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322話 アズリア、穴底に潜む敵へと

 だが、間違いなく魔竜(オロチ)であろう穴の底に潜む存在は。アタシの足元を崩壊させ、先制攻撃を仕掛けてはきたものの。

 それ以上の追撃をしてくる気配は今のところなく。

 しかも。邪悪な気配は穴の底から移動してはおらず、穴底(そこ)に留まっているのは明らかだった。


 ──ならば。


『万に一つの可能性、と不意を突いてはみたが、ふむ……やはりこの程度の(わな)には──』


 未だ姿を見せず、(しわが)れた声のみを穴底から響かせていた存在が。驚きの声を発したかと思うと、突如として言葉を止める。


『む……ぅ、っ⁉︎』

 

 地面にぽっかりと空いた大穴の(ふち)に立つアタシが、発動中の魔術文(ルーン)字に魔力を注ぎ込むと。

 胸に刻んだ「九天の雷神(ウラヌス)」の魔術文(ルーン)字が真っ赤に輝き出し。アタシの周囲には、バチバチと激しく火花を散らしながら無数の小さな雷光が生じ始めていた。

 魔術文(ルーン)字の効果で変換されたアタシの魔力が、身体の外に溢れ出していたからだ。


 アタシが、穴の底へと握っていた大剣の切先を向けると。

 周囲に発生していた一〇〇個を超える無数の雷光が、一つ、また一つと隣接した雷光同士が融合し、徐々に大きな雷光と化していく。


 いつものアタシであれば、穴底へと落ちていき。持っている大剣で直接斬撃を浴びせるしか攻撃手段がなかったが。

 敵にとって不幸だったのは、今のアタシが雷光を自在に操る事の出来る「九天の雷神(ウラヌス)」の魔術文(ルーン)字を発動していたことだ。


「残念だけどさ、アンタと会話を楽しむ気はさらさらないんだよ、こっちは……ねぇ、ッ」


 アタシはそう大穴の中へと言い放った後。

 今や数個までに集束し、人の頭ほどの大きさとなった雷光を。

 穴の最深部へ、おそらく四体目の魔竜(オロチ)が潜んでいる暗闇へと、一斉に解放しようと試みる。


「──アタシの中に眠る九天の雷神(ウラヌス)よ! 敵を擊ち抜き、焼き尽くし……やがれえええッッ‼︎」


 先程、言葉を交わさず頭の中のみで、「九天の雷神(ウラヌス)」の魔術文(ルーン)字が持つ意識と会話をした時のような反応こそなかったが。

 アタシが叫んだ途端。胸に輝く魔術文(ルーン)字が一度、ドクン!と脈動し。

 一瞬、目を焼くような閃光を放った後。

 強烈に空気を振動させ、まるで生きているかのように何度も左右に細かく折れ曲がる軌道を描く数本の光条。

 雷属性の攻撃魔法「雷撃(ライトニング)」よりも強烈な、野太い雷がアタシから放たれたのだ。

  

「が⁉︎ あ……が、ぁッ?」


 と同時に、アタシは咄嗟(とっさ)に歯を噛み合わせた。自分の身体に襲い掛かってきた強烈な疲労感に耐えるためだ。


 今、身体を襲った疲労感とは、短時間に大量の魔力を消費した際に起きる現象だったりする。

 まるで、二つの魔術文(ルーン)字を同時に発動する「二重発動(デュアルルーン)」を使い続けた時のように。アタシの魔力を際限無く吸い上げていく「九天の雷神(ウラヌス)」の魔術文(ルーン)字。


「ぐ、うぅッッッ……う、嘘、だろッ……こんなに魔力が一気に喰われる、ってのかよお……ッ!」


 最初から魔竜(オロチ)との最終決戦に焦点を絞っていたアタシは。前二つの城門ではほとんど魔術文(ルーン)字を使用せず。オニメとカムロギの連戦でも、出来るだけ魔力を温存させてもらったからこそ。歯を食い縛る程の魔力の浪費に、アタシの身体は耐えられたのかもしれない。


 だが、それだけの代償を支払って放った極大の雷撃は。

 大穴の奥底の闇に潜んでいた敵の姿を、目映(まばゆ)い雷光で浮かび上がらせ。巨大な蛇を模した頭部へと次々に突き刺さっていくと。


『ぬぅ⁉︎……ゔ、おおぉぉオオオォォォ──‼︎』

 

 その威力に(たま)らず、穴底から苦痛に満ちた悲鳴を響かせ、咆哮(ほうこう)する魔竜(オロチ)

 雷撃が直撃した複数の箇所、身体を覆う(うろこ)は粉砕し、肉が(えぐ)れて弾け。()き出しとなった傷口が高熱で黒く焼け焦げていく。

 穴の(ふち)から穴底まで相当の距離だというのに、肉の焼ける臭いがアタシの鼻に届く。


 調理の際の香ばしい、食欲を掻き立てる香ばしさとは全く違う。血の混じった脂が焼ける匂いは、悪臭と評するに相応(ふさわ)しい不快な臭気。

 傭兵の時に、何度も嗅ぎ慣れた臭気でもあったが。


『ぐ、おォォォぅ、っ……こ、この雷撃、こんな記憶は、前の二本の首を倒した時には……』

「は……はッ、そりゃそうさ! 前の魔竜(オロチ)にゃこの魔術文(ルーン)字は使ってないからねぇッ!」

 

 この国(ヤマタイ)の人間が伝え聞いている伝承では「八頭魔竜(ヤマタノオロチ)」は確か、八本の首を持つ竜属(ドラゴン)だという話だ。そして、話を裏付けるように、これまでに四本の首がアタシの前に姿を見せた。

 アタシが倒した魔竜(オロチ)の首は、二本。


 ヘイゼルやカムロギ、そしてユーノに任せた三本目の魔竜(オロチ)の戦闘でもだったが。

 魔竜(オロチ)は残っている首に、かつて自分の首を倒した者の記憶と。攻撃への耐性を受け継ぐ能力がある……と魔竜(オロチ)の口から語られたのだ。


 だからなのか。三本目の首には、アタシの大剣の一撃がまるで通用しなかった。


 右眼と、それとは別途に「巨人の恩(ウニョー)恵」の魔術文(ルーン)字を発動させ。「二重発動(デュアルルーン)」まで使った一撃が。それこそ、(うろこ)に傷一つ負わせられなかったのだから。

 単にアタシの攻撃を弾く程、身体の表面を覆う(うろこ)が分厚く、硬さを増したのかと最初は思ったのだが。その直後、ユーノやお嬢(ベルローゼ)の攻撃は(うろこ)を破壊し、確かに損傷を与えていた。

 自分の実力を過信しているわけではないが、アタシの放った一撃と。ユーノやお嬢(ベルローゼ)との実力がそう違ってはいないと自負はしている。

 あの二人の攻撃が通用したのに、アタシの攻撃で(うろこ)微塵(みじん)も傷を付けられないのは。普通に考えれば合点(がてん)がいかないのだが。


 いや、だからこそ。

 魔竜(オロチ)の話した内容の信憑(しんぴょう)さが証明された、という事か。


 だから見せてやったのだ。

 前に討ち果たした二本の魔竜(オロチ)の首には見せていなかった、「九天の雷神(ウラヌス)」の雷撃を。

 三度目の遭遇(そうぐう)となり、アタシの一撃を(うろこ)で弾いた魔竜(オロチ)にも。「九天の雷神(ウラヌス)」の雷撃が効果を及ぼしたように。

 

 (ある)いは、一つの懸念はあった。

 三本目の首に雷撃を喰らわせた事で「九天の雷神(ウラヌス)」の存在と威力が残りの首にも知られ。もしくは今の雷撃が通用しない……のではないかという。

 だが、どうやらその心配は杞憂(きゆう)に終わったようだ。

 

「さあ、穴から出てきなッ!……それとも。も一つ雷撃を喰らいたいかよおッ!」


 アタシはもう一度、胸に刻んだ「九天の雷神(ウラヌス)」の魔術文(ルーン)字に魔力を巡らせながら。

 穴底に潜む魔竜(オロチ)へと、握っていた大剣の切先を向けて警告を発した。


 先程アタシを襲った、身体が重くなる倦怠(けんたい)感はもうだいぶ回復しており、今はほぼ元通りの感覚を取り戻している。


「うん……まだ、魔力に余裕はあるみたいだねぇ」


 どうやら、魔力の絶対値が残り少なくなったのではなく。瞬間的に大量の魔力を浪費したことによる身体の異変だったようだ。

 もし、魔力の枯渇を迎えたのであれば。休憩を挟まずに疲労感が回復する、などということはまずあり得ない。ちょうど三の門での戦闘後に、ユーノが睡眠に入ったように。


 だから魔竜(オロチ)に吐いた警告は、決して虚勢(きょせい)ではない。


「イイんだよ、アタシはッ! アンタが穴の底で雷撃を喰らい続ける選択をしてもさあッ!」


 確かについ先程、数本の雷撃を浴びせた時に身体を襲った倦怠(けんたい)感は強烈だったが。起こる、と分かっていれば耐えられない程ではない。

 その気になれば、魔竜(オロチ)の肉を削ぎ、骨が露出するまで雷撃を放ち続ける事だって、魔力的には不可能ではない。


 アタシは、穴の底に潜む魔竜(オロチ)がどう動いてもいいように。再び魔力を放出し、無数の小さな雷光を周囲に生み出していく。


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