315話 一ノ首、薔薇と二剣に迫られる
だが、セプティナが後方から飛び出して蛇人間を一体、地面へと叩き付けた事で。
ベルローゼの前方、障壁に鋭い爪を突き立てていた蛇人間らにも。一瞬の注意が集まった。
攻勢に転じるとしたら、この機を置いて他にはない。
「私の言付けを破った事は、今は不問にしてあげますわセプティナっ!」
蛇人間らの注目を惹きつけたセプティナの行動を、ベルローゼなりに称賛する言葉を吐いた後。彼女は前方に展開していた「神聖障壁」を解除し。
息を吐く間もなく。手にした白薔薇公爵家当主の証たる純白の魔剣の一撃を、前方の蛇人間へと放っていく。
セプティナに気を取られていた事で、反応が遅れた蛇人間は。魔竜の堅い鱗すら簡単に両断した斬撃をまともに浴び。
肩口へと振り下ろされた純白の刃は。咄嗟に身体を庇おうと前に出した腕ごと、胴体を深々と縦に斬り裂いた。
「白薔薇家、エーデワルト公爵当主ベルローゼが今、反撃……開始ですわ」
「お嬢様っ!」
真っ二つ、とはいかなかったが。人間であれば間違いなく致命傷を負った蛇人間は、傷口から黒い靄を撒き散らしながら地面に崩れ落ち。
と同時に、迫る敵を投げ飛ばしたセプティナが隣へと並び、合流を果たす。
「敵は目の前……何としてもこの雑兵らを蹴散らしますわよ」
「はいっ! お嬢様、お任せ下さい!」
蛇人間を斬り伏せたベルローゼが、白き魔剣の切先を向けたのは。
召喚した眷属たる蛇人間の大群に囲まれていた魔竜。
だが同時に、蛇人間の召喚の代償に使用したのは魔竜自らが流した血。最後にベルローゼが斬り裂いた傷口からは、急所であろう内臓が僅かにだが覗かせていた。
あと一撃。
あと一撃を、露出した急所に浴びせる事が出来れば。おそらくは魔竜との戦いに決着が付く……のだろうが。
魔竜に接敵するのを邪魔するように、ベルローゼらの進路に立ち塞がる五〇を超える数の蛇人間。まずはその肉の壁を突破しなければならない。
ベルローゼ唯一人であれば、三度、心が折れていただろう状況。
そんな時、隣に見知った顔のセプティナが立ってくれていた事が。大胆だが臆病な性格のベルローゼにとって、どれ程心強かったか。
「それでは、行きますわよセプティナっ!」
ベルローゼは、横に並んだお付きの女中へと声を掛けるのを合図に。地面を蹴って、純白の魔剣を掲げて前方へと跳躍した。
立ち塞がる敵を、全て斬り捨てる勢いで。
「──邪魔ですわ! 雑兵はお退きなさいなっ!」
迎撃のため、鋭い爪を振りかざしベルローゼの進路を遮ろうとする蛇人間だったが。
たとえ遅れを取る事なく彼女が振るった斬撃を爪で受け止め、弾こうと試みるも。純白の魔剣の切れ味はあまりに鋭利で、鱗や爪で刃を止める事は出来ず。逆に直撃すれば、伸ばした腕や爪が斬り落とされてしまい。ベルローゼの斬撃を阻止する事が出来ず。
立ち塞がった蛇人間を数体、足を止める事なく斬り伏せながら。ベルローゼはさらに魔竜へと接近する。
しかし、蛇人間の群れを強引に突破しようとすれば、当然ながら敵は前方からだけではなく。左右の側面、そして背後からも。
まさにベルローゼの全方位から蛇人間は爪を、彼女の白い柔肌に突き立てようとしてくるが。
「貴様らあっっ! お嬢様に指を触れるなっ!」
側面、そして背後からの蛇人間の接近を一手に引き受けて迎撃していたのは。ベルローゼのすぐ後ろを追走していたセプティナだった。
ベルローゼに迫る複数の爪撃の気配を即座に察知し、まるで閃光のような速度で動いたセプティナの両手の短剣が。次々に蛇人間の爪を弾いて、ベルローゼを傷付ける事を許さない。
しかも、セプティナが防御をし始めた途端に。ベルローゼを包囲していた蛇人間らが躊躇し、攻撃の手が止まる。
蛇人間の眼にはセプティナが数体に分裂し、ベルローゼの左右と背面を庇うように見えていたためだ。
「ふふ、所詮は魔物。本物と幻影の区別がつかないとは……な」
ベルローゼの突撃に追従するのと同時に、セプティナが使用していた魔法は「自幻像」。
彼女が得意としている月属性の魔法であり、二の門で対峙した隻眼の武侠を翻弄した魔法でもある。
本来ならばその位置にいる筈のないセプティナの複数の幻影を、魔法の影響を受けた蛇人間は見てしまい。再び攻撃が弾かれるのを警戒して、敵の手が鈍る。
だが一方で、魔法の影響を逃がれた蛇人間はセプティナの正確な位置をしっかりと捉えていたためか。前線に立つ複数の蛇人間の動きに混乱が生じ、大きな隙が出来る。
そこへ、背後から味方である人物からの警告が大声で飛ぶ。
「巻き込まれたくなければ横に大きく跳べっ!」
後方にいたカムロギが、他人を巻き込む程の威力の範囲の「何か」をすると聞いて。即座にベルローゼとセプティナ、二人の頭にはとある戦技の存在が浮かび。
咄嗟にベルローゼが右側へと飛び退き、主人が動くのを確認してからセプティナも同じ方向へと跳躍する。
──その直後だった。
二人が飛び退いたまさにその背後から、螺旋を描きながら、一直線に魔竜へと高速で迫る、衝撃波と「水の槍」。
カムロギの最強最大の秘剣である「天瓊戈」が放たれたのだ。
『ぐ、っっ……あの厄介な風と水の槍かっ! け、眷属らよ、肉壁となりて我を守れっ?』
苦虫を噛み潰したように、憎々しげに口を歪めた魔竜は舌打ちをした直後。攻勢に動いていた蛇人間を一旦、自らの前方。「天瓊戈」の射線上に集合させる。
己の身体を何度も傷付け、斬り裂いたベルローゼの魔剣と、カムロギの秘剣。魔竜はその二つの「決定打になり得る」攻撃手段を警戒していた。
突然、自らの血から眷属である蛇人間を召喚し、ベルローゼの接敵を阻んだのは魔剣の攻撃を封じるためだ。直接、至近距離にベルローゼを近付けさせねば、魔剣による一撃は容易に防げたからだ。
だが、離れた位置からでも発動させる事の出来るカムロギの「天瓊戈」は、本人を無力化しなければ止める手段がない。だから、召喚した蛇人間で、数で押し切る方法を取ったのだが。
ヘイゼルとセプティナ。魔竜が気にも留めていなかった二人の援護が、魔竜の二人への策略を台無しにしたのだ。
『ぐ……ぬうぅっ……あの二人だけであれば、今頃は我の勝利は確定であったものをっ……余計な事をしおってぇぇ……っ!』
ここで初めて魔竜は、ベルローゼとカムロギに加えて。ヘイゼルとセプティナの二人をも、自分を邪魔する脅威であると認識し。
モリサカに片目を潰されたため、一つしかない真紅の瞳でセプティナ、ヘイゼルの順番に憎しみを込めて眼光を放っていった。
……その一方で。
カムロギが放った風と水の槍はというと。
「く、そっ!……阻まれたかっ……」
魔竜の指示で、迫る「天瓊戈」の威力を己の身を犠牲にし、削ぐ事によって。三度見せたカムロギの秘剣は、魔竜を傷付ける事は叶わなかった。
『防いだが……だが』
「だが、それでもっ──」
しかし、魔竜への「天瓊戈」の到達を阻止するため。風と水の槍が直撃し、肉を抉られ戦闘不能となった蛇人間の数は、およそ二〇体程。
ベルローゼの前に立ち塞がっていた数が、今のカムロギの一撃で半分ほど削がれていたのだ。この結果に、敵の数を少しでも削りたかったカムロギはニンマリ……と口端を釣り上げ笑みを浮かべ。
対照的に魔竜は、己を守らせるべき眷属の半数が倒された事に。噛み合わせた牙からギリギリ……と歯軋りする音を鳴り響かせていた。




