312話 一ノ首、漆黒の炎から出でたモノ
カムロギとベルローゼ、二人の前に立ち塞がり、突撃を止めたモノの正体とは。
全身が黒い鱗に覆われ、蛇のような頭部をした人型の魔物が二体。
「こ、これは……イチコたちと同じ、っ……?」
その姿を見たカムロギは、即座に気が付いた。
魔竜が喰らったイチコらの骨を、自らの血を触媒にして変貌させた蛇人間と。体格こそ子供と大人の違いこそあったものの、特徴が完全に一致していた事に。
ただ一つだけ、全く違う点を挙げると。
二人の突進を止めた蛇人間の身体もまた、魔竜と同じく漆黒の炎を纏っていたからだ。
激しく燃え盛る炎で包まれているのにもかかわらず、表面の鱗が焼け焦げる気配がない事から。ただ単に蛇人間の身体に着火している、というわけではなさそうだ。
「な、何ですの……突然現れたこの連中はっ?」
いくら不意を突かれた、とはいえ。魔竜への突撃の足を止めてしまったのは。蛇人間の全身を包んでいた漆黒の炎の威力が、二人の剣と拮抗したからだ。
「お退きなさいなっっ!」
もう一度、突撃を仕切り直そうと黒く燃え盛る蛇人間二体から距離を取り。魔竜への突撃を再開しようとしたベルローゼだったが。
「──な、っ⁉︎」
視界に入ってきたのは、彼女らの剣を止めた二体の背後に。次から次へと出現し、魔竜への進路を塞ぐ無数の蛇人間らの姿であった。
しかも、ベルローゼの魔剣を弾いた蛇人間が、手の指から生やした鋭い爪を構えて。後方へと飛び退きながら、数が増える事に驚く彼女へと襲い掛かってきた。
「よ、予想以上に……速っ!」
蛇人間の攻撃が、ベルローゼの想定よりも速かった事も相まって。胸を貫こうと迫る爪撃への防御に、魔剣を握る腕が動かなかった。
剣で防げないのであれば、障壁で防御するしかない。
現在「白銀の腕」の効果を受けている状態で、防御魔法の準備を咄嗟に開始するベルローゼ。
しかし、次の瞬間。
真横から割り込む人影が爪撃を弾いた。
「こんなところで魔力の無駄遣いはするな!」
カムロギの左腕に握られた白い片刃剣が、一直線に迫る爪撃を受け止め、弾き飛ばし。カムロギのもう一方の腕に握られていた黒い片刃剣が、先程まで蛇人間がいた位置を空振る。
いや、空振りをしたのではない。
黒い刃の先から、疾風にも似た衝撃が放たれるのがベルローゼの目に薄っすらと映り。
「──風切っ!」
カムロギの剣から巻き起こった不可視の風は、爪撃を弾かれた蛇人間の身体に直撃し。炎と鱗を斬り裂き、深い傷を負わせていく。
思わぬ援護を受けたベルローゼは、発動させようとしていた防御魔法の準備を取り止める。
魔力の消耗を避けられた事に、不本意ながらも。代わりに迎撃してくれたカムロギに対し感謝の言葉を口にする。
「わ、私を守っていただき、感謝ですわっ……」
「気にするな。これくらい、大した事じゃない」
「……っっ」
後退した隙を突かれたとはいえ、自分が反応出来なかった蛇人間の攻撃に割り込み。軽々と防御してみせたのみならず、反撃まで実行して見せたカムロギ。
自分にはない技量の高さをまじまじと見せつけられる事になったベルローゼは、感謝をすると同時に僅かながら嫉妬に駆られる事となる。
それだけベルローゼにとっては、非常に重要な事だったのだ。
「……こんな腕の男に、勝った……というんですの? アズリアはっ……」
砂漠の国でのアズリアとの再会を果たしてから。
ベルローゼは慢心しきっていた剣と魔法の腕を今一度見直し。公爵令嬢には相応しくない鍛錬を積み重ねていた。
再会時に、街中でアズリアと小競り合いを繰り広げ。圧倒的な腕力で捩じ伏せられたのも、勿論悔しかったが。
問題はその後。
砂漠の国に侵攻してきた魔物と魔族の大軍を率いていた強力な魔族を相手に。完膚無きまで叩きのめされ、地を舐める事になり。彼女を倒した魔族と単騎で戦うアズリアとの実力の差を思い知らされたからだった。
元々、大した鍛錬もないまま「聖騎士」の称号を得る程の才気に恵まれたベルローゼは。
鍛錬を積み重ねた事に加え、セプティナに手渡された白薔薇公爵家当主の証たる純白の魔剣を手にしたことで。アズリアに追いついたとばかり考えていただけに。
「……だからこそ、ですわ」
こちらを愉しげに見下ろしている魔竜の顔を、ベルローゼは決意を秘めた眼で睨み据えた。
彼女の眼に宿した決意とは。かの赤髪褐色の女戦士が魔竜を倒すための相談相手に、自分を選ばなかった事を後悔させてやろう……という暗い情念。
だが、そんなベルローゼの心情を踏み躙るかのような情景が、目の前には広がっていた。
「本当に、何をしてくれてやがりますの……この化け物はっ!」
最初は、二体しか立ち塞がっていなかった蛇人間が。
ベルローゼが後退し、体勢を整えるまでの一瞬の攻防の間にも。魔竜の血から生み出された蛇人間の数は、既に三〇体以上にまで膨れ上がっており。
しかもまだまだ数が増えるのは、止まる気配を見せない。
「俺の仲間だけじゃない……魔竜はきっと、それだけの人間を喰らって、腹に収めてきたんだろう……腹立たしい事に、な」
「そ、っ……そう、言われれば、っ……」
大勢の人間を喰らった、というカムロギの言葉にベルローゼは。ふと、今自分を爪で攻撃してきた蛇人間に、妙な既視感を覚えていた。
というのも、だ。
姿こそ蛇の頭に黒い鱗を生やし、人間としての原型を保ってはいないが。体格に蛇の顔に僅かに残る白い髭、そして蛇人間が身につけていた白い鎧。
「よく見れば……私たちが戦い、倒した敵に、似てますわっ……」
ベルローゼが思い浮かべていたのは、アズリアらと合流を果たすより前。直前の二つ目の城門で、この戦場に同行していた大勢の騎兵らを。異形の姿に変貌し、蹂躙三人の戦士との戦闘の記憶。
特に、ベルローゼが対峙したのは。白塗りの長槍と鎧を装備した老騎士だったが。
あの戦場には、ファニーやエルザら三人が相手をしていた巨人族や。女中のセプティナが倒した隻眼の戦士がいたのは、まだ記憶に新しい。
いや、それだけではない。
さらにその手前に位置していた最初の城門を通過した際には。軽く見積もっても一〇〇名を超える兵士らが倒され、その場に放置されているのを見てきたベルローゼは。
「……ま、まさかっ?」
自分たちが相対する魔竜、という魔物が。自らが喰らった人間を、蛇人間に変貌させるという能力を持っていた事を思い出し。
魔竜へと再び視線を向けるベルローゼ。先程までの戦意に溢れた眼、ではなく。胸に抱いた疑念を問い掛けるような、頼りない視線を。
自分の周囲を今度は、生み出した蛇人間による護衛の人壁で固め終えた魔竜は。
ニヤリ……と口端を歪める邪悪な笑みを浮かべながら、嬉々とした口調で口を開くと。
『ふふふ……そうだ。貴様らが倒してきた人間どもは、全部、我の腹の中にある』
魔竜の言葉に、二人は静寂した。
「い、今まで倒してきた敵の数が、ぜ、全部?」
『そうだ。全部だ』




