303話 アズリア、事情を聞いた男たち
突如として、アタシが踏み出そうとした進路の先に空から舞い降りてくる一人の人物と。
左右両の手それぞれに魔剣を握り、魔竜に警戒した状態のまま。足の底を地面に擦りながらこちらとの距離を詰めてくるもう一人の人物。
「話は全部聞かせてもらったぞ、アズリアっ」
空から降り立った人物は、背中から竜属と同様の翼を生やした、稀少な竜属性の魔法の使い手・モリサカ。
どうやら、上空に待機していた彼は。アタシらの会話と様子を、空からずっと眺めていたようだ。
そして。
「そういう事情ならば、あの魔竜は俺に任せて貰おうか」
もう一人は、つい先程アタシらに加勢をし、明確に魔竜に敵対する意思表示をしたばかりのかつての強敵・カムロギだった。
三の門を突破したいアタシと繰り広げた、「死闘」と呼んでも間違いない戦い。その相手だった恐るべき二刀流の剣士もまた、ヘイゼルとユーノにのみ語った事情を聞いていたらしく。
握っていた黒い刀身の片刃剣を一振りし。魔竜が無造作に周囲に放ち始め、こちらにも飛来した漆黒の炎を迎撃しながら。
「そもそもあの魔竜は……俺の家族を喰った憎き敵だ。頼まれなくても、あの魔竜は俺の獲物だ……」
切先を魔竜へと向けたまま、未だ消えぬ魔竜への復讐心を語り始めるカムロギ。
……そうだ。
アタシも病を治療し、少しばかり情を移したイチコら盗賊団の六人は。
カガリ家当主の座を狙っていた黒幕の人物・ジャトラと魔竜が協力関係にある事を偶然にも知ってしまい。カムロギに伝達されるのを恐れたジャトラにより、既に魔竜に喰われてしまっていたのだ。
「うおおおぉぉぉおおつっ!」
怒りの感情を剥き出しにしたまま、カムロギは漆黒の魔剣「黒風」を振るい。剣先から生まれる「飛ぶ斬撃」が、まだこちらに到達する前の炎の塊をも両断していく。
勿論、こちらへと迫る漆黒の炎はカムロギが斬り払い、撃ち落とした一発だけではない。二発、三発と止めどなく放たれる炎に。
最初に反応をしたのはヘイゼル。素早く懐から構えた単発銃の筒口を向けた彼女は、「着火」の基礎魔法を発動し。
迫り来る漆黒の炎へと、装填した鉄球を勢いよく発射する……が。
「……ちい、っ! やっぱ効果、ナシかいっ?」
鉄製の弾は、漆黒の炎の中へと飲み込まれ。
そのまま炎の熱で溶解し、地面へと落ちる。
従来使われている弓矢や十字弩よりも、炸薬を利用する技術で破壊力を増した単発銃だが。
カムロギやお嬢の魔剣と違い、決して武器に魔力を帯びているわけでもなく。その威力もアタシの大剣と同様に、堅い鱗に弾かれてしまう程度では。魔竜の炎に対抗し、迎撃するには力不足だったようだ。
「いやぁ……参ったよ、こりゃあさ」
ヘイゼルが撃ち放ったのはたった一発だったが。それでも自分の武器が通用しないと理解した途端、続く二撃目の発射を取り止めると。
自分よりも身体の小さなユーノの背中の後ろへと回り込んで。
「ほ、ほれ、やっちまいなユーノっ!」
「うんっ、まかせてよ! ほのおなんてボクがっ──」
背後にいながらユーノを言葉巧みに煽り、迎撃に向かわせようとするヘイゼル。
そして、見事なまでに言葉に乗せられ。両腕に装着した籠手をガンガン!と両拳を打ち鳴らすと。
「ぶっとばしてやるんだからあっっっ!」
息を大きく吐いたのと同時に地面を蹴り、背中に隠れていたヘイゼルをその場に置き去りにすると。こちらへと迫る数発の漆黒の炎へ、握り締めた拳で直接殴り付けていくユーノ。
ただの籠手、もしくは普通に素手の拳であるならば。炎に触れた時点で肌が炙られ、籠手が焼けるのみで終わってしまうのだが。
ユーノが装着しているのは「鉄拳戦態」を発動させ、その身に魔力を纏った特別製だ。当然ながら、あの籠手は充分に魔力を帯びている。
炎を迎撃出来る条件は満たしているわけで、そこにユーノの技量まで加われば。
ユーノの拳が一振り、空を切る毎に。
漆黒の炎の塊が一つ、細かな火の粉へと霧散していく。
一見、イチコらと同じ年齢ほどの少女が勇ましく前に出た途端に。左右の鋭い拳を一発放つ度に、魔竜の炎を掻き消していく様を目の当たりにしたカムロギは。
「……やるじゃないか。さすがはシュパヤを倒した戦士だけはある」
「もっちろん! さあ、どんどんいっくよおっ!」
一度、カムロギは三の門にて。自分の仲間であった南天紅雀拳の使い手であり、紙製の魔巨像と共闘する少年・シュパヤとユーノの戦闘を見てはいたが。
その時は、一緒にいたフブキの氷の加護が決定打となったため。この時点でのカムロギのユーノの評価は薄く、「人よりも素早く動ける」程度でしかなかったのだったが。
もしかしたら……シュパヤと一対一で戦っていたとしても、互角以上の勝負をしていたのではないか、と。
一度は下したユーノの評価を、改める必要があるとカムロギは思ったのだった。
そして、上空に待機しながらアタシらの話を一から全部聞いていたモリサカはというと。
人間の頭部を、魔法で竜属の頭部へと変え。息を大きく吸い込んでいく予備動作を見せ。
次の瞬間。
「──竜炎息つっっ‼︎」
竜属性の魔法を発動させ、まるで魔竜が先程吐いた紅蓮の炎を彷彿とさせる炎を、口から勢いよく放出していくモリサカは。そのまま首を横へと移動させ、吐き出す炎の帯もまた真横を薙ぎ払うよう移動し、地面に触れた途端に燃え盛る炎の壁となった。
カムロギとユーノの迎撃をどうにか逃がれ、こちらへと向かっていた数発の炎の塊は。
モリサカが生み出した炎の壁と接触した瞬間、爆発を起こして消滅した。
「さあ、行けアズリアっ! ここは……俺たちに任せて。それが俺の恩返しだっ」
「は、はあッ?……そ、そりゃどういう意味だよモリサカッ、アタシは別に何も──」
恩返し、という言葉をモリサカの口から聞かされた事に驚くアタシ。
正直言って、この国の地を踏んで右も左も分からず、アテも無く歩いていたアタシに。食事や宿の提供に、この国の知識などを教えてくれたのがモリサカだ。
モリサカが差し伸べてくれた親切が。
あの時、一人だったアタシは嬉しかった。
だが、モリサカにはとある目的があった。
モリサカは、元よりマツリに忠義を誓っていた人間だったのだ。
カガリ家当主だったマツリに、再び当主の座に返り咲いてもらうためにも。敵対勢力に囚われの身であった妹フブキを救出する必要があった。
そのため。どの勢力にも属さず、巨大な剣を背中にぶら下げていたアタシに目をつけたのだという事情は、モリサカ自身の口から既に説明されている。
「アズリア、お前のおかげでフブキ様を助け出せただけじゃなく、フルベの街も平和になり。マツリ様とフブキ様を再会させられた!」
「……モリサカ」
「行けっ! 俺は俺の目的のために散々お前を利用したんだ、せめてこのくらいの恩返しはさせてくれっ!」
モリサカに背中を押されたアタシは、最後に相談を持ち掛けたヘイゼルとユーノの二人と。一度は敵であったが、今は共闘する側のカムロギへと視線を移すと。
「心配するな、あの魔竜は俺が倒しておいてやる」
「まあ……危なくなったら適当に逃げるさ、死なない程度にやってみるけど、早く帰ってきなよ」
早く行け、とばかりにヒラヒラと手を振り。アタシの無茶な頼み事を承諾したような言葉を聞いたアタシは。
「……頼んだよ、アンタら」
自分が感じた邪悪な気配、そして幾多の戦場で味わった嫌な予感。
それが的中していない、ただの思い過ごしである事を願いながら。アタシは魔竜の炎を迎撃する四人の元を離れ、駆け出していった。
──もう一体の魔竜の元へと。




