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331話 アズリア、毒霧を斬り裂く攻勢

 ──アタシと「九天の雷神(ウラヌス)」との対話の間にも。

 毒霧の中に身を潜めていた魔竜(オロチ)は、大きく開いた口から霧の吐息(ブレス)を放ち続け。さらに霧を濃く、深めている最中だった。

 

 アタシは、毒霧の影響で魔竜(オロチ)の位置をすっかり見失ってはいたが。

 対照的に魔竜(オロチ)は、視界を惑わす毒霧の中でもほぼ正確に、アタシの気配を把握していた。


『くふふ……どうした? 攻撃をしても無駄だと分かり、ついに心が折れたか、矮小(わいしょう)なる人間め』


 魔竜(オロチ)がアタシとの戦火を開いた際、口にしたのが。「絶望を味わえ」という言葉であったが。

 言葉の通り、アタシの勝利の可能性を摘み取るために魔竜(オロチ)は。

 あらゆる傷を瞬時に再生させる「逆転時間(アンテ・クロノスタシア)」と。アタシの武器や鎧ごと、身体を焼き、溶かしてしまうだけでなく。自分の位置を幻惑する効果まである毒霧を広範囲へばら撒くという二つの手段で。

 アタシは勝利を諦め、ただ霧の中で立ち尽くしているものだと。ある意味で魔竜(オロチ)はすっかり油断していた。

 いや、それだけ魔竜(オロチ)は。

 満を辞して準備した戦術に自信があったからでもあるが。


 幾度(いくど)も霧状の毒を吐き、先を見通すのも難しいほどに立ち込める霧の中へ。ふと視線を向けた魔竜(オロチ)は。


『──む、うっ⁉︎』


 自分の(ひたい)に突然、火花が走るような、痺れる感覚が襲う。

 同時に。油断し、完全に弛緩(しかん)しきっていた魔竜(オロチ)の身体に、途端に戦闘中の緊張が戻る。


『な……何だ今のは一体、何をした……貴様あっ!』


 霧の外側から、何者かがこの戦場に乱入してきた形跡はない。

 つまりは今、魔竜(オロチ)が察知した危険な気配の発生源は。必然的に霧の中にいるアタシ、という事になる。

 毒霧──「怨嗟の吐息(カース・プレッシャー)」の幻惑効果で、一向に魔竜(オロチ)の位置を特定出来ず、いまだ一撃を浴びせられてはいなかった。


 それなのに。

 それなのに、である。

 魔竜(オロチ)が絶叫した、次の瞬間。


 何故か、濃い霧を斬り裂くように凄まじい速度で、一直線に突っ込んでくる人影が。魔竜(オロチ)の視界には映っていたのだから。

 当然ではあるが、人影の正体はアタシだ。

 

『わ……我の毒霧が、まるで、効いてないだとお……っっ?』


 魔竜(オロチ)は、こちらの姿を見て驚きの声を上げるあまり。アタシへの突進の対処に致命的な遅れが生じる。


 無理もない。魔竜(オロチ)の算段では、いかに霧状に撒くために腐食毒の威力を弱めていたとはいえ。アタシが身に付けていた武器や鎧は、既に破壊出来ていた想定だった。

 なのに、突撃してきたアタシの手には、変わらずに巨大剣が握られ。鉄製の鎧こそ半分ほどは使い物とならなくなってしまっていたが、魔獣・(ぬえ)の革製の外套(マント)を始め、装備が残っていたからに他ならない。


 勿論(もちろん)、攻勢に出たアタシが。そんな魔竜(オロチ)が見せた大きな隙を、絶好の機会を逃がす理由はない。

 突撃したアタシが、大剣の刃が魔竜(オロチ)へと届く距離にまで踏み込んだその時。

 

「貰ったよッ!」


 そう吐き捨てるように発した言葉と同時に、アタシは握った大剣を頭上高くへと掲げると。

 先程、頭の中で言葉を交わしていた「九天の雷神(ウラヌス)」の思念に、魔術文(ルーン)字の魔力を解放するように高らかに呼び掛ける。


「来い九天の雷神(ウラヌス)! 魔術文(ルーン)字に秘めた力、アタシに見せてみなよッッ‼︎」


 瞬間、剣を構えたアタシを中心に、身体の周囲で火花を散らしていた無数の雷光が一気に膨れ上がり、周囲を眩しく照らし出していき。

 頭上に掲げた大剣の刀身に眩しい閃光が集束し、刃が雷撃を帯びる。


「……ぎ、ぃ、ッ!」


 と、同時に。胸に感じていた、肉に喰い込んでくるような痛みが増した。おそらくは、雷撃の出力を増大させた事による魔術文(ルーン)字の侵蝕が進行したのだろうが。

 奥歯を噛み締める事でアタシは、胸に奔った侵蝕が原因の激痛に意識を持っていかれるのを耐え凌ぎ。


「が、ああああぁぁぁッッ‼︎」


 そしてアタシは雷撃を纏った大剣を真っ直ぐに、渾身の力を込めて魔竜(オロチ)の胴体へと振り下ろした。

 最初に浴びせた斬撃よりも、「九天の雷神(ウラヌス)」の魔術文(ルーン)字の魔力が乗った一撃は。

 

『ぐ!……ゔおおおおオオォォオオ⁉︎』

 

 右眼の魔術文(ルーン)字では表面で弾かれ、最初の一撃で叩き割った魔竜(オロチ)(うろこ)を。光り輝く大剣が触れた途端に、四分五裂(ばらばら)に粉砕し。

 魔竜(オロチ)苦悶(くもん)の絶叫が、霧に包まれていた辺り一帯へと響き渡る。


 さらに、分厚く弾力のある胴体部の肉と(あぶら)、そして(うろこ)以上に堅い骨すらも鋭い刃が軽々と両断していき。

 いよいよ、急所である魔竜(オロチ)内臓(はらわた)に刃が届きそうになる。


「この一撃で……(しま)いだよッッ!」


 ──その時だった。

 

 頭上に迫る強烈な殺意の気配を、今まさに攻撃を振るっている最中のアタシは察知する。

 いや、気配だけではない。

 猛烈な勢いの鼻息に、固い何かを打ち鳴らす音……おそらくは上下の(あご)に生やした鋭い牙を噛み合わせていたのだろう。

 その時点で、頭上から接近していたモノの正体を把握したアタシは。口惜しいが、大剣による攻撃を一時中断し、後方へと大きく跳躍して殺意の正体を回避する選択をした。


 こうして飛び退()いた直後。


 先程までアタシが立っていた場所の真上から。胴体を深々と斬り裂かれ、苦痛に(あえ)いでいた魔竜(オロチ)の巨大な頭部が。口を開いて襲い掛かってきたのだ。

 もし、攻撃を諦める決断があと少し遅ければ、あの場所に立っていたアタシは。魔竜(オロチ)の頭部の直撃を間違いなく喰らっていた。下手をすれば腹の中……なんて可能性だってある。


 反撃を避けられた魔竜(オロチ)は、大きな瞳で後方に跳んだアタシをギロリ、と睨み付けながら。(しわが)れた声で言葉を紡ぐ。


『き、貴様……何故、貴様が持つその大剣はこの霧の中、溶けていない? い、いやそれよりも、だ──』


 怒りの感情を(あら)わにする魔竜(オロチ)だったが。その言葉には憤慨(ふんがい)よりも、明らかに動揺が色濃く感じられる。


 確かに魔竜(オロチ)の狙い通り、アタシが身に纏っていた特注品(オーダーメイド)の金属鎧は。そのほとんどが繋ぎの革(ベルト)打鋲(リベット)が壊れ、地面に転げ落ちてしまっていたが。

 鉄を(さび)させ、崩壊させてしまう効果の毒霧に晒され続けた結果。地面に転がっていた鎧の部位は、その全部が溶けて無くなってしまっていた。


 にもかかわらず。


 純正なクロイツ鋼製の巨大剣と胸甲鎧(ブレストプレート)、そして革職人カナン渾身の一品である外套(マント)は。いまだ毒霧の影響を微塵(みじん)も受けておらず、(さび)一つ、小さな穴一つ出来てはいなかったのだ。


 大剣を破壊し、攻撃の手段を失わせる魔竜(オロチ)の算段は見事に崩れてしまった、というわけだ。

 しかし、どうやら魔竜(オロチ)が激しく動揺していたのには。大剣がいまだ健在であったのとは、もう一つ別な理由があった。


『この「怨嗟の吐息(カース・プレッシャー)」の毒霧の中を、何故貴様は……身体を内側(なか)から焼かれずに動けている⁉︎』

 

 この毒霧は、装備を破壊するだけではなく。肌に触れれば表面を焼き(ただ)れさせ。口や鼻から吸い込めば、身体の内側を害する効果がある。

 胴体を激しく斬り裂いたり、真上から頭部の突撃を咄嗟(とっさ)に回避……のような大きな動作をした場合。大きく息をし、毒霧を多量に吸い込むのが当然の筈だ。

 それなのに。

 アタシが体内を焼かれ、苦しむ様子もなければ。鎧が()がれ落ち、露出させた褐色の肌が焼け(ただ)れた箇所は一つも見当たらなかったからだ。

 

「はッ……それはねぇ、こういうコトさ」


 アタシがそう言い放つと同時に。

 大剣の一撃を放った時と同じように、周囲に火花を散らしながら、無数の雷光が展開し始め。

 強烈な光を放った瞬間、アタシの周囲の大気が渦を巻き、漂っていた毒霧を吹き飛ばしていく。


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