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329話 アズリア、雷神が告げた秘密

 アタシの周囲に漂っていた霧は、さらに濃度を増して辺り一帯の視界を徐々に奪っていった。


 すると、身体には次なる異変が。


 戦闘の最中、息を止めるわけにもいかず。毒霧を何度も吸い込み続けたためか、毒で焼かれた口中に鉄錆(てつさび)に似た臭いと血の味が広がっていく。


「ぺ、ッ! くッ……口の中、血が滲んできやがったッ……」


 焼かれた箇所から滲み出す血を、唾と混ぜて勢いよく地面に吐き出していったアタシ。


 今は魔竜(オロチ)への攻め手を欠き、ただ立っていただけだが。

 どうやら、思っているよりも時間の猶予(ゆうよ)は残されてはいないようだった。


 この圧倒的劣勢を打破するため、アタシは頭を働かせてみるも。

 魔竜(オロチ)の使った「逆転時間(アンテ・クロノスタシア)」と「怨嗟の吐息(カース・プレッシャー)」、二つの効果をくぐり抜け。魔竜(オロチ)に有効な一撃を喰らわせる手段が何も思い付かなかった。


「参ったねぇ……このままじゃ、徐々に身体を焼かれるのを待つだけ、でも──」


 ただ待機し立っているだけでも身体を焼かれ、攻撃に動けば霧が生み出す幻影に惑わされてしまう。

 それにもし、攻撃が魔竜(オロチ)を捉えたとしても。


「攻撃が当たったところで、渾身の一撃でなきゃたちまち傷を癒されちまうのがオチだからねぇ……」


 霧に紛れた幻影か本体なのか、と躊躇(ちゅうちょ)した状態での一撃では。強力な再生能力を持つ魔竜(オロチ)に対し、有効な打撃を与えるのはほぼ不可能だ。


「は……は、ッ、こんなコトなら、格好なんてつけずに、ユーノを連れてくればよかった、かねぇ……ッ?」


 アタシは冗談は半分に、魔竜(オロチ)遭遇(そうぐう)する直前に別行動を取った獅子人族(レーヴェ)の少女の顔を思い浮かべる。


 半分は冗談、というのはもう半分は本音という事だ。

 獣人族(ビースト)の鋭い感覚ならば、(ある)いは霧に隠れた魔竜(オロチ)の位置を特定出来るかも……とふと考えたのが。思わず口から漏れてしまった言葉。


 今この場にいないユーノに援護を求めてしまう。

 それ程に打つ手のない状況が、まさに今。


 だが、ないもの強請(ねだ)りをしたところで。もう一体の魔竜(オロチ)と戦っているお嬢(ベルローゼ)やヘイゼル、カムロギの援護に向かったユーノが戻ってくるわけではないし。

 逆に戻ってきて貰っても、アタシが困ってしまう。

 

「く……クソがッ……一体、どうすりゃ……?」


 外套(マント)を羽織り、極力、肌が毒霧に触れないよう心掛けていたのだったが。それでも、ついに褐色の肌の表面から白煙が上がり始め。身体に奔る激痛もより強烈になる。

 そんな状況下でも。純正なクロイツ鋼製の大剣と、胸甲鎧(ブレストプレート)は傷一つなく、(さび)一つ浮いていないのは驚嘆(きょうたん)(あたい)するのだが。

 

 ──その時、不意に。


『いつまでそのような余興(よきょう)に付き合う気だ、我が主人(あるじ)よ』


 頭の中に、聞き覚えのある低い声が響く。


「──は?……はあッ⁉︎」


 あまりに状況を理解出来ていない頭の中の声に、アタシは(いきどお)りのあまり、思わず声を大に発してしまう。

 アタシの頭に直接語り掛けてくる──「九天の雷神(ウラヌス)」には、声に出さずとも。頭に思うだけで言葉を交わせるのだが。


「じょ、冗談じゃないよッ! こっちはこれでも必死になって、この状況をどうやってひっくり返すかを──」


 あろう事か、八方塞がりな今のアタシの状況を。「九天の雷神(ウラヌス)」は「余興(よきょう)」と言ってのけたのだ。

 頭の中だけで会話が成立する事をすっかり忘れ、苛立ちの感情のままに言葉を吐き出していくアタシだったが。


『それはまだ、我が主人(あるじ)がこの雷神の力を十全に使い(こな)せていないからだ』

「(な。ど……どういうコトだよ?)」

 

 魔術文(ルーン)字を充分に使えていない、という「九天の雷神(ウラヌス)」の言葉にアタシは驚き、ただ言葉を失った。

 とはいえ、喉から声に出さずとも。こちらの驚きは頭の中を通じて「九天の雷神(ウラヌス)」に伝わってしまうのだが。


『どういう事も何も、言葉の通りだ。魔術文(ルーン)字に宿した我が雷の力は、この程度ではない……そう言っている』

「(アレが……この魔術文(ルーン)字が秘めたる力じゃない、ッて……そう言ってるのかい?)」

『そうだ、我が主人(あるじ)


 まだ魔術文(ルーン)字の真価を発揮出来てはいない、そう告げる「九天の雷神(ウラヌス)」の言葉に。

 アタシはこれまで「九天の雷神(ウラヌス)」の魔術文(ルーン)字を発動させた、数少ない事例の記憶を思い浮かべてみるが。

 従来(これまで)の魔術文(ルーン)字を(はる)かに凌駕(りょうが)する威力を発揮していた光景しかない。

 

「(い、いや……あの雷撃の威力、それに高速で動ける能力は、アタシから見ても満足出来る程だってのに)」


 つい先程も、深い深い穴底に潜む魔竜(オロチ)を打ち()えた数本の雷撃。直撃した箇所の(うろこ)が弾け粉砕し、()き出しの肉を大きく(えぐ)ったその威力と。

 まるで空を走る雷光のような速度で地面を駆ける、高速の突撃から繰り出されたクロイツ鋼製の超重量の大剣は。

 小枝を振るうように軽々と、凄まじい速度で放った一撃であり。魔竜(オロチ)の分厚い肉を深々と斬り裂いた程の威力だった。


 敵対する相手が、魔竜(オロチ)のような強大な対象でなれけば。雷撃にその後の斬撃、どちらも充分に満足出来ただろう。

 しかし、「九天の雷神(ウラヌス)」が語り掛けてきた言葉が真実なのだとしたら。そのどれもが、発動中の魔術文(ルーン)字の全力ではない、という理屈になる。


「(だが、ちょいと待ってくれよ……そ、その)」


 そこでアタシは、一つの違和感を覚える。


 頭の中で当然のように言葉を交わしている魔術文(ルーン)字の意識だが。

 過去にアタシが「九天の雷神(ウラヌス)」を発動した際に、この意識はあろう事か敵対し。アタシの意識を掻き消し、身体を支配しようとしてきた経緯(いきさつ)があった。

 武器も鎧も、他の魔術文(ルーン)字も使えない、意識の中での「九天の雷神(ウラヌス)」の意思との対決にアタシは勝利し。

 アタシに従い、力を貸す事を確かに承諾(しょうだく)した……そう、思っていたのだったが。


「(あの時アンタは力を貸した、そう言ってたよねぇ? もしかして……貸す力を小出しにしていたとかじゃ……ないだろうねぇ)」

『その通り。我が主人(あるじ)が扱える力を、勝手ながらこちらで制御させてもらっていた』


 まさかとは思い、魔術文(ルーン)字の持つ力の全部をアタシに使わせていなかったのかを確認すると。

 悪怯(わるび)れる様子もなく。「九天の雷神(ウラヌス)」はアタシが発揮出来る能力を制限していた事を白状する。

 魔術文(ルーン)字の側が力を絞っていれば、アタシが実際に発揮出来る威力も低下するのは当然だ。


「(ん? て……コトは、だ)」


 今、アタシが置かれた劣勢を「余興(よきょう)」と言い放った「九天の雷神(ウラヌス)」の意思だったが。

 つまりは、魔竜(オロチ)に苦戦を()いられているこの状況は。言い換えれば、魔術文(ルーン)字の威力を抑制していた「九天の雷神(ウラヌス)」の側にこそ責任があるわけで。


「そ、そりゃ──アタシのせいじゃないだろがぁ!」


 さすがに今の「九天の雷神(ウラヌス)」の言葉には、(いきどお)る感情を抑え切れず。頭の中のみで会話する事を止め、思わず感情的に大声を発してしまった。

 毒霧が周囲に漂い。大声を出せば吸い込んだ毒が喉や胸を焼くというのも構わず。


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