313話 一ノ首、召喚した眷属による攻勢
尚も魔竜が流した血を触媒にし、生み出されていく漆黒の蛇人間たち。今やその数は五〇体を超えていた。
「な……何て、事っ……」
魔竜の言葉が真実であるならば、五〇程度で済む筈がない。この場に召喚される眷属の数は、さらに増加すると考えるのが妥当だ。
「じょ、冗談ではありませんわっ! わ、私たちは二人、対して──」
「敵の数はざっと……五〇か」
ただの雑兵であれば、破格の実力を持ち合わせ、しかも魔剣まで所持しているベルローゼとカムロギの二人であれば。圧倒的な数の不利をものともせず、戦況を押し切り、魔竜に到達する事も可能だっただろうが。
いくら虚を突かれた、とはいえ。二人の突進を妨害出来る力を持つ蛇人間が五〇体もいるとなると。果たして、二人が眷属の壁を突破出来るのか、微妙ですらあった。
「で、ですがっ……私も一度、気色悪い蛇人間と戦いましたが、強さが増しているような気が……」
「それはきっと、連中が身体に纏った炎のせいかもしれん」
「……炎、ですって?」
カムロギの指摘を受けたベルローゼが、目の前で魔竜への進路を塞ぐ蛇人間の身体を観察すると。確かに、先程まで自分らに襲い掛かってきていた漆黒の炎を、全身に纏っているように見えた。
「あの黒い炎も確か、魔竜の血から生まれたモノだ。その二つが合わさって、蛇人間の強さを数段上げているのやもしれん……」
そう口にして、眼前に立ち並ぶ蛇人間らを凝視するカムロギは、実に苦々しい表情を浮かべている。
カムロギもまた、この場に現れた際に。魔竜が呼び出したイチコら三体の蛇人間を、一瞬のうちに倒していた。
だからこそ、つい先程。ベルローゼを助けるため横から割り込み、蛇人間の爪撃を受け止めた時に腕に伝わる衝撃から。威力が格段に増している事を理解せざるを得なかったからだ。
ベルローゼもまた、白髭を僅かに残した蛇人間が。不覚にも隙を見せた自分に繰り出してきた一撃の鋭さと速度に、すっかり戦意を削がれ。
「そ、その話が本当であれば、私たち二人で相手にするには、あまりに数が多すぎますわっ!」
「……だが、やるしかない。何しろ、この場にはもう他に誰も戦力となる人間はいないのだからな。それにっ──」
カムロギは圧倒的不利な状況に追い込まれながらも、魔竜へと立ち向かう戦意を奮い立たせると。
再び、左右両手に握っていた白と黒の魔剣を構えて。立ち並ぶ五〇体の蛇人間へと、攻撃を仕掛けていった。
「イチコ、ニコ、ミコ……そしてムカダ、トオミネ、バン。六人の仇を討つまで、俺は死ねんのだっっ!」
蛇人間の一体へと猛然と突撃し、牽制とばかりに黒の剣で空を斬り、攻撃対象に選んだ蛇人間へと斬撃を飛ばしていく。
いかに牽制といえど。初見でカムロギの飛ぶ斬撃である、秘剣「風切を察知し、回避するのは非常に困難極まるため。蛇人間は斬撃の軌道を見切る事が出来ず、胸が大きく裂かれてしまう。
だが、深傷を負った蛇人間は、まるで痛みに怯む様子もなく、鋭い爪を振り上げて。距離を詰めてくるカムロギに果敢に反撃を仕掛けていく。
「キ──シャアアあああアアッ!」
蛇のとも鳥のとも呼び難い、威嚇のための絶叫とともに。カムロギの頭を目掛けて鋭く伸びた爪が迫る。
だが、カムロギは。
反撃の爪撃が何処へ向けられるのか、蛇人間の一挙一動を読んでいたかのように。僅かに頭を逸らし、蛇人間の攻撃を回避すると。
「一撃で仕留める!」
大振りの攻撃を避けられ、大きく隙を作った懐に飛び込むや否や。今度は剥き出しになった首筋へと、左右二本の魔剣が同時に動き出し。
瞬間。
蛇人間の首筋で二本の剣閃が一つに交差し。途端に、蛇人間の首が胴体からごとり……と落ちて地面に転がっていった。
僅かなズレもなく二撃が同時に命中したことで、斬撃の威力が爆発的に上昇し。首表面の鱗や堅い首の骨すらも軽々と両断、蛇人間の首を刎ねたのだった。
まさに言葉通り、一撃で蛇人間を倒してみせたカムロギだったが。
目の前にいるのは一体だけではない。一体を倒してみせたところで、控えている魔竜の眷属はまだ四九体もいるのだから。
逆に、蛇人間を仕留めた一撃を放った事で足が止まってしまったカムロギを。周囲の蛇人間らがここぞとばかりに爪を伸ばし、一斉に狙い撃つ。
「ぐ……っっっ、っ!」
まだ背後を取られてはいなかったからか、いくら複数の攻撃とはいえ。爪撃が迫ってきていたのは左右のみからだった。
可能な限り、左右に握っていた魔剣の刃で爪を受け止め、弾き、攻撃を逸らしながら。一斉に放たれた攻撃を耐え凌ごうとするカムロギだが。
やはり数の暴力には抗う事が出来ず、構えた剣をすり抜けてきた数発の爪撃が。
最初はカムロギの頬を掠め。さらに肩や脇腹の衣服を切り裂き、傷を負わせていく。
見れば、カムロギは今。ただ一人で一〇体以上の攻撃を浴びていたのだ。
徐々に蛇人間の爪を捌く剣を握る腕にも限界が訪れ、爪が切り裂く傷の深さも増してきていた。
「ぐ、ぅっ……ぜ、全部を捌き切るのは、さすがに無理があった、かっ……」
窮地を脱するため、共闘していたベルローゼを一瞥したカムロギだったが。
当然ながら、カムロギ一人にだけ襲い掛かるわけがない。攻撃を仕掛けなかった彼女にもまた、蛇人間は魔の手を伸ばしていたのだ。
これでは共闘する相手からの援護は望めそうにない、ならば……自力で敵の猛攻を凌ぐしかない。
そう考えた、次の瞬間だった。
「……なっ⁉︎」
今まさに、カムロギの肩に爪を突き立てようとしていた眷属の頭が、突然爆発、四散したのだ。
何が起きたのかが理解出来ず、驚きの声を上げたカムロギだったが。その間にももう一体の頭が、同じく爆発し吹き飛んでいった。
二度目の爆発でようやくカムロギは。蛇人間の頭を吹き飛ばしていた原因は、自分の背後から飛んできているのを察知する。
「何だ、今のはっ?」
二体も同類の頭が吹き飛ばされ、戦闘不能に追い込まれたためか。カムロギへの連続攻撃の手が、一旦止まる。
その隙にカムロギは、背後を振り向き。蛇人間の頭を爆発させた要因の正体を知ろうとする。
と、カムロギの目に映ったのは。
燻んだ赤髪の女が、手に持つ鉄筒から白い煙を上げていた姿だった。
「一発じゃ無理でも、二、三発頭に叩き込みゃどうにかくたばるみたいだね、その連中は」
両手に使用済みの単発銃を所持していたヘイゼルは。急いで次の攻撃のために空になった筒の中に炸薬と鉄球を、手慣れた速度で装填していく。
カムロギは最初、これまでの魔竜との戦闘ではまるで戦力にならず、傷付き倒れた負傷者の回収と回復にのみ徹していたヘイゼルを見て。何故にアズリアは、戦力になり得るベルローゼではなく彼女を相談相手に選んだのか……それを疑問視していたからか。
ヘイゼルが見せた戦果にただ驚くばかりだったが。
「こ、この女……こんな実力を隠していたのか? だからアズリアはこの女に後を託した、と……」
その時、目の前の光景に改めて納得せざるを得なかったある記憶を、カムロギは思い出す。
それは、三の門を守るカムロギらと門を突破しようとしたアズリアらとの戦闘で。カムロギの同志であった鉄弓を軽々を扱う射撃手・イスルギを一対一で打ち負かしたのはこのヘイゼルだった、という事実だ。
「獄炎の軍勢」
同じく血を触媒とし、眷属である蛇人間を召喚する能力に「憤怒の獄炎」の特性を付加し。召喚する眷属の能力を飛躍的に向上させ、血が許す限りの大量の召喚を行う。
己の血から眷属を召喚する能力と「憤怒の獄炎」、二つの能力を有するのは魔竜の中でも一ノ首だけなので。実質、一ノ首専用の暗黒魔術でもある。




