333話 カムロギ、そしてヘイゼルの窮地
この話の主な登場人物
カムロギ アズリアと死闘を繰り広げた二刀流の剣士
ヘイゼル 単発銃を扱う女海賊
ベルローゼ 白薔薇姫と称される、ドライゼルの三大公爵の一人
ジンライ カガリ家四本槍の一人で隻眼 今は魔竜の眷属
ショウキ カガリ家四本槍の一人で巨人族、今は魔竜の眷属
──同じ時間。
漆黒の炎と。自らの血から眷属たる蛇人間を生み出す一ノ首に。
ベルローゼやカムロギ、ヘイゼルらは今まさに、窮地に追い込まれている真っ只中だった。
「は、ああああっっ‼︎」
カムロギが左右それぞれに握る二本の魔剣を、同時に目の前の蛇人間の肩口へと振り下ろし。表面の鱗ごと、二本の剣閃が蛇人間の胸を大きく斬り裂いていった。
蛇人間の正体は、一度魔竜にその身を喰われ、既に生命を落とした人間だった。そのため、胸を深々と斬られても血を噴き出しはせずに、地面に崩れ落ちる。
次の瞬間、地面に倒れた蛇人間の身体から黒い靄が大量に湧き上がると。轟、と漆黒の炎が上がり。肉はみるみる消えてなくなり、魔竜に喰われた人間の骨のみがその場に転がっていた。
「……ぐ」
人間の肉と脂が燃える不快な臭いに、カムロギは一瞬だけ顔を歪めるも。
カムロギには、地面から湧き上がる悪臭に気を取られている余裕などなかった。
蛇人間が倒れたその背後から、すぐにまた別の蛇人間が位置を入れ替わるように現れたからだ。
胸を大きく裂いた斬撃を放った直後のカムロギに対し。鳥が鳴くような奇怪な絶叫と一緒に、両手に生やした鋭い爪を伸ばす蛇人間。
「なっ、これで五体目だぞ? だ、だがっ……その程度の攻撃などっ!」
まだ攻撃後の隙を立て直せていないカムロギは。咄嗟に手首を返し、左手の剣で迫る爪撃を受け止め、弾く。
と同時に前に踏み出していた脚で地面を蹴り、後方へと跳んで、蛇人間との距離を空ける。
多数の蛇人間に包囲されてから、既にカムロギが斬り伏せた蛇人間の数は四体。
それでも敵の勢いが衰える気配は一向になく、包囲が綻ぶ箇所も全く見つける事が出来なかった。
そして、その背後では。
「それ以上近寄るんじゃないっての! この化け物どもがよお!」
ヘイゼルがうねりのある赤銅色の髪をなびかせながら。握っていた単発銃──着火すれば爆発する炸薬を利用した射撃武器、その筒口を蛇人間に向け。装填していた鉄球を発射する。
あと一、二歩踏み込めば鋭い爪撃がヘイゼルに届くほどの距離にいた蛇人間は。高速で飛来する小さな鉄球を回避するどころか、反応すら出来ずに。
ヘイゼルの狙い通り、蛇人間の頭部に直撃した鉄球は。肉に減り込み、頭蓋に穴を空けていった。
頭を穿たれたのだ。既に死者であり魔竜の操り人形と化した蛇人間でも、耐えられはしなかった。
こちらもカムロギに胸を斬り裂かれた蛇人間と同様に、力無くその場に崩れ落ちて地面に倒れ。黒い靄を大量に湧かせ、骨へと戻っていく。
「はぁ……っ、は、ははっ、たわいもない連中だぜ」
この時、ヘイゼルが大きく息を吐きながら発した言葉は油断でも慢心からのものではなく。
同じく包囲を仕掛けていた蛇人間を撃ち抜いていた彼女が、一瞬だけ気を緩めただけだった。
攻撃が届く距離こそ短いながら、広い攻撃範囲の近接武器とは違い。射撃武器は、その射程こそ比較にならない長さではあるが、有効な攻撃範囲が狭く。連続した攻撃はそれだけで、目や頭を酷く疲労させる。
ヘイゼルも例外ではなく。
いや、通常の弓と違い。鉄製の筒内で炸薬を爆発させる単発銃は、発射時に爆発の衝撃が伝わる腕や手首の負担もまた大きい。
だからこその、一瞬の脱力が必要だった。
だが、敵はヘイゼルの事情など考慮する気もなく。寧ろ、息を吐いて攻撃の手が止まるのを、まるで狙い澄ませていたかのように。
隻眼の武侠が変貌した四本腕の蛇人間が、突然ヘイゼルの前に立ち塞がったのだ。
「ギいィィっ! シャアアああぁぁァァァ!」
周囲の空気を震わせる程の咆哮を発すると。他の蛇人間とは違い、手にした長槍の先端を間髪入れず、ヘイゼル目掛け繰り出してくる。
「ち、いっ! 少しは休ませる気もないってのかよっ!」
咄嗟に、迎撃のために四本腕の蛇人間に、単発銃の筒口を向けるヘイゼルだったが。
炸薬へ、「着火」の魔法を発動した時に……覚えた違和感。
「し、しまっ──⁉︎」
そう、構えた単発銃には。鉄球と炸薬が装填されていなかった。
心の間隙を突かれた事で、反応が一瞬遅れてしまった焦りからか。空になった側の単発銃を、ヘイゼルは向けてしまったのだ。
当然ながら、筒内が空のままの単発銃では迎撃など出来ず。
ヘイゼルの胸を貫通しようと風を切り裂き迫り来る、鋭く尖った槍先を。身体を横に動かして、目標を逸らすだけで精一杯だった。
「が! は、っっ⁉︎」
咄嗟の回避で、何とか急所である胸への直撃こそ避けられたが。鋭い槍先を完全には回避し切れず、ヘイゼルの右肩に槍先が突き刺さる。
威力と速度が凄まじかったのと、回避のためにヘイゼルの身体が横に動いていたからか。槍先は肩を貫通せず、肩の肉を装着していた革鎧ごと大きく削いていってしまう。
「痛ええぇぇっ! 痛え痛え、ぎ……く、くっ、くそがぁ……ぁぁっっ!」
傷口から血を一滴も流さない蛇人間とは違い、肩を大きく抉られた傷からはボタボタと大量の血が流れ落ちる。
四本腕の蛇人間は、槍が狙いを外したからか。地面に唾を吐き捨てるような動作をした後、前方へ長く伸ばした長槍を引き、追撃は行わなかった。
もし、この時点で追撃をされていれば。おそらくヘイゼルは仕留められていただろう。
深傷を負った右肩を、単発銃を握ったままの左手で押さえ。肩に奔る激痛を口に出すことで誤魔化しながら、ヘイゼルは後方に大きく逃げる。
だが今は、カムロギと一緒に蛇人間らに包囲をされている状況であり。ほぼ同時に、後ろへと退いたカムロギとヘイゼルの二人の背中が触れ合う。
「その肩、傷は深いか?」
「は、ははっ……ざまぁないね」
背中合わせとなった途端、カムロギがヘイゼルの右肩の傷の具合を心配し、様子を訊ねてきた。
「押さえときゃ何とか生きてられるけど、右腕は使いモノにならないよ、これじゃ」
右腕は使えない。それは、言葉通りの意味というだけに収まらない。
右手に握られた単発銃もまた、武器として使用出来ないとなれば。戦力としてのヘイゼルの攻撃力が大きく低下するのは避けられない。
ただでさえ、今二人が置かれている状況は。無数の蛇人間らの包囲を強引に突破するため、少しでも戦力が欲しいのが本音なのだが。
「さて……困ったぞ。援護は最早望めず、肩の治療を出来るあの女は、包囲の外で捕らわれの身、ときたものだ」
カムロギの呟きに、二人は蛇人間による
包囲の外側。より魔竜に近しい距離にて、巨大な手に胴体を掴まれていたベルローゼへ視線を向けた。
ベルローゼを掴み、力任せに締め上げていたのは。
かつては二の門を護る四本槍が一人だったが、今は魔竜によって眷属に変貌した巨人族・ショウキの腕だった。
最初こそ腕から脱出しようと藻掻き、大声を発していたベルローゼであったが。巨人の指が強烈に締め上げたからか、彼女の口からは血が垂れ、意識を無くしている様子だ。
いや、もしかしたら……既に彼女の生命は。




