316話 一ノ首、白薔薇を詰む
しかも、二〇体以上もの蛇人間が一気に薙ぎ倒された事によって。
今、ベルローゼらの目の前には。魔竜へと接近するための「道」が丁度、「天瓊戈」が通過した射線上に出来上がっていた。
ベルローゼの間近にいた蛇人間の三体が、魔竜への接敵を阻止するために動く。両腕を大きく広げ、進路を塞ぎながら、ベルローゼの前方へと躍り出してくるが。
「そこを……お退きなさい雑兵ごときがっ!」
カムロギの秘剣の威力を既に理解していたベルローゼらは、背後からの「天瓊戈」の巻き添えを避けるため横に跳んだと同時に。
既に、前方に向けて突撃を開始していたのだ。
純白の魔剣を掲げて突進するベルローゼは。邪魔な蛇人間に、些かの迷いもなく魔剣を放ち。進路を塞ごうとした腕を、肩から両断していく。
腕を斬り落とされてなお、身体ごと体当たりで何としてでもベルローゼの突進を止めようと試みる蛇人間だったが。
「お嬢様の邪魔をするなあっ!」
「せ、セプティナっ?」
ベルローゼの背後から追走していたセプティナが、速度を上げて横から飛び出すと。裾の長い女中服に隠れていた長い脚を伸ばして、蛇人間の腹に蹴りを叩き込む。
そして、流れるように両手に握った二本の短剣を煌めかせ。
「切断しろ──月光剣っっ!」
同時に、簡単な詠唱をその口から紡ぎ。発動させたのは、左右の短剣が空を斬る際に弧を描く光の輪。
セプティナの手元に生まれた二つの光輪を。片腕が切断された上、蹴られた事で怯んだ蛇人間へと投擲すると。
光輪の一つが蛇人間の首を掠め、表面の鱗を切り裂くも、傷を付ける程度だったが。もう一つの光輪は片脚に直撃し、鋭い切れ味で骨ごと脚を切り落としてしまった。
体勢が崩れていたところに、片脚まで失くしてしまうと。最早立っているのは不可能で、蛇人間は無様に転倒してしまう。
それでもまだ、二体の蛇人間がベルローゼの進路を阻もうとするが。
カムロギの隣にいた人影が、両手に持っていた二本の鉄筒をゆっくりと構え、既に蛇人間の一体に狙いを定めていた。
「残念だけど。こっちの弾の補充はとっくに終わってるんだよね……って、ことで」
ヘイゼルが無詠唱で「着火」の魔法を発動し、装填された炸薬が燃えると。
単発銃の鉄筒の内部で爆発を起こす炸薬の威力で、同じく装填されていた鉄球が高速で筒口から発射される。
その動作は、まさに「火を吹く」と表すに相応しく。
それが左右二本の単発銃、同時に。
「邪魔者は……消えちまいなあっ!」
二発の鉄球が、狙いから外れる事なく蛇人間の頭にほぼ同時に直撃し。
カムロギを援護するために放った時と同じく、蛇人間の頭部がベルローゼらの眼前で弾け、吹き飛んでいき。
頭を失くした蛇人間だったものの身体が、力無く地面に崩れ落ちていった。
これでベルローゼの前には蛇人間一体のみ。
で、あれば。強引に突破する事は可能だった。
「お嬢様っ! 背後は私、セプティナがっ!」
「ほらお嬢様あっ、とっととあの化け物を仕留めに行っちまいなあっ!」
「今なら好機だ……走れっ! 走ってあの魔竜に一撃を浴びせてやれ!」
横に並んだセプティナだけでなく、背後からヘイゼルやカムロギまでもが。ベルローゼに対し、強引な突破を進言してくる。
他人に命令する事には慣れていても、他人から頭ごなしに命令される経験のないベルローゼは。いくら共闘していたとしても、である。
普段であれば、臍を曲げ不機嫌になり、その選択が正解だと頭では理解していても。真逆の行動を取るベルローゼではあったが。
「あ……ああっ、もう! 煩いですわっ! 私も今から突撃しようと思っていたのですから黙ってて下さいなっ!」
だから、胸に湧いた苛立ちをベルローゼは敢えて、口から吐き出した程度で済ませたのは。
さすがに切迫した状況で、ヘイゼルやカムロギの提言を蹴るのは自殺に等しい行為なのは。ベルローゼも充分すぎる程に理解していたからだ。
以前、砂漠の国でアズリアに挑発されただけで。街中だというのに腰の武器を抜き、「白銀の腕」まで発動させ攻撃を仕掛けたベルローゼからすれば。間違いなく、成長したと言えるだろう。
「──退けっ!」
そんなお嬢様の振る舞いを嬉しく思ったのか、表情を緩ませながらも。
自分たちの前に立ち塞がっていた蛇人間に、二本の短剣で攻撃を仕掛け。咄嗟に攻撃を爪で受け止めた蛇人間を押し込み、ベルローゼの進路を確保していく。
「……後ろは任せましたわよ、セプティナ」
「は、はいっ! お任せ下さいっ!」
聞き取れるかどうか、という小声で。残り一体の蛇人間を魔竜までの進路から押し出したセプティナに感謝の言葉を伝えた、その直後。
ベルローゼは無言のまま、地面を蹴ってカムロギが作り上げた魔竜までの道を駆け抜けていく。
「こんな好機はあと一度、あるかどうかっ……」
シラヌヒ城を真正面から侵入してきたベルローゼは、一の門に倒れていたこの国の雑兵らの数を理解していた。
先程、魔竜が言った「全ての人間を喰った」という話が真実であり。喰らった人間を蛇人間として召喚出来るのが、魔竜の能力なのだとしたら。
魔竜が呼び出せる数は、五〇体程度では到底済むわけがない。何しろ、一の門にはざっくりと確認した限りでも二、三〇〇人は倒れていたからだ。
となれば……次以降はさらに蛇人間の数と防御線を増加させ。カムロギの秘剣に魔竜が完璧に備えてくるのは間違いない。
だからこそ。
この一撃で必ず、魔竜を仕留める。
今のベルローゼの視界は、一直線に魔竜と、自分の魔剣が付けた傷から覗く魔竜の急所たる臓器のみをただ真っ直ぐに捉えていた。
それが故に、ベルローゼは見えなかったのだ。
カムロギの秘剣が蛇人間を薙ぎ払い、作り上げた魔竜へと続く進路の横から、突如として。ベルローゼ目掛けて伸びる、巨大な腕が。
「……な、っっ⁉︎」
気配に全く気が付いていなかったベルローゼは、突如目の前に現れた自分を掴める程の巨大な腕に驚き。迎撃のために構えた魔剣を振りかぶるも。
時、既に遅く。
対応が遅れたベルローゼの剣よりも先に、開いた手によって彼女の胴体が鷲掴みにされてしまう。
「お、お嬢様っ!」
「し、しまっ……は、離しなさいなっ!」
すると、のそりと蛇人間の群れの中から立ち上がる、巨大な腕の持ち主の正体。
どうやら身を屈める、もしくは地面に這うなど低い体勢を取って。蛇人間らの中に紛れ、姿を隠していたようだ。だから魔竜のみ注視していたベルローゼならず、セプティナも腕の気配を察知出来なかった。
「「……お、お前はっ⁉︎」」
腕に掴まれたベルローゼと、離れた位置にいたセプティナは。腕の持ち主の正体を見て、驚きの声を上げる。
二人は僅かしか見識がないが。あまりにも特異な外見の特徴を、よもや忘れる筈がなかったからだ。
「月光剣」
月属性の魔力を指先へと集中させ、円を描くような予備動作を行うことで。動かした手の軌道上に構築された光輪を対象へと投擲する初級魔法な月属性の攻撃魔法。
初級魔法とはいえ、光輪の外側は鋭利な刃となっており、直撃すれば未熟な術者でも腕や脚を半ばほど切り落とす程の威力を発揮する。
余談だが、月属性の魔力は対抗属性である太陽が空に出ている昼間よりも。夜間に使用したほうが威力や効果は上昇する傾向が強い。




