表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1391/1779

309話 一ノ首、空飛ぶ竜を捉える

 翼を広げながら空を飛行し、魔竜(オロチ)から離れていたモリサカは驚愕(きょうがく)する。


「な……何だ、とおっ⁉︎」


 黒く燃え盛る魔竜(オロチ)の身体から離れた、無数の炎の粒が。モリサカが飛ぶよりも高速で迫っていたからだ。

 モリサカが驚き、表情が恐怖で固まる瞬間を見て。魔竜(オロチ)はニヤリ……と(たの)しげに口を(ゆが)め。


『さて、いつまで逃げ(おお)せるかな?』

「く、くそっ……!」


 このまま直線的に逃げていては、速度で上回っていた黒い炎の粒に捕捉され、直撃を食らってしまう。

 そう考えたモリサカは。右に左に身体を(かたむ)けたり、高度を上げ下げして飛ぶ軌道を変化させていく。

 何度も飛ぶ方向を切り替え、追って来る無数の炎を振り切ろうとするモリサカだったが。


 モリサカの急な方向転換に追いつかず、数発ほどの炎が周囲の地面や城壁に激突すると。


 巻き起こる大爆発。

 

「あ……あんな威力が、あの二人に直撃したってのかよっ……」


 爆発地点から距離が空いていてもなお耳に響く爆発の轟音と、肌を焼く爆風の熱に。思わずモリサカは見てしまった。

 炎の粒が着弾した地点の地面や城壁が、見事なまでに円状に(えぐ)れていたのを。

 自分を狙う炎の粒一つ一つに、それ程の破壊力が秘められているのを認識してしまったモリサカは。今度は恐怖に身体が硬直する。


 結果、回避のための行動が一瞬遅れ。


「う……おおっ⁉︎」


 気付くと、モリサカの視界の全方位から無数の漆黒の炎が迫っていた。何度も方向転換をして炎の軌道を散らせてしまったのが(かえ)って(あだ)となったのだ。

 絶叫と同時に、モリサカへと一斉に無数の炎が襲い掛かり。哀れな犠牲者(モリサカ)は、全身を炎が包み込みながら飛行する力を失い、地面へと墜落し(おち)ていく。


 カムロギとベルローゼが突撃を仕掛けてから。

 まさに一瞬の出来事だった。


 魔竜(オロチ)の全身から噴き出た漆黒の炎が、突撃する二人をまるで無視し。

 後方と上空から援護していたモリサカ・エルザ・ファニーの三人を優先して攻撃していったのだ。

 

「え……エルザ! ファニー!……返事をしなさいっっ!」


 後方で炎に飲まれた二人の安否を確認しようと、大声で名前を呼び掛けるベルローゼだが。燃え盛る黒い炎の中から言葉は返ってこなかった。


 この中で治癒魔法を使えるのは自分(ベルローゼ)しかいない。先程は、ヘイゼルが偶然に所持していた回復薬(ヒールポーション)で傷を癒したが。本人(ヘイゼル)(いわ)く、もう薬の手持ちは無いらしい。

 ならば……もし魔竜(オロチ)の炎が直撃し、反応が返せない程に負傷していたのならば。魔力が回復している今、二人を助けられるのは自分だけという理屈となる。


「ここは、(わたくし)がっ──」


 魔竜(オロチ)へと突撃する足を止め、振り返って。返事のないエルザとファニーの安否を直接確認するため、駆け抜けた道を引き返そうとするベルローゼだったが。

 

「戻るなっ!」

「は? な、何故ですのっ!……今、(わたくし)が戻らなければ、二人はっ──」


 並走していたカムロギが、炎に飲まれた仲間の元へと引き返そうとするベルローゼを制止する声を発する。

 まだ引き返す前に、意図を先読みされ制止されたベルローゼは。エルザとファニーの二人を助けたい一心で、感情的になり反論する。


 カムロギは、アズリアとは生命を救われ、剣を交えた関係ではあったものの。彼女(アズリア)と同行していた連中とは直接の交流はなく。当然、エルザやファニーの事も知らない。

 そして(カムロギ)魔竜(オロチ)に剣を向ける理由は、仲間である盗賊団の六人を魔竜(オロチ)に「喰われた」からだ。


「落ち着いてよく聞け」

 

 だがカムロギは、あくまで冷静な態度で。


「今、戻れば。今度はお前も含めて三人が炎の餌食(えじき)だ。それよりも、俺たちがするべきは──」


 しかしカムロギが、攻撃を放棄し引き返そうとしたベルローゼを制したのは。自分の目的を優先し、エルザやファニーの生命を軽視したからではない。

 今、魔竜(オロチ)が健在のまま、ベルローゼが二人を救出したところで。防御魔法も治癒魔法も、使用するには術者の魔力の限界というものがある。攻撃を仕掛ける直前まで、魔力が底を尽きていたのなら尚更だ。

 

 手に握っていた白の魔剣「白雨(びゃくう)」の鋭い切先を、攻撃目標であった魔竜(オロチ)へと向けて。


「あの諸悪の根源をさっさと始末する事じゃないのか?」


 カムロギの言葉に、何かを(ひらめ)いたかのよいに目を大きく見開いたベルローゼは。

 一度だけ、自分らの後方で激しく燃えていた漆黒の炎を見てから後。頭に残した未練を振り払うように首を左右に振って、魔竜(オロチ)へと視線を戻し。


「……そうですわね」


 再び、純白の魔剣を握り締めて、地面を大きく蹴り、魔竜(オロチ)への突撃を再開する。


 ベルローゼは決して、炎に焼かれているかもしれない二人を見捨てたわけではない。


「悔しいですが、お前の言う通りですわ。(わたくし)が今、やるべき事は……あの化け物を(わたくし)の剣で討ち滅ぼす事」


 貴族階級であるベルローゼが、カムロギの言葉によって思い出したのは「貴族の義務と矜持(ノブレス・オブリェージュ)」という心得(こころえ)

 貴族であるからには、誰よりも気高く、勇敢に障害に対峙し、力を()って排除せねばならないという心構えだ。

 これでもベルローゼは、帝国(ドライゼル)では皇帝に次ぐ権力者の地位を持つ人物だ。当然ながら、貴族の心得(こころえ)もまた、色濃く継承していた。その義務と矜持を改めて認識した彼女(ベルローゼ)は。

 二人を救うよりも優先すべきは、さらなる被害を広げないため、諸悪の根源である目の前の魔竜(オロチ)を倒すべきだ、と判断したのだ。


 今なお二人を焼き続ける漆黒の炎も、魔力の供給源である魔竜(オロチ)を素早く討ち果たす事が出来れば、助かる可能性も大きくなるし。

 もしくは、ベルローゼがまだ知らないだけで。この国(ヤマタイ)の軍勢の中には、治癒魔法が使える者が存在している可能性だってある。

 

「それに……もしかすれば」


 ふと、突撃中のベルローゼの頭に()ぎったのは。今、置かれている現状と似たような状況で起きた過去の出来事。


 それは、アズリアと一〇年以上ぶりの再会を果たした砂漠の国(アル・ラブーン)にて。

 人間に敵対する魔物の大軍を率いて、西の果てから魔族の大侵攻が発生した時だった。

 央都アマルナでの決戦で、大量の魔物を率いた強大な実力を持った蠍魔族(タムズ)のコピオスとベルローゼは対決するも。まるで相手にならず、魔族(コピオス)の巨大な斧の一撃で地面に倒れてしまう。

 絶体絶命の窮地に倒れていた彼女(ベルローゼ)の前に立ち塞がり、見事に魔族(コピオス)を倒してしまったのが。


 因縁ある赤髪褐色の女戦士、アズリアだった。


 魔竜(オロチ)に苦戦し、再び地面に倒れるような事があったとして。もしかしたら、再びアズリアが救援に現れてくれるのではないか。

 不意に思い出された記憶が、もう一度再現されることを期待して、彼女(ベルローゼ)の口から意図せず溢れた(つぶや)きだったが。


「おい、今……何か、言ったか?」


 耳敏(みみさと)いカムロギは、ベルローゼの小声すら薄っすらと拾ってしまう。

 この国(ヤマタイ)の人間であるカムロギが、小声の内容を知ったところで、到底理解など出来ないのだが。

 それでも言葉を聞かれたのと、自分の心の内側を見透かされたのと同じ意味に捉えてしまったベルローゼは。

 

「な、ななっ……何でもありませんわっ⁉︎」


 顔を真っ赤にしながらカムロギから顔を背け、とっとと会話を終わらせようとする。

 これ以上は、自分の感情を知られないように。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

作者のモチベーションに繋がるので。

続きが気になる人はこの作品への

☆評価や ブクマ登録を 是非よろしくお願いします。

皆様の応援の積み重ねが欲しいのです。

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ