323話 アズリア、雷速の連続攻撃
アタシの呼び掛けに、全く応えようという気配のない穴底の魔竜に。再び数本の雷光の帯を叩き付けてやろう……そう思った時だった。
『二本、頭を倒した程度で調子に乗るな、人間ごときが』
つい今しがた、「九天の雷神」の魔術文字による強烈な雷撃を浴びたばかりの魔竜が口を開き。老人のような嗄れ、明らかに苛立つ声が穴の底から響いてくる。
と同時に、穴奥からは。鱗が剥がれ、肉が削げ、痛々しい傷口を露わにした巨大な蛇の頭部が。穴の中を照らす地上の光に照らされ、姿を見せた。
姿を潜めていた穴底から頭を出そうと、一気に飛び出してきたのだ。
「う、うおぉッ⁉︎ あ、危ねぇッッ!」
地面に空いた大穴の淵から、穴の中を覗き込んで様子を見ていたアタシは。突然の魔竜の行動に驚き、咄嗟に背後へと飛び退く。
反応がもう少し遅ければ、勢いよく穴から飛び出してきた魔竜の頭部が身体を掠め。尖った鱗で負傷していたかもしれない。
「だけどさぁ……よく考えたら、好機かもしれないねぇ、こりゃ」
そう、言い換えれば。穴底に隠れて大剣が届かなかった魔竜が、今まさに刃が届く距離にまで向こう側から接近してくれていたのだから。
慌てて穴から退避したアタシは、絶好の機会が目の前にある事に気付き。思わずニヤリ……と口角を上げ、底意地の悪い笑みを浮かべると。
握っていた大剣を腰の高さへと構え直し、身体を半回転させて振りかぶり。一瞬だけだが力を溜める。
「──さて。一度は通じなかった大剣が、通用するのか……勝負だよッ!」
確かに魔竜は言った。「前の首に見せた攻撃は効かぬ」と。
その言葉の通り、右眼の魔術文字を発動させ、大剣で斬り掛かった時には。表面の鱗を傷一つ付ける事が出来なかった。
だが、通用しなかったのはあくまで「巨人の恩恵」の魔術文字で腕力を増強し、力任せに振るった攻撃であって。「九天の雷神」の力を解放し、人間が出せる速度を遥かに上回る高速での一撃ではない。
もし再び、刃が鱗に弾かれても……これで証明が出来る。
魔竜が完全に防御出来る対象は、果たしてアタシの相棒たる大剣そのものなのか。もしくは「巨人の恩恵」の魔術文字のみの対策なのか、を。
「いッッ──くぜえええぇぇッッ!」
次の瞬間、気合いを乗せた雄叫びと同時に。振りかぶった大剣を「防がれるかも」という一切の躊躇いもなく、穴を通過していく魔竜の胴体部へと打ち込んでいく。
今、アタシの身体は「九天の雷神」の魔術文字から発せられる、雷の魔力を帯びていたからか。
放たれた横薙ぎの斬撃は。
右眼の魔術文字を使い、いつものように腕がはち切れる程の膂力でアタシが振るう力任せに相手を叩き潰す一撃ではなく。まさに閃光が如き洗練された高速の一撃は。
魔竜の表面を覆う堅い鱗を、大剣の軌道のまま、綺麗に両断していく。
「どうやら……この剣なら通るみたいだねぇ」
速度は時に、腕力を超える破壊力を生み出す。
堅い鱗を易々と刃が斬り裂く感触が手に伝わった途端。アタシの意識は既に、連続攻撃を仕掛ける事のみに向いていた。
わざわざ敵から無防備な胴体部を晒し、しかも「九天の雷神」の魔術文字の発動中ならば大剣が通用する事も知った。こんな絶好の機会で、一撃浴びせたのみで攻撃を終えるのはあまりに惜しい。
「──なら、逃がすテはないねぇッッ!」
アタシは一度、鱗を薙いだ大剣の軌道を逆方向へと斬り返すため、右手のみで握っていた剣の柄に左手を添えた。
両手持ちならば、高速で振るった剣の軌道を立て直す時間の短縮にもなるし。何より両手なら斬撃の速度も、そして威力も飛躍的に増大する。
続く二撃目は、アタシの狙い通りさらに速度と威力が増した閃光のような斬撃が。魔竜の胴体部をより深々と傷を負わせていった。
さらに三撃、四撃。アタシは「九天の雷神」の魔術文字の魔力を両腕に巡らせ、大剣の速度を増していきながら。魔竜の胴体部を次々と斬り裂いていく。
あまりに一方的な、魔竜への攻撃を仕掛けていたアタシだったが。
対照的に。連続しての斬撃を浴びせていたアタシの表情からは余裕はなく、寧ろ焦りさえ浮かんでいた。
「ち、いッ! 傷が浅いか……ッ?」
連続攻撃とはいえ、魔竜の胴体部は穴を上へ上へと移動していたためか、同じ箇所を連続で攻撃こそ出来なかった。
いくら「九天の雷神」の魔術文字の力で、人間が決して到達出来ない速度に達していても。
堅い鱗に加え、野太い魔竜の胴体部の分厚い肉を一撃で斬り裂き急所に刃を到達させるには、さすがに威力が足りていないという事か。
せめてもう一撃。
一度、斬り裂いた箇所を続けざまに二撃目、斬撃を浴びせる事が出来れば。間違いなく分厚い肉を断ち分け、鱗と骨や肉に守られた魔竜の急所に刃が届くというのに。
そんな時、願いか通じたのか。
魔竜が穴を通過する動きが止まった。
「……ん?」
一瞬、連撃を浴びせる絶好の機会かと思ったが。
向けられた強烈な殺気で、アタシは我に返る。
「い、いや、違うッ?……こりゃあ」
攻撃と魔術文字の制御に集中していた意識を、外へと向けた途端。アタシは自分に向けられた強烈な圧力、その発生源へと顔と視線を移動すると。
アタシの視線の先には、地面の穴から首を大きく空へと伸ばした魔竜の顔が。敵意を剥き出しにこちらを睨み付けていた。
『よくも……よくも好き放題、これだけの傷を付けてくれたものだ。さすがは二本の首を討ち果たしただけはある……か』
「……は、ッ。それだけデカい図体なんだ。そりゃ、大剣も雷も殴り放題、当て放題なのは当然だろ?」
強烈な敵意を持つのは、前に二本の首を倒した事を差し引いても当然とも思えた。
先程、穴の上から浴びせた「九天の雷神」の雷撃が直撃したからか。
そうアタシに言い放った魔竜の頭部には、鱗が剥がれ、痛々しく肉の抉れた傷口が複数箇所あったからだ。
それに加え、穴から飛び出してきた魔竜の胴体部を何度も大剣で斬り裂いた傷もあり。
「……あまり、効いてはいないようだけどねぇ」
パッと見た限りでは最早、満身創痍の状態に思える魔竜ではあったが。
口を開いた四本目の魔竜の口調からして、それほど深刻な状態に陥り、弱っている様子は感じ取れなかった。
『そんな事はないぞ。まだ未熟な前の二本の頭ならば、この攻撃で倒されてしまうのも納得の威力だ』
そう語りながらも、やはり目の前の魔竜からは、ある種の余裕が感じられる。
鱗が剥がれ、肉が抉れる程の深傷を十数箇所も負っておきながら。まるで傷の痛みを感じていないような。
いや……穴底で雷撃が直撃した際には、確かに苦痛に呻き、盛大に絶叫を上げたのはアタシの記憶にも新しい。だから効果がない、というわけでは決してない……のだが。
アタシは、魔竜の不可解な態度に、警戒を強め。「九天の雷神」の魔術文字からの魔力を再び全身に巡らせ、即座に攻撃に移れる体勢を整えていたが。
『だが、これでもこの三ノ首は八本の頭の中でも魔術の類いを操る術に長けておる。そう簡単に倒れるわけにはいくまいよ』
「な?……何だよそりゃ──」
言葉を続けていた魔竜が、話の途中で突然口から取り出したのは、半透明に輝く小さな球体だった。
上下に生やした鋭い牙で、まるで宝石のように見える外観の球体を挟んだ魔竜は。アタシが球体の正体を訊ねたのと同時に。
強靭な顎で、半透明の球体を噛み砕いたのだ。
『──逆転時間』




