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337話 ヘイゼル、何とか窮地を脱する

 突如ともいえる感覚の異変に。本来ならば、戸惑いを感じる場面ではあったが。

 ヘイゼルは、今まさに起こっている感覚に既視感があったため。困惑せずにあくまで冷静を保っていた。


「──この、感じは」


 それは今より少し前、シラヌヒ城は三の門を突破する際に。門を護る凄腕の弓使い・イスルギと、ヘイゼルは対決したのだが。

 鉄弓を巧みに使い(こな)すイスルギに徐々に劣勢に追い込まれた、ちょうどその時。

 危機的な状況で集中力が研ぎ澄まされ、相手(イスルギ)の放った鉄矢(てっし)の軌道がハッキリと見えた。その感覚に似ていたからだ。


 まるで敵の攻撃が止まったように見えていたヘイゼルは、急いで体勢を立て直し。自分に迫る槍先を再び回避しようとする──が。

 何と、ヘイゼルに到達するよりも手前で、迫る槍はその動きを止めてしまったのだ。


「……は? ちょ、ちょっと待てっ」


 この時初めて、ヘイゼルは困惑を顔と声に出した。

 いくら集中力を高め、攻撃の軌道を見極める感覚が自分の目に宿ったとはいえ。さすがに攻撃が止まるのは想定外だからだ。

 突然、元の速度に戻っても困る。

 ヘイゼルは攻撃が直前で止まっているのを良い事に、槍を真横に振り回しても当たらない位置にまで退()いてから。槍先から、攻撃してきた四本腕の蛇人間へと視点を移すと。


 ヘイゼルはようやく攻撃が止まった、その理由を知る事となった。


「お、おいっ? こ、こりゃあ……」


 確かに長槍(ロングスピア)を二本の腕で握り、ヘイゼルに鋭い刺突を繰り出していた蛇人間だったが。

 その腹には大きな穴が空いていたのだ。背中側が覗ける程の。

 攻撃が止まったのは、槍がヘイゼルに届くよりも前に腹を大きく穿(うが)たれ。蛇人間が絶命していたからだ。


 いや、それだけではない。


 ユーノが接近している、と顔を向けた側に立っていた蛇人間ら一〇体近くもまた。頭や胸を(えぐ)り取られ、次々に地面に倒れていったのだ。

 まるでその場を、巨大で硬い鉄塊が一直線に飛んで来たかのように。

 

「こ……この威力、まるで火砲(カノン)じゃないか……いや、それ以上かも」

 

 海の王国(コルチェスター)には、ヘイゼルが所持している単発銃(マスケット)をそのまま巨大にした「火砲(カノン)」と呼ばれる攻城兵器が存在する。海賊時代のヘイゼルが所持していた帆船にも、この兵器は搭載してあったが。

 単発銃(マスケット)で飛ばすのは、小石程度の鉄球だが。火砲(カノン)で発射するのは人の頭部ほどの大きさの鉄球であり。

 蛇人間らを襲った攻撃の爪痕(つめあと)は、まさに火砲(カノン)から撃ち出された鉄球の一撃に匹敵(ひってき)する。


 勿論(もちろん)、ヘイゼルはこの戦場に火砲(カノン)など存在しない事は百も承知だ。

 だとすれば、こんな馬鹿馬鹿しいまでの威力を叩き出せる人物など一人しか該当(がいとう)しない。


 ヘイゼルは、まだ忘れてはいなかった。

 世界最強と名高い海の王国(コルチェスター)海軍から強奪し、海賊船として運用していた頑強な軍艦二隻。アズリアとユーノの二人だけで一隻ずつ破壊し、海に沈められた事を。

 破壊され、海賊団を壊滅させられた直後こそどうやって復讐するか、遺恨(いこん)が残っていたものの。同行している今ではすっかり負の感情は消えてはいたが。

 巨大な籠手(ガンドレッド)を纏ったユーノが嬉々として、頑強な軍艦を拳だけで破壊する姿は。忘れようとしても頭から消える事はない。


「到着して早々(そうそう)、やってくれたじゃないか……っ」


 ヘイゼルがいる位置からでも目視で確認出来る距離にまで、高速で迫りつつあったユーノの姿に。思わず息を吐いて、口端を緩めてしまう。

 

 秘剣の準備をしていたカムロギも、突然起きた戦況の変化に。最初は戸惑いこそしたものの。

 つい先程までは、ヘイゼルと共倒れになるか(いな)かという戦況を好転させたのが、戦場に遅れて現れた獣人族(ビースト)の少女なのだという事実を即座に理解し。


「……た、助かったぞっ、援護、感謝する!」


 二人に接近してくる少女へと、礼を言う心の余裕までも生まれる。

 周囲を見れば、たった今ユーノが放ったであろう一撃によって。二人を取り囲む蛇人間の半分以上が倒され、敵側の包囲網は完全に崩壊していたからだ。

 それでも、ヘイゼルとカムロギの周囲にはいまだ一〇体以上の蛇人間が健在である。

 

「つづけて、いくっよおぉっ!」


 籠手(ガンドレッド)が外れ、()き出しとなっていた右腕とは逆、まだ籠手(ガンドレッド)が装着されている左腕を振りかぶり。

 多数の蛇人間を貫通し、身体に大穴を空けた「黒鉄の螺旋撃(アイアンテンペスト)」を再び放とうとするユーノだったが。


 攻撃の意図を察したヘイゼルとカムロギが、同時に声を揃え、ユーノへと呼び掛ける。


「ユーノ! あたいらより先に、回復魔法が使えるお姫様を助けてやんなっ!」

「こちらはもう大丈夫だ! それよりも、巨人の腕に掴まれた勇敢な女を助けてやってくれ!」


 二人が指し示した先をユーノが見ると。巨人族(ギガス)を思わせる巨大な指に身体を掴まれ、ぐったりと意識を無くしたベルローゼの姿があった。


「……むぅ」


 ユーノとしては、アズリアと過去の因縁浅からぬ相手のベルローゼに対し。自分が知らないアズリアを知っている事への軽い嫉妬を覚えているのを、自分でも何となく認識してはいたが。

 だからと言って、見殺しには出来ない。

 包囲が解け、気配だけでなく視線が通るようになったヘイゼルを見ると。明らかに肩に深傷(ふかで)を負っており、傷口からは未だ血が流れ続けている。

 が、傷を癒す治癒魔法の使い手はこの場にはいない。

 ただ一人、神聖魔法(セイクリッドワード)を扱えるベルローゼを除いて。

 ユーノもまた、シュパヤとの対決で肋骨(あばら)を折る等の深傷(ふかで)を負ったものの。ベルローゼの治癒魔法で傷を癒されたからこそ、今こうして動けているのだから。


 それにもう一つ、見殺しには出来ない理由。

 それは、アズリアとの約束だった。


「──そうだよね。おねえちゃんに、たのまれたんだもんねっ」


 単体で別の魔竜(オロチ)に挑もうとしていたアズリアは。

 それぞれの魔竜(オロチ)が待つ戦場に向かう別れ際。自分を「お姉ちゃん」と慕う彼女(ユーノ)に、全員の無事を委ねていた。

 二人の指示に、傷を回復した恩義、そして何よりもアズリアとの約束をしっかりと果たすため。


 ユーノは頭をぶんぶんと勢い良く左右に振って。ほんの(わず)かに心に芽生えた、ベルローゼへの嫉妬の気持ちを掻き消していき。

 振りかぶった左腕が定める目標を、カムロギやヘイゼルを包囲していた多数の蛇人間から。ベルローゼを掴む腕へと変更していく。


 ユーノが攻撃目標を変えたのを見届けた二人もまた、作戦の変更を余儀なくされる。


「おい。敵の数こそ減ったが、まだ攻撃を食い止められる余裕はあるか?」

「はは……出来れば、ここいらで地面に寝っ転がりたい気持ちでいっぱいだけどさ」


 ユーノの放った一撃で蛇人間による包囲は既に崩れたのだ。ならば、二人とも今の位置から離脱し。追撃してくるだろう残りの敵を各個撃破する……というのが定石だが。

 二人の視線が向いていた先は、ユーノが救援に行ったベルローゼではなく。別の場所で蛇人間に囲まれていたセプティナだった。


「カムロギ……だっけ? あんた、こっちですら手一杯だってのに、セプティナを助けるつもりなんだろ?」

「……元は俺も、この連中の包囲網に風穴を空けるつもりで準備していた秘剣だ。あの女が包囲を突破する手助けにはなるだろう」


 ユーノが戦場(ここ)に到着してから、これまでの一連の出来事で。カムロギが魔力を練り上げ、秘剣を発動するための準備は既に完了していた。

 カムロギが秘剣を解放すれば、おそらくは二人を包囲する残りの蛇人間は壊滅し。ヘイゼルの無事が確約される。

 それを承知の上で、カムロギは聞いていく。


「ヘイゼル。一度は俺のために生命を捨てると言った以上、お前が限界だというなら。まずは目の前の敵を(ほふ)るつもりだ」


 つまり、セプティナを救援するのかを選べ、と。


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