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345話 一ノ首、最後の悪足掻き

 最初は勘違いかと思ったのか、ユーノは目を擦りながらもう一度魔竜(オロチ)を見るが。見間違いなどではなく。

 (むし)ろ、見返したことで。魔竜(オロチ)の頭部が徐々に膨らんでいるのを完全に理解してしまう。


「じょ、冗談じゃねえ! な、何が起きてやがんだ、お、魔竜(オロチ)は確かにユーノが倒したハズだろお?」


 苛立つヘイゼルの叫びにも似た大声は、まるでこの場にいる全員の今の疑問をそのまま声にしたかのようだった。


 同じく、その場にいた全員が既に息絶えた筈の魔竜(オロチ)の異変を知り。

 死闘が終わった、とすっかり安堵(あんど)していた心に、再び魔竜(オロチ)が息を吹き返すのかも……と警戒心が灯る。

 しかし。


「あ……あれ? からだ、う、うごかない、っ」


 だが、立ち上がろうとしたユーノは。腕や脚に力が入らず、片膝立ちの状態から上手く立ち上がる事が出来ずに。

 体勢を崩し、地面に転がってしまう。

 シュパヤとの対決に先程の魔竜(オロチ)へと浴びせた最後の攻防で。すっかり魔力を使い果たしていたユーノの身体は言う事を聞かなかったのだ。


 警戒すべき一番近い位置で、体勢を崩して転んだまま、一向に立ち上がる気配のないユーノに。ヘイゼルは思わず声を上げた。


「ユーノっ⁉︎」


 地面に倒れたベルローゼに駆け寄り、彼女を介抱(かいほう)していたセプティナは。

 

「ぐ、っ……お嬢様が意識のない状態で、とは」


 ユーノが倒れ、助け起こす必要があった事を。そしてこの場にいる人間の中で、自分(セプティナ)がユーノに一番近い位置にいる事を即座に理解したが。

 同時に、一番守らなくてはならない擁護対象(ベルローゼ)もまた、意識を失っており。もし魔竜(オロチ)が再び(よみがえ)るなら、ベルローゼを抱えて後退する必要があり。

 セプティナの細腕と身体では、さすがにベルローゼとユーノの二人を抱えて移動するのは不可能だ……というのも。セプティナ本人が一番良く理解していた。

 

 だから、自分に代わり倒れたユーノを救援してもらうように。ベルローゼを両手で抱き上げながら。

 批判される事を承知で、後方に控えていたヘイゼルらにユーノの救援を任せようとする。


「こ、の通りっ……わ、私には彼女の救援は無理だ。早く、っ、誰かを」

「……ちぃっ。あんたの大事なお姫様なんだろうが、どっちが勝利の功労者だか、理解してんのかよ」


 その発言を聞いたヘイゼルは、当然だが(いきどお)りを覚え。苛立つ感情を全く隠そうともせず、セプティナの選択を責めるような言葉も躊躇(ためら)いなく吐くも。

 次の瞬間、唐突にヘイゼルは。真横に立っていたカムロギへと視線を移したことで思い出す。


「って……そりゃ、そうか」


 この場の全員が、あくまで「魔竜(オロチ)を倒す」という目的のみであくまで利害が一致したに過ぎない、という事を。


 全員が共闘しなければ、間違いなく敗北し喰われていただろう魔竜(オロチ)を前に。迷いや躊躇(ちゅうちょ)なく、不思議と手を組んでいたこの場の全員だが。

 アズリアを追ってこの国(ヤマタイ)まで来た、というベルローゼとセプティナの二人とヘイゼルは何の面識もなく。

 隣のカムロギに至っては、最後三つ目の城門を潜るまでは敵側の人間だったのだから。


 元は悪名高き大海賊として、海の王国(コルチェスター)では最も高い賞金を()けられていたヘイゼルは。

 まさか見ず知らずの相手に、生命を任せるような真似をするとは想像もしていなかった。


「……長くあの連中(アズリアたち)といたからかね、随分とあたいも甘くなっちまったもんだ」


 海賊団をアズリアとユーノのたった二人に壊滅させられ。報復と復興のために接近を(たくら)んだまでは良かったものの。その後、色々な出来事が積み重なり、ヘイゼルはこの国(ヤマタイ)にまで来てしまったのだが。

 アズリアとユーノに同行した事で、自分には何の得も報酬すらない戦いに身を置く事となっていたのだから。


「……って、何、呑気(のんき)(ひた)ってんだい、あたいっ!」

 

 回想を頭の中から追い出すように左右に首を振り、現実に戻ってくるヘイゼルは。

 一番距離の近しいセプティナが救援に行けないのなら、親しい自分がいくしかないではないかと。前に踏み出そうとするも。

 足を踏み出した途端に、身体に奔る激痛。


「がぁ、っ!……か、肩がっっ⁉︎」


 全身を駆け巡る痛み、特に右肩の灼熱感に足が最初の一歩から動かない。

 最も痛みの激しい右肩を押さえ、膝を突いたヘイゼルは。肩に触れた手の平に、べっとり、ヌルリとした血の感触と痛みで。

 四本腕の蛇人間の槍で、肩を斬られた現実を強引に思い出させられた。

 

 ユーノが参戦し、そこから一気に戦況が優勢に(かたむ)いていった事に。少なからずヘイゼルは高揚していたのだろう。(たかぶ)った感情が傷の痛みを抑制していたのだが。

 一度思い出してしまうと、もう激痛を忘れる事は出来なかった。

 

「ぐ……あたいも手負いだったのをすっかり頭から飛んでたよ、くそ……っ!」


 ユーノを助け起こしたいのに、痛みで身体が動かないヘイゼルは。自分の不甲斐なさに奥歯を(きし)ませ、唇を噛みながら。

 先程からどんどんと膨張を続けていた魔竜(オロチ)の頭部を凝視(ぎょうし)するヘイゼル。


 ヘイゼルと魔竜(オロチ)との距離はかなり開いてはいたが、それでも息絶えた筈の魔竜(オロチ)の頭からは魔力を感じられた。

 先程、地面と空気を震わせた原因は。魔竜(オロチ)の魔力だったのだ。


「こ……これって、もしかして、あのバケモノがすいこんでたほのおのせい?」


 最後の攻防で魔竜(オロチ)は、ユーノ諸共(もろとも)この戦場を破壊するため。「奥の手」と称して、暗黒魔術(デモニックカース)で召喚した憎悪と報復の黒炎を大きく吸い込み。体内で炎の威力を圧縮、増幅して口から放出する算段だった。

 発動よりも先に、ユーノと分身体(ファントム)、四本の伸ばした腕が。魔竜(オロチ)の心の臓を貫通し、辛くも「奥の手」の発動を止めたのだが。


 ユーノの想像通り。


 発動出来なかった「憤怒の獄炎(ヴァイオレイジ)」が、使い手である魔竜(オロチ)が死んだ事で制御が不可能となり。

 暴走した膨大な瘴気(しょうき)が、頭部を守る堅い(うろこ)に次々と亀裂を入れ。今まさに膨れ上がっている最中だったのだ。

 

 唯一、魔竜(オロチ)と対峙していた戦場で動く事の出来たカムロギは。

 冷静になって魔竜(オロチ)だけではなく、戦場の周囲の状況を分析していた。


「俺だけで、この場にいる全員を助ける事は出来ん……残念だが」


 倒れて動けなくなっているのは、何もユーノやベルローゼだけではない。魔竜(オロチ)の片眼を奪い、その後黒炎による迎撃を受けて地面に落とされたモリサカや。

 さらに背後で支援を続けていた二人の獣人、そしてその他カガリ家に仕える武侠(モムノフ)らも多数存在している。

 それこそ、ヘイゼルが交戦した蛇人間のように。四本の腕を持ってもいない限り、戦場に倒れた者らを救出する事は不可能だ。


 カムロギは、どの選択をすれば全員が生存出来るのかを模索(もさく)した。

 それこそが(カムロギ)がアズリアに頼まれた内容だったからだ。

 

「なれば──力で抑え込むしか!」


 魔竜(オロチ)が再び動き出す事を警戒し、一度は(さや)へと納めた二本の魔剣を抜き放つと。地面を大きく蹴り、魔竜(オロチ)の頭部へと接近していく。

 その動作は、ユーノを抱えて後退するのではなく。魔竜(オロチ)へと斬撃を浴びせる目的なのは明白だった。

 

 その時……ほんの(わず)か、一瞬だけ。確かに心の臓を潰されて息絶えた魔竜(オロチ)の片方の瞳に、目の光が宿る。

 

『わ、我とともに……燃え尽きるが、よ……い……わ……』

 

 最後の力を振り絞り、恨みの言葉を放って魔竜(オロチ)は今度こそ完全に、その生命の()が消えた。

 ──そして。


 

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