336話 ユーノ、再び黒き獅子となり
実はこの魔法、魔王領を出発してから海の王国に滞在していた間。アズリアに相談を持ち掛け、二人で開発したユーノだけの創造魔法でもあった。
無限なる大地の底に眠りし
熱き力の根源 大地の憤怒
その怒れる黒き鉄鎚を
我が両の腕に授けたまへ
発動に不慣れなためか、魔術師であるファニーと比較しても、ユーノの詠唱する速度は格段に遅い。
同時に、魔力を増幅させるために両手を複雑に動かしながら、というのもあるが。
何しろ、詠唱時に言葉を間違えてしまえば費やした魔力や時間が無駄に終わってしまう。そう思えば自ずと丁寧に、一語一句を口にしてしまってたからだろう。
こうして──間違える事なく、詠唱と予備動作を終え。後は発動を待つ魔力を、魔法の名称とともに解放するのみとなり。
「……ふぅっ」
失敗なく詠唱を終えられた事に緊張が解けたユーノが。安堵からか表情を緩め、大きく息を吐く。
発動が成功すれば、おそらくは気を休める時間の余裕などない、と思ったからだ。
一瞬だけ、休息を挟んだ後。
「いくよっ──怒れる黒鋼の墓碑‼︎」
再び、戦士としての表情を取り戻したユーノは。魔法の名を叫び、身体に残っていた魔力のほぼ全部を一度放出していき。
本来であれば。地面からは大地が隆起し。さらに上空には闇属性の魔力が物質化した金属の塊が挟み込み、押し潰す……という攻撃魔法が発動する筈なのだが。
その威力と魔力がそのまま彼女の全身を覆っていくと。
「う・お・お・おおおおおおおおおぉっっ!」
雄叫びを上げながら、ユーノの身体にみるみる変化が現れていく。
これまでの「鉄拳戦態」の時、両腕に装着されていた鉄巨像のような巨大な籠手は。鈍い黒鉄ではなく、光沢を放つ漆黒の材質に。
しかも「鉄拳戦態」と違い。両腕だけでなく、同じであろう材質で出来た胸甲鎧や脚冑までも装着し。
だが、一番の変容はと言えば。
動物の鬣を思わせる、特徴的なユーノ金色の短髪が。黒炭を溶かしたような黒へと。
健康的な白い肌は、アズリアと同じように濃い褐色にみるみる内に変わり。同時に、ユーノの腕や脚の太さが一回り大きくなった事だ。
全身が黒に染まり、言わば「黒の獅子」と呼ぶべき姿へと変貌した獅子人族の少女は。
「ふ……ふぅぅっ……ふぅぅっ、っっ……」
胸に絶えず湧き上がってくる激しい闘争心を抑えきれず、鼻息を荒くしながら。
暴れるのが見える魔竜、そして戦っている仲間らの待つ戦場へと向けて。地面を大きく蹴って、獣が獲物に飛び掛かるように前方へと跳躍していく。
「う、おおおおおおおおおおお!」
まさに獅子が咆哮し、大地を凄まじい速度で駆けるユーノ。
一回り太さを増した「黒の獅子」の両脚は、発動させた「怒れる黒鋼の墓碑」の魔力を帯びていた賜物か。地面を踏む度に、足元が爆発を起こしたように抉れながらも。
戦場までの最短の進路、つまりただひたすら一直線に走り抜けていく。
当然ながら、そのような進路を取れば。ユーノの目の前には太い木々や城壁など、様々な障害物が立ちはだかるわけだが。
「ボクのじゃまをっ……するなあああ!」
眼前に迫った障害物へ、一切の迷いなく両腕の鉄拳を振り抜いていき。
太い樹木の幹も、厚い城壁も。
自分の進路に立ち塞がる障害物全てを、拳で粉砕しながら。速度を緩める事なく戦場を目指していたユーノは。
「みつけたっ! ヘイゼルおねえちゃん!」
人間よりも鋭敏な感覚は、「黒の獅子」となった今、より詳細な周囲の情報をユーノに教えてくれる。
ユーノが走りながら、広範囲に張り巡らせていた警戒の網に。一月もの間を一緒に過ごした女海賊の気配を感じ取った。
勿論、彼女を取り囲む無数の敵の気配に。何故か共闘する流れとなっていた元は敵側の剣士の気配。
そして、ヘイゼルを含む全員のおおよその立ち位置を。
状況を把握したユーノは、咄嗟に巨大な籠手を纏った右腕を振りかぶり。握った拳で慎重に狙いを付ける。
少しでも射線が逸れれば、ヘイゼルや共闘する剣士にも被害を与えてしまうからだ。だが、躊躇して包囲の外側の敵を一、二体程度捉えても、包囲を破る手助けにはならない。
走りながら狙いを定めるのは至難の業らしく、拳を構えたユーノだったが。攻撃する絶好の位置を見つけられずにいたが。
「ここだっ!」
先天的に高い身体能力と、魔王の実妹であるという立場から。幼い頃から戦場の最前線に立っていたユーノは。理屈ではなく直感的に、最適な瞬間を、ようやく察知し。
振りかぶった右腕を解放しながら無詠唱で、これも、ユーノお得意の攻撃魔法を同時に発動すると。
「まっすぐとんでけっ──黒鉄の螺旋撃おおお!」
右腕に装着されていた籠手が轟音を上げ回転を始め、握る拳が凄まじい速度で回り出し。
なおも回転速度を上げながら、ユーノが前方に右腕を繰り出すと同時に。籠手だけがユーノの右腕から脱着され。回転を続けたまま一直線に、遥か視線の先へと発射された。
ユーノが目標としたのは、ヘイゼルを包囲していた敵である蛇人間ら。
その数体をまとめて飛ばした籠手で貫通出来れば、包囲網の一角が崩れるだろうと考えたのだ。
しかし、結論から言ってしまえば。ユーノの思惑は見事に外れてしまう事となる。
◇
『ギ! シャアアアああああアア!』
ユーノの接近に、注意が包囲の外側へと向いて攻撃の手を止めてしまった蛇人間らを押し退け。別格とも言える四本腕の蛇人間が、持っていた長槍を構えると。
吠えながら前に踏み込み、鋭い突きを繰り出してくる。
「ぐ、っ? さっきもだが、早すぎんだろおっ……あたいはアズリアやユーノじゃない、ってのにさあっ!」
右肩を大きく抉った傷を付けたのも、この槍の一撃だったが。
さすがは元、四本槍などと大層な呼び名を冠していただけあって。思わず息を飲む程に凄まじい槍先の早さに。
近接戦闘を得意としているわけでもないヘイゼルには、回避に専念したとしても避け切るのは難しい。
「ぐ、うっ⁉︎」
しかも今は右肩を大きく抉られた傷の悪影響で、肩から下に全く力が入らず。右腕は使い物にならなかった。
何とか身体を大きく捻って、迫る槍先が身体に掠めはしたものの、何とか回避に成功したものの。
どうやら攻撃の後に一旦退いてくれた先程とは違い。敵である蛇人間には、ヘイゼルに体勢を立て直す猶予を与えるつもりはないらしい。
「け、けど、まあ……ユーノが到着するまで、何とか時間を稼がなきゃ、ね。そうすりゃ……」
だが逆を言えば、ユーノが救援に成功してくれれば。自分だけが身体や、生命まで張る必要もない。無理だと判断したら地面に倒れても即、敗北……そして死、とはならないわけだ。
そう考えると、ヘイゼルの身体から気負いが消え、過度の緊張が解ける。
すると、突如。
ヘイゼルの視界に異変が起こる。
「……ん? な、何だ、急に敵さんの槍が、遅くなっ……た?」
先程は避けられまい、と思っていた敵の槍先が。途端にゆったりと、緩慢な動作へと変わったのだ。
ユーノの「黒の獅子」に覚醒するエピソードは、第6章は158話「ユーノ、新しい鉄拳を纏う」。159話「ユーノ、黒き獅子となり戦場を駆ける」に掲載してありますので。
興味ある方はそちらも合わせて。




