347話 アズリア、対峙する魔竜の異変
大きく口を開け、真上から迫ってきた魔竜の牙へと。
「なら……その牙を叩き折ってやるよッ!」
これまでも身体に負った傷を瞬時に塞ぎ、元通りに再生する「逆転時間」の効果を魔竜は受けている。
たとえ今、牙を砕いたとて、即座に再生されてしまうだろうが。
構う事なくアタシは咄嗟ながら、出来る限りの力を腕へと込め。何の躊躇なく高速で振り抜いていく。
だが、予想外の事が起こる。
「な……んだ、とッ⁉︎」
アタシと魔竜の顔の前で、激しく散る火花と堅い物同士が激突した際の衝撃音。
魔竜の牙を叩き折るどころか、亀裂一つを入れる事も出来ず、牙によって止められてしまう。
先程まで、魔竜の堅い鱗すら物ともせず、簡単に斬り裂いていたアタシの大剣の一撃が。
「ぐ?……う、うおぉ、ッッ⁉︎」
それどころか、突進の威力を相殺出来なかったからか。
アタシの一撃を止めたばかりか、こちらの身体に牙を届かせようと大剣を押し込んでくる魔竜。
力で押し負けぬよう大剣を両手で握り締め、懸命に腕に力を込めるも。単純な腕力、という点では「九天の雷神」よりも右眼の魔術文字を発動している時が余程強い力を発揮出来る。
そのためか、徐々に形勢は悪くなり。少しでも腕の力を緩めれば、迫る牙がアタシの身体に突き立てられてしまうだろう。
「け、けどッ……何で、いきなり……ッ?」
大剣で何とか牙を防ぎながら、アタシはふと抱いた違和感。
それは、魔竜の今の攻撃があまりに「強力すぎる」点だった。
殺気に反応し、咄嗟に防御に回った事で、確かに全力を出し切れたとは言えないが。
それでもアタシの大剣の一撃で傷も付かなかった牙の硬度も、だが。
そもそもアタシか防御でなく、「九天の雷神」が最大の効果を発揮する速度を活かし、回避を選択出来なかったのか。それは、頭上から迫る魔竜が、これまで以上の速度で動いていたからだ。
ここまで接近戦が強力であれば。何も毒霧を周囲一帯にばら撒き、姿を隠しながらアタシが毒に侵され倒れるのを呑気に待つ必要などない。
魔竜にもれなく発動中の「逆転時間」で再生してはいるが。アタシは何度も魔竜の身体に、大剣による深傷を負わせていたが。こちらが斬り掛かり接敵した際に、反撃で強力な接近戦を仕掛ければよいだろうに。
だが。今までに魔竜は、牙による接近戦などを見せる気配は微塵もなかった。
『くふふ。我が突然に強くなったことが不思議か?』
すると。牙で攻撃を仕掛けているため、顔が間近にあった魔竜が言葉を発する。
まるでアタシの心の内を透かして見ているかのように、こちらを嘲笑うのも忘れず。
「……ああ。正直なところ、驚いちまったよ」
『無理もない。我とて、つい先程までは貴様の刃にいいように斬られていたからな』
「つい、さっきまで……だって?」
たった一言だけの会話のやり取りだったが。今の言葉で、一つだけ疑問が氷解する。
どうやら鋭い牙による反撃はしなかったのではなく、出来なかったのだ。
しかしそうなると、残った疑問が余計に気になる。
何故に魔竜は突然、アタシを接近戦で押し切れるまでに力と硬さがいや増したのか。
魔竜が頭上からの強襲よりも以前に起きた、大きな出来事といえば。
離れた戦場から空高く伸びた炎の柱と、三本目の魔竜の首がユーノらに倒された事だけ。
「──あ」
その時、アタシの頭に突如として浮かび上がった言葉。
二度目。そして三の門を突破した後に出現した三度目の魔竜が揃えて口にしていたが。
「確か魔竜は……首が倒されると、残りの首に力が戻る……って話だよ、ねぇ」
『ほう、覚えていたとはな。くふふ……感心、感心』
──忘れるものか。
頭と首を合計八本有する「八頭魔竜」は。その首が倒される度、残る首に力を譲渡するだけではなく。己を討ち果たした者の力や情報を継承していく……と。
フブキを街より離れた土牢から救出した際、遭遇した二番目の首は。何らかの効果を瞳から発し、アタシの右眼の魔術文字の効果を打ち消してきたし。
一ノ首を名乗る三度目の魔竜は、アタシの大剣にだけ特化した障壁を張り。これまでに二体の魔竜を屠った大剣の初撃を完璧に防いでみせたように。
次に遭遇した魔竜は、たとえ初見だとしても。予め倒した人間の記憶を継承しているため、一度見せた魔法や攻撃には的確な対抗策を練ってくるのだ。
そして……一度目よりも二度目は。三本目はさらに強大な力を振るってくる事も、アタシはこの手で、この目で体感したばかりだ。
「ぐ……あっちの魔竜が死んだコトで、アンタの力がこれだけ増した……そ、そういう事かい、ッ」
突然に目の前の魔竜が強化された、その違和感の答えに辿り着く事はどうにか出来たアタシだったが。
大剣をジリジリと押し込んでくる魔竜の牙の勢いと重圧に、アタシは完全に力負けし片膝を突きそうになる。
もし、このまま膝を着いてしまえば。両脚で地面を踏めない状態で魔竜を押し返すのは不可能に近い。大剣で牙の脅威こそ防げても、巨大な頭部で大剣ごと押し潰されてしまう。
『そういう理屈だ。残念だが、手加減はせぬぞ』
これを攻勢に出る好機と見た魔竜は、さらに牙に巨大な自重を乗せ、一気にアタシを押し切ろうとする。
しかも、これまでアタシと言葉を交わしていたその口の奥からは。目視でも理解出来る程に魔力が収束しているのがわかる。
「こ、こんな間近で、あの毒霧を? じょ……冗談じゃないってえの⁉︎」
猛烈な炎を吐く三本目の魔竜とは違い、眼前に迫る四本目の魔竜が得意とする吐息は、毒。
鉄製の防具を錆塗れにし、肌を侵し、焼く毒の霧。戦場一帯に拡散させてなお、それだけの威力を発揮する強烈な毒を。眼前、という至近距離で浴びせられたら、毒霧の影響を受けなかったクロイツ鋼すら錆びて使い物にならなくなってしまうかもしれない。
迷っている猶予はない。
膝を突いた時点で敗北は必至だ──ならば。
「……足が動くうちにッ!」
アタシは牙を受け止めていた大剣に込める腕の力を緩め、重圧による身体の拘束が解かれた事で。生まれた一瞬の隙を突いて。
自ら体勢を崩し、真横に転がって牙から逃がれようと試みる。
「──九天の雷神ッッ!」
身体に刻んだ魔術文字の魔力を発揮し、両の脚に雷のごとき速度を宿らせ。生まれた僅かな猶予を使い、魔竜の攻勢から抜け出していくアタシだったが。
当然、アタシを逃がしたくはない魔竜は大剣による防御が解かれ、力が緩んだ一瞬の隙を狙い。
『くふふ……逃さぬ! この牙を突き立て、貴様を物言わぬ肉塊へと変えてくれるわっっ‼︎』
アタシの身体に目掛けて、無数の鋭い牙を生やした上顎を勢い良く振り下ろしてくる。




