30話 アズリア傭兵団、エクレールに到着する
「おらぁ! 全速力でエクレールまでかっ飛ばすぞ、ちゃんと掴まってろよぉっ……そらっ!」
帝国軍が村に乗り入れた馬車は、二頭立ての荷台に四つの車輪が付いた立派なモノで。
御者のトールが馬に鞭打ちながら、ほぼ最高速に近い速度のまま村を北上していくと、しばらくして馬車が走り易い街道に出ることが出来た。
「「ぎゃあああああ! じょ……冗談とかじゃなくっホントに落ちる、落ちるぅぅぅ!」」
……その代わりに荷台にいるフレアやオービットにエグハルトや他の連中はさぞや酷い目に遭っているだろうが。
何しろ車輪の材質は木と金属だ。それが地面に転がる石を嚙むようなことが起きれば、荷台の揺れは相当なモノだろう。しかも速度が乗っていれば乗っている程、荷台の衝撃は大きくなる。
とりあえずアタシは……荷台の連中の絶叫を聞かないフリをすることに決めた。
「……ねぇアズリア。馬車の連中……大丈夫かな?」
「え?……まあ、大丈夫なんじゃないかねぇ」
──さて。
アタシが騎乗する軍馬もかなり立派なモノで、完全武装したアタシとエル、そして野営道具を背中に乗せて馬車に追従しているにもかかわらず。
油断すると馬車を抜き去ってしまいそうになるくらいの速度が出てしまうため。
結局、アタシらが街道を先行してエクレールまで向かうこととなった。
「そんじゃエル、コッチも少しばかり速度出すからな……舌噛まないようにちゃんとアタシに掴まってろよ?」
「……え、ええっ⁉︎ きゃ、きゃあぁッッッ!」
急に馬が加速した勢いで身体が後ろに引っ張られたエルが叫び声をあげて、慌ててアタシの腰にしがみ付いてくる。
一人旅が長かったせいか、旅路ではなく昔馴染みの傭兵らを率いた進軍ではあっても。こうして大勢を囲んで街を移動するのは久しいとあって。
少しばかり気持ちが高揚していたアタシの、馬を走らせる速度はいつにも増してした。
街道を馬が駆けるたびに蹄が街道の石畳を踏み鳴らす激しい音と、ガタガタと鳴る馬車の車輪の音が。村からエクレールまでの誰も通らない平坦な道に響き渡るが。
幸運にもエクレールまでの間に、帝国兵士の姿を見ることはなく。
やがて日が傾きかけた頃、街道の先に目的地であるエクレールの街が薄っすらと目視できる距離にまで到達することが出来た。
「──見えてきたぞっ、あれがエクレールの街だ!」
エクレールの街が、アタシらが滞在していた辺境の村とは街としての規模が違うのは見てすぐにわかった。
まず、街を取り囲む城壁があった。
その城壁から帝国の紋章が描かれた旗が掲げてあるのは間違いなくエクレールが帝国の占領下にある証拠だ。
「……はぁ、はぁ、な、何とか振り落とされないようアズリアにしがみ付いてたけど、もう腕がパンパンで……」
「お疲れだったね、エル。そんじゃ野営の準備はアタシに任せて、エルは馬車がいつ到着するか見ておいてくれないかねぇ?」
エクレールの城壁が見える、街道から少し外れた繁みを見つけて馬から降りると。
振り落とされないように力一杯アタシに掴まっていたためか、すっかり腰が抜けてしまったエルをヒョイと抱いて馬から下ろ近くにあった手頃な石に座らせてあげた。
「ね、ねぇ……アズリア、少し聞いてもいい?」
「ん、何だい? 言っておくけど……どうやったら胸が大きくなるかなんて聞かれてもさ、アタシにゃ答えられないよ?」
まだ腰が抜けて座りっぱなしのエルに向かって。
アタシは防具が装着されていない右胸から張り出す大きな乳房を、下から支えてユサユサと揺らしてみせる。
「んなッ⁉︎ ち、違うわよ馬鹿ッ!……あんな城壁のある街、どうやって攻め落とす気なのかって聞きたかったのよっ!」
アタシの冗談に、こちらの顔をまじまじと見ながら真っ赤にして怒る子供体型のエル。
そんな彼女をまあまあと宥めたアタシは、こほんと咳払いを一つした後。
「ん、まあ基本的には村を奪還した時と同じだけどね。周囲から徐々に人数減らしていって、向こうがしびれを切らしたら……そこを一気に攻める」
「で……でもっ、あんな城壁あるんだから、閉じこもっちゃったら手も足も出ないんじゃないの?」
そういってエルが指を差した先にあるエクレールの街は、不埒な侵入者を防ぐために。木製の柵ではなく、石を積み重ねた立派な壁でぐるりと囲まれていたのだ。
確かに、エルの懸念は当然だろう。
そもそも外敵から身を守るための石壁なのだから、まさに外敵と呼べるアタシらに効果がなければ「壁」の役割として問題アリなのだから。
だがそれはあくまで、ごく一般の兵士や軍隊を相手にする場合での話なのだ。
「エルのその疑問に対する答えが、これから来る馬車には乗ってるのさ」
「……?」
アタシの言葉に後ろを振り向いたエルは、すこし遅れてやってくる馬車へと視線を移すが。
それでも、疑問に対する答えが思いつかなかった彼女は首を傾げてしまう。
「ほら、そろそろ馬が早すぎて震えてた腰も治っただろ? 街道が見えるトコにエルが待ってないとさ……あの連中が勝手に城門に突っ込んでいっちゃうかもしれないからねぇ」
石に腰を下ろしているエルの背中を平手でパシィッ!と叩いてから、アタシは野営の準備に薪集めを再開するのだった。




