29話 アズリア傭兵団、結成する
早朝。
目を覚ましたアタシは、まだしょぼしょぼする目をハッキリさせるために汲み置きしておいた冷水で顔を洗う。
スカイア山脈から流れてくる恵みの雪解け水はとにかく冷たいのだ。
「ひゃあ!……ふぅ、やっぱ冷たい水で顔洗うと目ぇ醒めるわあ……いやぁ、昨日は麦酒飲み過ぎたからねぇ」
昨晩のうちに旅支度は既に済ませてある。
元々、それ程持ち物は多くはない。一番嵩張るのが毛布や屋根布、食器なんかの野営道具は村に到着した時のままだったし。
「さて。時間に余裕もないし、そろそろエクレールに向けて出発しますかね。しかし……出来るだけ派手に、って村長は言ってたけどさ……そういった魔法一切使えないからねぇ、アタシ」
実は帝国軍が乗ってきた軍馬を一頭アタシのモノにしておいたので、野営道具などの荷物を馬の背中に括り付けてから早速鞍に跨る。
さすがは帝国の軍馬だけあって手綱だけでなく、鞍や鐙が装着されているのは非常にありがたかった。
「黙って行くなんて少し薄情なんじゃない?」
馬の腹を軽く蹴って馬を走らせ……ようとするアタシの前に現れ声を掛けてきたのは。
修道女の格好をしたエルだった。
しかも彼女は、村にいるなら必要のない背負い袋を持っている。それが何を意味するのか、くらいはアタシにも理解出来る。
理解出来るからこそ、止めないといけない。
「いやいやいや! エル……アンタにゃ守らなきゃいけない教会の子供たちもいるだろ?」
「大丈夫、村はアズリアが解放してくれたし。子供たちの事は村長に頼んであるわ」
「……いや。頼んである、って簡単に言うけどさ……」
「それに……今、アズリアに同行して帝国軍をどうにかする手助けをするのがこの戦争を終わらせる一番の方法だと思ったのよ」
まあ、このまま何もしなかったら早々に王都が陥落して戦争は終結すると思うんだけどね。
帝国が勝利したらこの国がどうなるかは別にして。
「全く……村長といい、皆んなアタシに期待しすぎだっての」
「アズリア……あなたに過剰な期待をしてるのはわかってるわ。それでもあたし、あれからずっとあなたに着いて行くか悩んで……悩んだ結論なんだから」
「でもさ……これから行くのは帝国軍のど真ん中だ。アタシ、エルを守れないかもしれないよ」
……これがエルを止めたいアタシの本音だ。
これから向かうのは冒険じゃなく、戦場だ。
相手はこちら側を殺さないと自分が死ぬ。だから殺意を剥き出しにして襲ってくる。
「そんなことは覚悟の上よ。あたし、絶対にあなたの足手纏いにはならないから……だから、連れて行かないなんて言わせないわよっ」
そんな馬に乗ったアタシの足にしがみ付いて、こちらを真剣な眼差しで睨みつけてくるエル。
そこまで頑なな態度を取られたら、アタシが何を言っても無駄なのだろう。
溜め息を一つ吐いてからアタシは諦めて、
「わかったよエル、馬に乗りな」
「!──それじゃアズリアっ……」
「でもねっ!……足手纏いだと思ったら村に帰ってもらうからね」
「う、うんっ!……アズリア、あたし頑張るからっ!」
エルはそれはもう満面の笑みを浮かべて、馬に飛び乗ってアタシの後ろに跨り、腰をギュッと掴んでくる。
するとエルは行き先ではないどこかを指差して、
「……でね、アズリア。あたし以外にも同行したい、って言ってる人がいるんだけど……どうする?」
指差した先には荷馬車に乗り込んでいたエッケザックス傭兵団の連中が一人残らず乗り込んでいた。
重傷だったフレアやエグハルト、村に到着した時には死屍累々だったオービットや他の連中が元気そうに荷台から顔を見せていた。
御者が座る席には今はこの連中の団長らしいトールが座っていた……アタシとしては、御者が出来ることのほうが驚きなのだが。
「久しぶりじゃないアズリア。私が教会で寝てる間に随分と面白い話になってたみたいね。帝国の連中に一矢報いたいからアンタに手を貸すわ」
「まあ、一度やられたからって敗けっぱなしじゃ、雷剣の看板にキズがついちまうしな」
「……言っておくが、エクレールに向かうのは雷剣の総意でな。お前が断ってもついていくからそのつもりでな」
アタシの返事を待つことなく。
エッケザックス傭兵団……雷剣の連中は既にエクレールに一緒に行く気満々の様子だ。
「……やれやれ、エルだけじゃなくコッチも何を言っても無駄みたいだねぇ……」
「ま、そういうこった。お前も一人で帝国軍を相手にするのは骨が折れるだろ? また昔みたいに大暴れしようじゃねえか、な?」
「……まったく。エルといいアンタ達といい、ほとんど負け戦にわざわざ同行しようだなんて、ホントに物好きな連中だよ」
すると、荷台にいる連中に御者席に座るトール、アタシの後ろにいるエルが一斉に笑い出した。
「一番の物好きはその負け戦にわざわざ首を突っ込んでくる姉さんだろ?……ったく、何考えてるんだか」
トールがアタシを指差しながら一番指摘されたくない点を指摘してくる。
……ぐぬぬ。
「それにね……アズリアと一緒だからこれから負け戦に行くだなんてここにいる誰もが思ってないんだからねっ」
後ろからエルがアタシの背中をペシペシと平手で軽く叩かれながら、笑いすぎて涙目になった眼を擦りながら、一応慰めてくれているのだろう。
だけど前向きに考えれば、エルの治癒魔法は確かにありがたいし、フレアの火魔法があれば村長が言っていたような派手な勝ち方が出来るかもしれない。
アタシ一人だと出来ない事も、雷剣の連中がいればどうにかなる場面もあるだろう。
「わかったよ……これからアタシ達は北に向かいエクレールの街を帝国軍の連中から奪い返す! 皆んな……絶対に無理はするんじゃないよ! 自分の生命は自分で守るんだっ……その上で勝つ、いいねっ!」
『おおおおおおおっっっっ‼︎‼︎』
同行する雷剣の連中に檄を飛ばすアタシ。
その檄に反応し、この場にいるエルや雷剣の全員が拳を握った片手を大きく上げて勝鬨をあげる。
「いくよ!エクレールまでっ!」
「俺たちも出発するぞっ、エッケザックス傭兵団……出撃だっ!」
今度こそ馬の腹を軽く蹴り手綱を引いて、アタシとエルはエクレールまで駆け出していき。その後ろを帝国の紋章が入った馬車が追いかけてくる。




