでいた傭兵連中のうち、比較的まだ平気だったエグハルトとオービットが、鼻腔をくすぐる謎の芳香を感じ取っていた。
「……ん?何だ、このニオイ……」
「ああ、俺も思った。この何とも言えない、食欲をかき立てる香りは一体……」
ふと見ると、さっきまで吐き気と闘いながら伏せっていたフレアをはじめとした傭兵連中もむくりと起き上がって鼻をひくつかせていた。
「おーおー、あれだけゲーゲー吐いてたのに食欲湧いてくるって、さすがは傭兵だね。どんな時でも食わなきゃ戦えないもんなぁ」
「アズリア?この香りは……もしかしてお前が?」
「ああそうさ。出来れば今晩から帝国軍と事を構えるかもしれないからね。景気付けに晩飯にはいいモノを用意したんだよ」
実は、まだ馬車が到着する前に一人で野営の準備をしていたアタシは、平野に一頭で彷徨っていた猛者牛を発見し。
筋力増強を発動させ、そのブルの首を一撃で斬り落とし胴体部分を何とか解体していたのだ。
猛者牛の肉は王都の評判の料理人でも競って欲しがるほどに美味なのだが、普通の狩人や冒険者では太刀打ち出来ない強さなのだ。
そんな解体した猛者牛の肉塊に、砂漠で仕入れた香辛料や有翼族から貰っていた岩塩を擦り込んで。
焚き火とは別の火を使って、火加減に細心の注意を払いながら時間を掛けてじっくりと火を入れた、そんなブルの肉塊を一人前に切り分けていってエルが皆に配っていく。
「……コレって、ホントにあの大味な猛者牛?」
「いや……実は俺、猛者牛なんて高級な肉なんてまだ口にしたことないですぜ……」
「それに……アズリアの姉さんが作ったって……大丈夫なんですかい?」
「ていうか……アズリアが料理出来たってことにあたしは驚きなんだけど……」
せっかくの焼き上がりを用意したのに、皆んな肉を口に運ぼうともしない。
アタシの料理の腕を思いっきり疑ってるのがヒソヒソと話している会話の端々から聞き取れる。
「なんだよ、猛者牛を見つけたのは偶然だけど……アンタらに美味しく食べてもらおうと思ってわざわざ解体して調理したんだからね。ほら、食べた食べたっ」
アタシが急かしたことで、皆ブルの肉をおそるおそる口に運んでいった。
そして……肉を噛み締めていくうちに、皆んなの表情が驚愕と陶酔が入り混じったものに変わっていった。
「ん〜ッ!何これ何これ!……口で溶けたぁ……」
「歯応えがあるのにホロリと解れて……」
「味付けも塩だけじゃなく、肉に振られた香辛料が肉の旨味を思いっきり引き立てていて……」
「……ああ、美味いっ!」
「アズリアって……こんな料理上手かったんだ。うん、ごめんね、一口食べるまで疑ってたわ」
皆の大絶賛の声を聞けただけで、準備してた時の手間や苦労が全部……とは言わないまでもある程度は報われる思いだ。
それを肴に、鉄筒にこっそりといれておいた麦酒をグイッと飲み干して喉を潤していった。
……そんな晩飯を終えて、夜も更けていき。
アタシたちは本格的に、エクレールをどう攻略するのかを話し合う……というよりは傭兵団のやり方をエルに説明する事にした。
「……なるほどね。アズリアを破城槌の代用にするのは納得したけど。なら最初からアズリアに扉破らせたらいいんじゃないの?」
「そう簡単にはいかないのさ修道女。扉をアズリアに破壊してもらっても、それで帝国軍の全戦力が撃って出てきた場合、数で圧倒されたらラクレールと同じ結果になっちまうからな」
「……まずはこの街にどれだけ帝国軍が残ってるか知る必要がある。そこで、俺の出番というわけだ」
説明を受けて立ち上がるのは黒塗りの軽装備と愛用の連結刃を持ったオービット。
男性にしては小柄な体格で、常に首に巻いた布で口元を隠して表情を読まれないようにしている、一風変わった男なのだが。
「……俺は戦士としては二流だが、潜入や工作は傭兵稼業よりも得意でな。その腕を買われて俺は雷剣に所属しているからな……」
「オービットが街に潜入して帝国軍の数と街の中を調査してもらって。その間にアタシとフレアが組んで、見張りの連中を半分くらい減らしておくよ」
「仕方ないわね。久々にアンタと帝国の連中には私の火魔法を見せてあげるわよっ」
次に立ち上がるのは、傭兵団にしては珍しい魔法使いのフレア。
まあ……見た目も服装も派手で、魔法使いと呼ぶより酒場の酌婦と言ったほうが似合っているのだが。
「この野営地の留守はトールに任せたからね。いざとなったらアタシらに構わずに、エルと一緒に馬車でこの場を離れるんだよ」
「ああ、こっちは任せておけよ」
アタシがまだこの傭兵団にいた時のお約束。
作戦に動き出す前に行う儀式みたいなモノ。
アタシは得物の大剣を。
オービットは愛用の連結刃……ではなく黒塗りの短剣を。
フレアは魔法を使うのに必要で掌に握り込んでいる紅石の護符を出して、それを重ね合わせる。
「それじゃ……久々に雷剣の腕前が鈍ってないか、見せて貰うよ。フレア、オービット」




