344話 ユーノ、一ノ首に勝利するも
短い断末魔を口から漏らし、凛々を輝いていた魔竜の真っ赤な瞳から光が失われ。
『──が、ッッッ⁉︎』
空高く伸ばしていた巨大な魔竜の身体から力が抜け落ち、伸ばした胴体が維持出来なくなったためか。頭部が激しく地面へと叩きつけられた。
魔竜の頭が地面と衝突した事で。
地面が一度、大きく振動する。
魔竜の胴体部に、深々と両腕を埋め込むような状態だったユーノは。
力無く崩れ落ちていく魔竜の、太く重量のある胴体部に潰されないよう。咄嗟に魔竜の身体を蹴って、強引に両腕を傷口から引き抜き。魔竜に巻き添えを食らわぬよう、後方に跳躍して逃げるも。
「……う、わあっっ!」
普段のユーノであれは、類稀な平衡感覚の持ち主であり。軽快な動きで空中で姿勢を立て直し、しっかりと着地に成功するところだが。
あまりにも咄嗟の事であり、しかもユーノの魔力は先程放った四発の「黒鉄の螺旋撃」で疲弊していたからか。空中に投げ出されたユーノは、体勢を立て直せずに地面に転がり落ちてしまう。
と、同時に。
「う、おっ? へ、蛇人間どもが……」
「勝手に崩れていく……こちらが手を下してない敵までっ?」
ヘイゼルらの前に立ち塞がっていた、或いはこの戦場で他の武侠らと戦闘中だった蛇人間が。
何の前触れもなく、ドス黒い液体と元になった人間の骨を残してその身体が崩れ落ちていく。
一瞬、何が起きたのかを理解出来なかったカムロギとセプティナは、怪訝そうな顔を見せるも。ヘイゼルだけは確信めいた表情で、魔竜とユーノへと視線を向け。
「ははっ……決めてくれたね、ユーノのやつ」
ユーノが魔竜を倒した、と推察する。元々、魔竜の眷属として召喚され、仮初めの生命と肉を与えられたのが蛇人間だ。ならば、魔竜からの魔力供給が停止すれば、蛇人間がその身体を維持出来ないわけだが。
ヘイゼルは小難しい理屈ではなく直感的に「ユーノが魔竜を倒した」と理解したのだ。
魔竜の眼から光が消え、多数いた蛇人間の全員が崩壊し。最早この戦場には、敵対する対象は何一つ存在しない。
強敵を討ち果たした事を理解した武侠の誰かが、恐る恐る声を上げる。
「か、勝ったんだ……俺たちがっ」
すると、その言葉を合図に。その他の武侠らにも勝利した意識が伝播していき。複数の武侠らが声を揃えて、勝利を確信するように大きな声を上げ始め。
「「か、勝った! 俺たちが、勝ったんだあ!」」
「「倒したんだ! あの魔竜を、そして逆賊ジャトラをっ!!」」
ついには、武侠を率いていたナルザネが率先し、戦場にいた武侠全員で勝鬨を発した。
「皆の者っ! 勝利を祝う声を上げろ!」
『──うおおおおおおおおおおおおおっっ‼‼︎︎』
武侠らの中には、蛇人間の鋭い爪撃で深傷を負っていたり。魔竜が放った炎の余波で酷い火傷を被った者もいたが。
それでも声を出せる全員が、片腕を高々と掲げ、大声を張り上げて。自分らが今生きており、そして激しかった戦に勝利した事を実感していた。
武侠らの勝鬨が響く中、ようやく戦闘が終わった事をカムロギらもまた実感し。
「ふぅ……じょ、冗談じゃないよ、ったく」
右肩に深傷を負い、その他も無数の傷を刻まれていたヘイゼルは。瞬間、安堵の息を吐いて膝から崩れ落ち、その場に尻を着き座り込んでしまう。
これ以上の戦闘はない、と判断したカムロギは。左右それぞれに握っていた二本の魔剣「黒風」と「白雨」を、腰に挿していた鞘へと戻しながら。
「俺が、トドメを刺せなかったのは。多少の心残りではあるが……な」
一度はヘイゼルらと敵対したカムロギが、友軍となって魔竜に剣を向けていたのは。仲間として苦楽を共にした盗賊団一味を、魔竜に喰われたからだ。
仲間の仇をみすみすユーノに奪われてしまった事を惜しむような口振りではあったが。
カムロギも本心では、ユーノが参戦しなければ圧倒的劣勢を一転させる事は出来ず。魔竜に勝利する事は叶わなかっただろう事実を理解していた。
そのため、言葉とは真逆に。地面に倒れたこの戦闘一番の功労者であるユーノを見て、笑っていたのだから。
さて、セプティナであるが。
立ち塞がっていた蛇人間が残らず崩れ落ち、それどころか魔竜との戦闘が完結した事で。
彼女にとっての最優先事項が、再び彼女の心を支配し。
「お、お嬢様あああっっ⁉︎」
一度はユーノのために神聖魔法を発動したが、その後意識を失い地面にうつ伏せに倒れていたベルローゼへと慌てて駆け寄っていった。
「……やっ、やったっ、きめたよっ、アズリアおねえちゃんっ」
一気に騒がしくなった戦場を眺めながら、ユーノは片膝を立ち、地面に手を突いてゆっくりと立ち上がっていく。
魔竜の体内を貫通し、心の臓を破壊したことで魔力を出し切ったユーノは。「黒の獅子」を維持出来なくなったからか、黒い髪と肌の色が、元々の金髪と白い肌に戻っており。軽快に立ち上がる事も出来ないくらいに疲弊していたのだ。
「ボク……ほんとに、たおしたんだね」
ユーノは、自分が仕留めた魔竜の地面に倒れ伏した姿をあらためて観察すると。
「──ん?」
不意にユーノは、地面から伝わってきた振動に気が付く。次に、肌に感じる空気の振動。
最初は、勝利に湧く周囲の声や足踏みを過敏に察知したのかと思っていたが。地面や空気から伝わってくる振動は、徐々に強まっていく。
「な、何ですか、この揺れはっ?」
その異変を、ユーノに一番近しい位置にいた、地面に倒れていたベルローゼに駆け寄ったばかりの女中・セプティナも気付き。
「む……まだ、何かいる、だと?」
さらに距離が空いていたカムロギもまた、妙な振動に気付いたのか。一度は鞘に納めた二本の魔剣に再び手を掛け。
セプティナ、カムロギ、そしてユーノと。三人の視線は、振動の発信源へと集中した。
それは、眼の光が消え、倒した筈の魔竜。
最早、動く気配も見せてはいない。にもかかわらず、地面と空気を同時に震わせる異変は。確かに物言わぬ魔竜の身体から発生していたのは間違いなかった。
一体、何が起きているのか理解に苦しむ三人。
だが、その背後から疑問を氷解させる声が飛ぶ。
「み、見ろよっ……魔竜の頭を、よく見ろっ?」
「「えっ?」」
地面に座り込んだままのヘイゼルが指を差し、頭部に注意を促すよう示唆すると。
「理由はわからねえが……あの頭、どんどん大きくなってやがるんだ、間違いねえっ!」
その言葉を聞いて、三人がもう一度魔竜の頭を注意深く観察すると。いち早く頭部の異変を理解したのは、つい先程まで魔竜と交戦中だったユーノだ。
「ほ、ほんとだ……ボク、ぜんぜんきづかなかったよ」
見れば確かに、戦闘の時に見た魔竜の頭部とは明らかに大きさが違い。一回り以上、膨れ上がっている事にユーノはようやく気付く。
特に顕著に肥大化していた額の部分から、何か宝石のような光沢ある物体が。鱗と鱗の隙間から姿を覗かせていた事にも。




