28話 アズリア、村長に買い被られる
この村へ何とか逃げ延びてきた昔馴染みの傭兵団の連中から話を聞いて、ホルハイム王国の現状をある程度は知ることが出来た。
「残すは王都アウルムのみ、しかも他の都市も陥落され周囲の国からの援軍も望めない、か……まさに八方塞がりだねえ……」
「あ、あの……どうにもならない状況なのはわかりましたが……な、何で姉さん、笑ってるんですか?」
連中の一人の指摘で、どうやら今アタシは笑っているということを認識出来た。
そう、アタシは確かに今……口角を吊り上げ笑っていたのだった。
「そうかい、アタシ今笑っていたんだね。いや……こうまでコッチ側に不利な状況しか揃ってないと笑うしかないだろ?」
「コッチ側って……もしかして姉さん、まだ帝国と戦うって言うんですか⁉︎」
「無理ですって!……ラクレールが陥落した時点で残りは王都だけ……今から参戦したって王都に辿り着く前に終わってますよ!」
すると、今までこの騒ぎで口を開かなかった昔馴染みの顔の一人、オービットが笑い出した。
「はは、確かにアズリア……あんたは昔からそうだったな。分の悪そうな戦場に首を突っ込んでは戦況をひっくり返すのが大好きだった記憶がある」
「……俺、トール団長から聞いたことあるぞ、そんな話。確か……雷剣には昔、肩を並べていれば絶対負け戦にならない女傭兵『漆黒の鴉』の噂を。もしかしてソレって……」
「ああ、その噂の主は……目の前にいるだろ?」
オービットの台詞を聞いて、部屋にいる全員がアタシへと驚きの眼差しを向ける。
前もってアタシの異名を知っているエグハルト以外は。
過去の話を持ち出されたアタシは、いきなり全員の視線が集まるのが気恥ずかしくなり、バツが悪そうに頬を指で掻きながら。
「……その二つ名はさすがに恥ずかしいからやめてくれないかねぇ……」
照れを隠す言葉に最初に反応したのは、部屋の誰のものでもない声が背後から飛んできたのだ。
アタシは慌てて後ろを振り返ると。
「……そうか、アズリアさん。貴女が噂の漆黒の鴉だったのですね……ならば、話が早い」
「!……そ、村長かぁ……少し驚いたよぉ」
アタシらのいる建物の入り口に立っていたのは、身体を温めるためのスープを持ってきてくれた村長だった。
いきなり背後から声を掛けられ驚いたアタシは、村長の姿を確認して安堵し、胸を撫で下ろす。
「いえ、教会で治療中のあの二人ですが……」
「そうだ!……フレアの様子はどうだったんだい?」
受けた傷だけでなく、矢に塗られた毒にまで侵されており予断を許さない状況だったフレアの名前を出され。
聞き返したアタシだけでなく、部屋にいたオービットやエグハルト含め全員が今度は村長を注視する。
「大丈夫ですよアズリアさん。彼女はエルの治癒魔法が効いたみたいで解毒も済んでいます。今は治療を終えてぐっすりと眠っていますが、今夜は大事を取って彼女と団長さんには教会で泊まってもらうことになったのを報告しようと思いまして」
「そいつはよかったよぉ……」
村長からフレアの治療が無事済んだことを聞かされると、この場にいた全員から安堵の声が漏れた。
だがそれが聞けた後、アタシはもう一つ気になった事を村長に問い質した。
「……で、村長。部屋に入ってきた時に『話が早い』って言ってたねぇ、ありゃあ、一体どういうコトだい?」
「いえ、アズリアさんが本当に『噂』の傭兵なら、村長である私にもお役に立てる事がある、そう思いましてね」
そう。
噂には絶対負け戦にならない、そして異名と……もう一つ含まれている事がある。
それは、必ず帝国とは敵対側に付く事である。
もちろんそれは、アタシが過去に帝国から恩よりも仇を受け去っていた人間だからだ。
「それで、アズリアさん。このまま、ただ闇雲に王都に向かって進んでいっても、傭兵の皆さんが言うように帝国軍が先に王都を陥落させてしまうと思います。ですが──」
「つまり村長。アンタには何かアタシにやって欲しいことがあるんだね。王都陥落を少しでも遅らせるために」
「ええ。この村を占領していた……合わせて四十名ほどの帝国軍をたった一人で沈黙させ、村を奪い返してくれたアズリアさんだから頼めることですよ」
すると村長はどこに持っていたのか、床に地図らしきモノを広げていき、説明を始める。
アタシにだけでなく、この建物にいる傭兵全員に。
「これは察しの通りこの国の地図です。アズリアさんには、この道を辿ってもらい途中にあるここと、この都市を……出来るだけ派手に奪い返してもらいたいのです」
村長が指したのは、この村より北にあるエクレールという街と。
この連中が敗北した都市、ラクレールだった。
「……ん?王都が陥落するまでに一刻も早く着かなきゃいけないんだろ?だったら、都市の帝国軍に構わず一直線に王都に向かったほうが……」
「理由は二つあるのですが、その両方とも……先程出た『漆黒の鴉』の噂がホルハイムでも帝国でも、アズリアさんの思っている想像以上に重く扱われている、という点です」
村長の話を要約すると。
アタシがまだ帝国軍への抵抗を続けることで、ホルハイム各地に散り散りになっている、反帝国の残存兵力が集結、もしくは既に集結していた場合の陽動にもなり。
結果として王都包囲網の外側から攻撃を仕掛ける好機を生み出せる可能性がまず一点。
そしてもう一点が。
「アズリアさんは帝国軍に負けたことがない……それが帝国の連中にとってどれほどの屈辱か、もし戦場に噂の漆黒の鴉が出撃したとなれば、包囲網に参加している将軍が軍功狙いで兵士を率いて戦線から離れる可能性は高いです」
こんな辺境の村で村長をしているゴードンが、まるでどこかの国の参謀みたいな発言をしているのを見ていると一体何者なのか?と疑問に思い。
「そ、村長……アンタ、一体何者なんだい?」
「ふふ、私はこのホルサ村の村長、それだけですよ」
抱いた疑念をすぐにぶつけてしまうアタシに。
村長のゴードンは僅かに笑みを浮かべて、アタシの問いには答えようとはしなかった。
まあ、今は村長の正体や意図よりも、帝国をどうするかが最優先だ。
「……いや、それでもだよ。さすがにあともう少しで王都が陥落する戦況だってのに、王都をそっちのけでアタシに向かってくるって……」
いくらなんでもアタシを買い被りすぎだ。
だが、そんなゴードンの買い被り発言をアタシを知らないはずの傭兵団の連中が何故か後押しする。
「いや、俺たち雷剣傭兵団だけが帝国の連中に執拗に追い回されてたのも……昔、アズリアがウチの傭兵団に属してたのが、何処からか知られてたからかもしれないな」
……おいおい、オービット。
いや、もしそうだったらアタシが旅に出てから傭兵団に加入したアンタ達には、ホント悪いコトをしたよ。
ともかく、他に良い案もなくこのまま進んでも王都陥落を止める手立てがない以上は。
村長の言う通り、まずはエクレールの街を帝国軍から奪い返すために村を明日出発することにした。
善は急げ、という何処かの国の言葉があるが、今のアタシは治癒の魔術文字を過剰に使ったおかげで体力、魔力ともに底をついている状態だからだ。
「……ま、せめて今夜くらいは村の麦酒飲み溜めしておこうかねぇ……」




