13話 アズリア、妻と娘を紹介される
追加を色々としていたら長くなりすぎてしまいましたので、二話に分割いたします。
困った事態に陥ってしまった。
「お客様、申し訳ありませんが……その格好では」
待ち合わせ時間だった夕刻の鐘の音が鳴ったので、ランドル男爵の屋敷へ戻りそのままランドルと『サラマンドラの竈門亭』に案内されたのだが。
入口で店員にそう呼び止められてしまったのだ。
無理もない。確かに酒場と食堂が一緒になった店や旅人用の食堂ならば、アタシの格好などあまり気にもされないが。
武器や鎧などの一式は当然ながら外し、今はランドルの屋敷へと置いてあるため。今のアタシは旅の途中で討伐した魔物の革で出来た外套の下に、胸と腰を隠す程度の布地を巻き付けてある、という極めて露出の多い格好なのだ。
ここ『サラマンドラの竈門亭』は王都でも人気の高い、格式ある店だと聞いている。そういった店に入るには、アタシの格好は少々……いや、かなり肌を晒しすぎているのかもしれない。
「そうだな。アズリア、ちょっと待っていろ」
と、ランドルは店の人間に承諾を取ってアタシをこの場に残して店へと入っていってしまった。
店を紹介してくれたランドルには悪いが、アタシはこういった格式の高い店に求められるような服装は持ち合わせていない。旅人が荷物にそんな服を入れていても嵩張るだけだし邪魔だからだ。
「ちえッ……残念だけど、暴角牛の石窯焼きはお預けみたいだねぇ……」
これが自分一人で入った店ならば、多少は粘って交渉してもよかったのだけど。今回は貴族であるランドルの紹介ともなれば。
ここでアタシが店の人間に迷惑を掛ければ、それはランドルの評判を悪くする可能性もある。
諦めて店を出ようとしたアタシの腕を、突然誰かが掴む。
驚いてアタシは手首を掴んでいた相手を見ると、そこには見知らぬ貴婦人が立っていたのだ。
「んふふ、あなたがランドルの言っていたアズリアちゃんね。大丈夫よ、私に任せて頂戴ね」
「えーと、まずどこの誰なのか、そこから教えてほしいんだけど……」
「あら、ごめんなさい。私はマリアンヌ、あなたが助けてくれたランドルの妻です。まったく……ランドルも食事に誘っておいて服装を準備してないなんて手際が悪い」
波打つような長くツヤのある金髪の女性であるマリアンヌは、質素な水色のドレスがその温厚そうな顔つきに似合っていたが、何よりも首元を飾る装飾品から感じる強い魔力に目がいってしまう。
すると、もう片方の腕も何者かに掴まれていた。
「お母様だけズルいです。私もお父様から話を聞いてアズリア様に会えるのを楽しみにしてたんですから。
あ、私は父ランドルと母マリアンヌの娘でシェーラと申します」
こちらは10歳くらいの活発そうな女の子だった。
どちらかと言えば母親譲りの金髪を後頭部で一つに纏めて結っている、馬の尻尾のような髪型にしてあった。
たださすがに『様』付けだけは勘弁してほしい。
で、この母娘はアタシをぐいぐいと入口の横にある部屋へと連行していく。不思議そうな表情を多分浮かべているアタシに店員が説明してくれた。
「こちらの部屋は、格好が相応しくないと判断したお客様のための着替えをしていただく部屋となっております。衣装はお客様側からの用意となってしまいますが……」
「それならば問題ないわね。アードグレイ家が全ての費用を持ちます……といえば理解してもらえるかしら?」
「は……はい、問題ありません! そ……それでは、こちらに」
「ほら、行きましょアズリアちゃん」
「は、はあ」
マリアンヌとシェーラがランドルの家族なんだ、とギリギリそこまでは頭が現実の理解に追いついたが、その後のことはあまりよく憶えていない。
小部屋へと案内、というか連行され、マリアンヌの勧めのままに用意された、普段なら着る機会ゼロの女性服をシェーラの手を借りながら何着も着替えさせられた薄らとした記憶だけが残っていた。
「うふ、アズリアちゃんには髪の色とお揃いの赤い礼装服が似合うと思うのだけど」
「お母様はわかっておりませんわ。健康的なアズリア様にはこちらの身体の輪郭を出した礼装服ほうが似合うと思います」
やいのやいの。
すっかり着せ替え人形と化したアズリアだった。
さて、母娘の討論も決着してアズリアに着せる服装が決まり、もちろん店員も納得して無事入店することが出来た。
一方で簡素なモノとはいえ初めての礼装服を着た感想はというと。
「うへぇ……礼装服ってのはやたらお腹締め付けられるねぇ。これから美味いもの食べるのにさ」
腹部に巻いた装具のせいで、常に腹に圧迫感を覚えていたアタシは。慣れない不快な圧迫感の感想をありのままランドルに口にしていく。
「ぷ……まあそう言うな。普通は冒険者や旅人だってある程度の礼服ってのは持ってるもんだ」
「そんなコト、笑いを堪えられながら言われても、ねぇ……くそ」
礼装服の裾が脚に絡んで、やたらと歩きにくい。いつものように大きな動作で歩けずに困惑するアタシを見ていたランドルは、吹き出すのを我慢するのに必死な様子だった。
「正直言って、こんな高そうな礼装服を着るなんてアタシゃ初めてだよッ」
腕が立つ傭兵や冒険者は、ランドルのような貴族や豪商のような権力者と契約し、お抱えになったり。名指しで仕事を依頼されることもある。
そういった場合には、さすがに鎧を装着し得物をぶら下げたまま会うわけにもいかず。冒険者と言えど、ある程度は整った礼服を着ていくのが暗黙の了解となっていた。
かくいうアタシは、訪れた街や都市である程度仕事を達成しながら。成功や稼ぎが目立つようになったら、権力者に勧誘される前に次の目的地へと旅立っていた。
なので……この暗黙の了解をあまり気にすることもなく。それ故に、こういった場所に着るための礼装服などの礼服も所持していなかったのだが。
そこに食い付いてきたのは、ランドルの一人娘のシェーラだった。
彼女はまるで宝石みたいな大きい目をキラキラと輝かせながら、初対面となるアタシに怯える様子もなく質問を投げ掛けてきた。
「え?……それじゃアズリア様は冒険者のように路銀を稼ぎながら色々な国や都市を見て回ってるのですか?」
「あ、ああ。ちょいと理由あってね。十六の頃からずっと大陸にある国を歩き渡ってるんだ」
「まあっ」
シェーラが驚いていたのは、十六という年齢を聞いたこともあるだろうが。色々な国を歩き渡っているという事もあるのだろう。
一度、都市の外に出れば危険は多い。凶暴な魔獣や魔物、旅人の荷物を狙う野盗や傭兵くずれ、そして急な天候の変化など。例を挙げればキリがない。
だからこの世界、隣の都市へ移動するにも護衛を一人、二人乗せた乗合馬車を使うのが当たり前となっている。
一人で旅をするなんてのは「凄い」を通り越して、最早まともな人間のすることではないのだ。
「私、この国を出たことがないから他の国の話を聞かせてもらってもいいですか?」
「魔物を倒して、とお聞きしましたが、それもアズリア様お一人で?」
「お姉様とお呼びしても良いですか?」
シェーラはどうやらアタシの旅語りに興味を大層持ってくれたみたいで、さっきから質問攻めに遭っている。
……何か質問に混じって、妙な要望も混じっていたみたいなのが気にはなったが。
「まあ、面倒事を嫌って権力者の勧誘にも乗らなかったんだし、ウチに滞在するのはあくまで蜥蜴討伐の御礼だ。面倒事をお前さんに回す気はないから安心してくれ」
「そう言って貰えると安心するよ」
「いや、面倒事頼んだ途端にお前さんならスッと姿を消してどこかへ行ってしまいそうだからな」
まあ確かに。旅人であるアタシは何ものにも縛られるつもりもない。気が向いたら次の都市へ、なんてことが出来るのが一人旅の醍醐味なのだ。