319話 アズリア、戸惑いと心の傷を知る
何と主人公、16話ぶりの登場となります(笑)
ベルローゼとカムロギが、魔竜の三本目の首「一ノ首」と死闘を繰り広げているその時。
アタシは戦場から離れるように走っていた。
傭兵時代で磨かれた直感が、もう一つ、今暴れている魔竜と肩を並べる程の邪悪な気配を感じ取ってしまったからだ。
杞憂に終わればよいが、もし現実となった場合。二体の強力な魔物に挟撃を受け、圧倒的劣勢に追い込まれてしまう。
ならば、とアタシは戦場を一人離れ。邪悪な気配の正体を確かめようとしていたのだ。
もし……想像の通り、察した気配の正体が四本目の魔竜の首だったとしても。「九天の雷神」の魔術文字を発動させたアタシならば、単騎で挑んでも勝負にはなるし。
最悪、三本目の魔竜を任せたヘイゼルらが勝負を決するまで、足止めが出来ればよいのだから。
「ヘイゼルにカムロギ、モリサカ、それに……あの戦場にゃあのお嬢もいる。魔竜にだって遅れは取らないと思うけどねぇ」
三の門でアタシと激闘を果たした、その実力は嫌というほど理解していたカムロギに。竜属性の魔法を使い熟すモリサカ。
カムロギとモリサカ、あの二人には魔竜と戦う理由を持っていた。
カムロギには、長年連れ添った盗賊団の仲間を喰われた私怨が魔竜にはあり。
モリサカもまた、魔竜とは少なからず因縁があるらしく。彼が竜属性の魔法を使えるようになった理由と、何か関係があるのかもしれない。
後は……まあ、ヘイゼルの悪知恵も役には立つかもしれない、と。三人には魔竜を任せてきてしまったのだが。
何より、向こうの戦場にはアタシが一番頼りにしていた仲間が同行していたのだから。
「……それに、ユーノも付いてるんだ」
ユーノ。魔王領で出会った獅子人族の少女。
見た目こそ一〇歳ほどだが、人間を遥かに凌ぐ獣人族としての身体能力に加え、攻撃魔法の魔力をそのまま身体の表面に纏う「鉄拳戦態」による戦闘能力は。アタシとて手を抜けば、簡単にユーノに屈してしまう程に強力だ。
そんな少女は魔王領の半年程の滞在に、それから海の王国では一月半と一緒に旅を続け。今、この国でもこうして敵の本拠地での決戦に同行してくれている事もあり。
一時期、籍を置いていた傭兵団の連中を除けば。アタシが一人旅を始めてから八年の間で。間違いなく一番長く同行し、様々な敵との共闘をしたのがユーノだと断言出来る。
それくらいアタシは、ユーノの性格を信頼し、実力を評価していたのだ。
「うんうん、ボクがついてるからあんしんしてっ」
「ああ、それなら一安心だ──」
隣から聞こえてきた声に頷き、相槌を打ちかけたところで。アタシは違和感に気付き、口から出た言葉を止める。
「お……おう?」
そして、言葉が返ってきた真横へと目線を向けた。
確かアタシは、単騎で戦場を離れた筈だ。「戦場を離れる」と相談した場にいたヘイゼルやカムロギ、モリサカに魔竜の相手を任せ。勿論、その中にはユーノもいたのは間違いない。
なのに、何故。
アタシの横から声を掛けてきたのは。
「な……なぁッ? ユーノが、何でッ⁉︎」
ヘイゼルらと同行し、魔竜と戦っていると思っていたユーノの笑顔だったからだ。
ある筈のない人物の姿を見て、あんぐりと口を開いたまま言葉を出せずに。ユーノへと指を差して驚いていたアタシに対し。
「え? さいしょからずっとおねえちゃんといっしょだったけど……ダメだった?」
何も悪気のない、あくまで平然とした顔のまま首を傾げてみせるユーノに。さすがに苛立ちを隠す事が出来なかったアタシは。
一度、地面を蹴る速度を強めて走る速度を上げ、ユーノの前に出ると。突然、進路をアタシに遮られて戸惑うユーノの両肩を掴んで。
「な……何考えてんだいッ! 駄目に決まってるだろッッ!」
「え、ええええっ! そ、そうなのっ?」
駆けるユーノを強引に止めたアタシは。ヘイゼルに付いていかなかったのかを、語気を強めて問い質していった。
ユーノがアタシを追従してくるのは想定外だったからだ。
魔竜との戦闘にユーノが参戦していないとなると。戦力の均衡は大きく魔竜側に傾き、ヘイゼルらは大きく不利となる。
それ程にユーノの戦力は大きい、とアタシは考えていただけに。
しかし、それはユーノも同じ結論に至っていたようで。アタシが単騎で危機に向かっていくのを、黙って見てはいられなかったのか。
「で、でもでも、だったらおねえちゃんはだれといっしょにたたかうの?」
「あ、アタシは一人でも何とかなるっての。それよか、まずはっ──」
ヘイゼルらと別行動を起こしてから、少し時間は経過してしまったが、まだ致命的な遅れではない。つまり今からユーノを魔竜が待つ戦場へ向かわせても、まだ間に合う。
アタシは何とかユーノを、ヘイゼルやカムロギらが待つ魔竜の元へと誘導しようとするも。
「いやだあっ!」
感情を昂らせたユーノは、両肩に置いていたアタシの手を振り払うと同時に。叫ぶような大声で、アタシの提案を拒否していく。
「ボクはおねえちゃんといっしょにたたかうんだ! だって……だって、ここでおねえちゃんとはなれて、またどっかにいっちゃったらっ……ううぅっ」
「お、おいッ……ゆ、ユーノ?」
続けて、アタシと一緒にいたい気持ちを吐露していくうちに。ユーノの両眼からは、ぼろぼろと大粒の涙が溢れ始める。
最初は、強く言い過ぎた事でユーノが怯えてしまったのかも、と焦ってしまったアタシだったが。
「も、もう……おねえちゃんと、はなればなれになるのはやだようっ……うっ、うっっ……」
どうも、泣きじゃくりながらもユーノが口にする言葉の端々からは。以前アタシが帆船から海へ落ち、長らく別行動を強いられた事への危惧が読み取れる。
想定外の別行動ではあったが。アタシは、海の王国ではほとんど交流がなかったユーノとヘイゼルが、別行動の間に信頼関係を深めたのを見て、一定の成果があった……と。ある意味では満足していたのだったが。
……考えてみれば。自分からアタシの旅に同行を願ったとはいえ、ユーノの年齢は一〇歳程度の見た目通り幼いのだ。そんな少女が、同行したアタシと離れ、あまり交流のないヘイゼルと二人きりで半月程の期間を過ごした事は。ユーノにとってあまりに心細かったのかもしれない。
普段からの明るい振る舞いのユーノからは、別行動での良い面しか見る事が出来なかったアタシだったが。
いざ、別途の戦場に分かれる程度の別行動でも。あの時を思い出してしまい、涙を流すくらいに。アタシが海に落ち別行動を取った悪影響は、ユーノの心に影を落としていたのか。
「……ユーノ」
「え、ぐ……っ……お、おねがいだよぉ……おねえちゃんっ……いっしょに、いかせてよぉ……っ、ぅぅぅ」
お嬢とカサンドラら獣人族の冒険者三人組に。フブキやマツリ、ナルザネらに率いられたこの国の武侠らは魔竜と戦っている最中であり。アタシが察した邪悪な気配が本当ならば、新たな危機は間違いなくこちらへと迫っていた。
時間に猶予がない事は、アタシ自身が一番理解している……している、が。
アタシの不注意が招いて、心に傷を負わせてしまったユーノを。ヘイゼルの側に向かわせるにせよ、アタシと同行させるにせよ。このままの精神状態でいさせるわけにはいかない。




