27話 帝国と、赤薔薇の旗に集う者たち
さて、今回は帝国軍視点です。
ホルハイム王都アウルム。
黄金都市とも謳われ、街の中央部に国王イオニウスが住まう居城がそびえ立つ城塞都市は今や、帝国の紋章と赤薔薇の紋章の旗を掲げた数千に及ぶ兵士によって完全に包囲されていた。
今より二月ほど前に、北の帝国ドライゼルがこれまで度々発生していた小規模な軍事衝突から一転、大規模な軍事行動を起こしてきたのだった。
戦線布告を伝えてきたのは、帝国古参の大将軍であり、今回の帝国軍の総指揮官であるバイロン侯爵であった。
その後程なくして、帝国軍は大挙して国境を越えホルハイム王国内に進軍してきたのだ。
防衛戦に徹したホルハイム軍は少数ながらよく耐えていた。
しかし、国境のすぐ傍に建てられていたカスクーテ砦が陥落すると、続けて二つの都市が抵抗する甲斐なく制圧され。
一月が経過し、帝国軍は王都と目と鼻の距離にまで迫っていたのだ。
だが……帝国軍は王都を攻めてはこなかった。
あくまで北側に配置された布陣にホルハイム側が出撃してきた時は応戦したものの、決して帝国軍は自分側から王都を攻撃しなかったのだ。
いや、正解には攻撃しなかったのは王都だけ。
帝国軍は、軍を四つに分散して侵攻してきた北側に待機する部隊以外は、それぞれ王都から西、東、南に部隊を進軍させ、ホルハイム王国の領土を喰い荒らす作戦に出たのだ。
もちろん軍を分散すれば、戦力を集中させたホルハイム側に各個撃破される可能性もあったが。
帝国側は総指揮官のバイロン大将軍を王都を睨み合う包囲部隊の指揮官として、三方向に散った部隊の指揮官には「帝国の三薔薇」の一人、赤薔薇公ジークから派遣された直属の「紅の三将軍」がそれぞれ充てられていたのだ。
それから────一月が経過した。
ホルハイム側は色々と手を尽くしたものの、結局目の前のバイロン率いる本隊を撃ち破ることが出来ないまま。
東西、そして南の三方に散った紅の三将軍率いる分隊は、それぞれの地域をほぼ完全に制圧し終え、王都の包囲網に加わっていたのだ。
もはやホルハイム側は王都を残すのみ、という状況となり。
帝国軍は最後の軍略会議を開こうとしていた。
上座にある一際豪勢な総指揮官の椅子に座るバイロン大将軍。
さすがは齢60を超える高齢だけあり白い髭を蓄えてはいるが、身体つきはまだまだ40代を思わせる筋肉隆々の老練の武闘派だ。
そして、その両脇を他の将軍らが席を埋める。
……が、その席に三つ、空席があった。
「……ふむ。時間だというのに、三将軍はまだ来ておらぬようだな。有能なのは理解したが、時間を守れないというのは、な……やはり赤薔薇の女狐の手下だけある、か」
バイロン大将軍は、まだこの場に姿を現していない三将軍を、他の将軍位が揃っていた場ではっきりと批難する。
途端に他の将軍たちがどうしたものかと騒めき立つ。バイロン大将軍は皇帝派、そして紅の三将軍はもちろん赤薔薇公の勢力下だからだ。
「……ほう、バイロン卿よ。馳せ参じるのに遅れた我らに対する暴言ならば甘んじて受けるつもりだが。さすがに大将軍ともあろう方がこの場にいない人間を扱き下ろすのはいただけませぬなぁ」
「……言いたいことはそれだけか。遅いぞ、ロズワルド将軍」
現れたのはバイロンと同じ年齢ながら、一番の違いは片目に眼帯をしているという点である……いや、片目だけでなく全身古傷だらけの身体に、赤で染めた甲冑を着た高齢の男だった。
ロズワルド将軍。
イーストセブンに隣接する東部を制圧する部隊を率いていた紅の三将軍の最高齢の人物である。
「……いや、大将軍さんよ。まずはさっきの主様に対する発言を謝罪するのが先だと思うけどねぇ」
「……貴様、ロザーリオ……剣を向ける相手が違うだろう。今ならタダの悪戯で済ませてやる」
すると、バイロンの椅子の背後に突如姿を現したのは細身の視線が鋭い神経質そうな、そして赤の甲冑を身に付けた男、ロザーリオ将軍だった。
海に面した港などがある西部の制圧部隊を率いていた男は、背後からバイロンの首筋に突きつけていた。
そのロザーリオが今握っている剣は……珍しく刀身が反った片刃の剣……遥か南に位置する島国、ヤマタイ国特有の「カタナ」と呼ばれる刃物だった。
「……ロズワルド!ロザーリオ!遅参したのは我らだ。大人しく席に座れっ!
……バイロン大将軍、二人の不敬本当に申し訳ありません。この責は戦争が終わってから必ず謝罪に向かわせます故、今は不問にして頂きたく……」
最後に会議を行なっていたテントに入ってきた、赤みを含んだ美しいツヤのある長い金髪をなびかせる麗しい容姿の、しかしやはり全身を赤に塗られた甲冑を装備していた女性。
それが「紅の三将軍」の紅一点、ロゼリア将軍だった。
彼女は入ってきて即座にロズワルドとロザーリオの二人を一喝し、バイロンへと跪いて二人の無礼を謝罪するために頭を下げるのだった。
「……わかった、ロゼリア将軍。ロズワルドとロザーリオ、両名の行動の是非はこの戦いを終えた後にあらためて問う事にしよう。まずは頭を上げて席に着いてくれ、会議を始めたいのでな」
女将軍に叱責されたことで、ロザーリオも嫌々ながら剣を納め、ロズワルドも不満をそれ以上口に漏らすことなく席に着く。
……だが、ロゼリアは気付いていなかった。
老将軍と若年の剣士、そして帝国の重鎮。
三人の瞳は全く笑っていなかったどころか会議が始まってから殺気を帯びていた事を。
王都アウルム……そして、ホルハイム王国の命運を分ける戦略会議が始まったのであった。
ついに出してしまいました日本刀。
ヤマタイの国にアズリアが向かう時が来るのかはまだ未定です。
とりあえず4章の題材は決まっているので。




