300話 アズリアら、それぞれの役割
全員が諦めかけた、その時だった。
「──諦めるなぁっっ‼︎」
漆黒の炎に包囲され、諦めかけていた四人の耳に届いたのは。
ベルローゼが単身、魔竜に挑むよりも前に。魔竜に深傷を負わせた凄腕の剣士・カムロギの声だった。
「天瓊戈っっ!」
と同時に、声がした方向から放たれる轟音と濁流の塊が。ベルローゼら四人を包囲していた漆黒の炎、その一角と激突した。
炎と水が激突した事で、漆黒の炎とカムロギが放った秘剣は互いが威力を相殺し。瞬間、何かが爆発したように周囲一帯に白い水煙が巻き起こり、その場にいた全員の視界を覆う。
「な、何が……起こりましたのっ?」
一度は魔竜の炎で焼かれる覚悟をしていたベルローゼは、今……目の前で起きている状況が飲み込めずに困惑していた。
何しろ、視界は深い霧が掛かったかのように真っ白に染まり、足元すらよく見えない状態だったのだから。
すると。
「ほら、こんな時にぼーっとしてんじゃないよ!」
状況を飲み込む事が出来ていなかったベルローゼは、不意に白い靄の中から伸びた何かに腕を掴まれ。しかも叱責まで受ける。
突然の出来事に、驚いて掴まれた腕の方向をベルローゼが見やると。靄の中から姿を見せたのは、駆け寄ってきたエルザやファニー、そしてセプティナでもなく。
彼女にはあまり見覚えのない顔と声。
「え? え……お、お前は、アズリアと一緒にいた、海賊……?」
「あー……一々うるさいお嬢様だねえ。今はそんな事どうだっていいだろうが」
そう、その人物とはヘイゼルだった。
カムロギやベルローゼが魔竜と戦闘の最中、何故か戦闘に参加をせず、戦場から姿を暗ませていた人物だったが。
実はベルローゼ、彼女が戦っている姿とその戦法を、道中の黒装束の襲撃でしか見ていなかった。なので、所持している謎の射撃武器が果たして魔竜に通用するのかを疑問視し。
故に、ほとんどヘイゼルに興味を示してはいなかったのだが。
巻き起こる白い靄は、みるみるうちに晴れていき。
見れば包囲していた漆黒の炎の一角には大きな隙間がぽっかりと空いていた。後方にいたカムロギが放った「天瓊戈」が、炎を相殺し消し去ったからだ。
「そっちの二人はその女中を抱えな! 急ぐよ……あの化け物が動き出す前に!」
ヘイゼルは、五体満足だったエルザとファニーに背中に大きな火傷を負っていた女中を連れ出すよう、大声で指示を出すと。
ベルローゼの腕を強引に引っ張り、カムロギが作ってくれた退路を使って、後方へと退がっていった。
『ぬう、っ? 折角の良いところで……』
純白の魔剣でベルローゼに胴を深々と斬り裂かれた報復に、と。
威力をいや増した漆黒の炎で復讐対象を含む四人を、今まさに黒焦げにする直前で。カムロギとヘイゼルの救援が入った事に。
明らかに魔竜の表情に不機嫌さが浮かぶ。
『我の愉しみの邪魔をするな、人間があっっ──』
魔竜に背を向けながら、ヘイゼルを含めた五人が後方へと退いていくのを。ただ黙って眺めていた魔竜ではない。
最早、魔竜への警戒をせず背を向けて。ヘイゼルとベルローゼを先頭にフラフラと力無く走る五人へと。
拘束が解かれた口から炎を浴びせ掛けようとした、その時。
「俺を忘れてもらっちゃ困るぜ、魔竜いいい!」
魔竜の眼前に映ったのは。背中から翼を生やし、空を飛んで距離を詰めてきていたモリサカの姿だった。
自らの背に竜属の翼を生やして飛行能力を得る「竜飛翼」を使い、密かに攻撃の機会を狙っていたのだ。
『……ぬ、おっっ⁉︎』
自分が反撃をする機会とばかりに、すっかり酔いしれていた魔竜は。まさか人間らが反撃に転じてくるとは露にも思っていなかったため、完全に不意を突かれてしまい。
まずモリサカは、魔竜よりも高度を上げて頭上に位置取ると。
既に竜属性の魔法で竜属の腕に変化させていた両腕の鋭い一〇本の爪……ではなく、両の拳をしっかりと組み合わせ。
「喰らえ……竜鎚撃ああっっ‼︎」
ただの打撃ではない。竜属性の魔法の一つ、術者であるモリサカの両腕を巨大な戦鎚に見立て。
真上から組んだ魔力を帯びた両拳を、魔竜が今まさに開こうとしていた鼻先へと勢いよく振り下ろし、渾身の一撃を叩き込んでいった。
『が? ふうっっっ⁉︎』
モリサカの「竜鎚撃」は、さすがは竜属性の魔法の威力とばかりに鼻先の鱗を軽々と粉砕し。さらには、開きかけていた口を無理やり閉じさせることにも成功した。
まだ「炎の吐息」の準備を整えてなかった魔竜は、再び口内で吐き出そうとした火炎が炸裂する……という事態は避けられたが。
それでも。
逃げるヘイゼルやベルローゼの援護、という意味では。モリサカの攻撃は完全に成功した。
無事に後退出来たベルローゼやエルザらは、全身を負傷し地面に寝かせておいたカサンドラの状態を見て、驚きの声を漏らす。
「お、おいっ、カサンドラの傷がっ?」
「ええ。まだ痕が少し残ってはいるけど、治癒している。で、でも……何で?」
まずファニーとエルザは、治癒魔法の使い手であるベルローゼに視線を集めた。
「え? わ、私はしてませんわっ」
いやいや、と手をパタパタと左右に振って二人の考えを即座に否定していくベルローゼ。
確かにベルローゼは、意識を戻してから間を置かずに魔竜との戦いに挑んでいった。
カサンドラに治癒魔法を発動させるとすれば、魔竜との戦闘中以外にはないが。カサンドラの容態を確認していた二人は、傷が回復した様子を見てはいない。
……だが、エルザはともかく。魔術師のファニーも治癒魔法は使えない。だとすればカサンドラの傷を癒したのは一体誰なのか。
不思議に思った二人に、話を振られたベルローゼは。会話の最中に加わってなかったセプティナにも一応確認を取ろうとすると。
「ほれ、傷が背中だと自分じゃ届かないだろ」
「……ゔっ! は、あぁぁ……っっ……も、申し訳、ありません、貴重な品を……」
三人は見てしまった。
衣服が焼け、剥き出しになっていたセプティナの火傷を負った背中に。ヘイゼルが懐から取り出した硝子の小瓶から、何かしらの液体を垂らし。
背中に淡い光が灯り、火傷が徐々に治癒されていくのを。
「まあ、これが最後の一瓶だからな。まったく……隠れ家から山のように回復薬隠し持ってきといてよかったぜ」
カムロギの仲間で凄腕の弓兵だったイスルギとの対決で、なんとか勝利を掴み取る事が出来た理由の一つ。
鋭い鉄矢で何度も身体を射貫かれながらも、手持ちの回復薬を飲んで、受けた傷を次々と癒していたほどに。ヘイゼルの懐には一〇本程の手持ちがあった回復薬だったが。
カサンドラの酷い火傷を治癒するためには、一本程度では到底足りず。二本、三本と回数を重ねたために手持ちの回復薬がすっかり尽きてしまった。
「な、なるほど、ですわ……」
一つの謎が氷解した事に、ベルローゼは感嘆の声を漏らし。残り二人は横で納得からなのか、口を開いて唖然としていた。
だが、一つの疑問が解消されれば。ベルローゼの頭にはさらにもう一つ、重大な謎が浮かび上がってきたのだ。
「竜鎚撃」
術者の両腕に、竜属の腕力を宿らせる事により。瞬間的に竜属が腕を振るい、殴り付けたのと同等の破壊力を発揮する。その威力は、直撃すれば聖銀製の盾でも一撃で粉砕する程強力だ。
見た目こそ「ただ両拳で殴っただけ」にしか見えないが、これも立派な竜属性の攻撃魔法である。
本編では、術者であるモリサカが両拳を組み合わせていたが。元来であれば、片腕の拳で殴ったとしても「竜鎚撃」という魔法自体の威力は充分に発揮出来た。
つまり、両腕で殴っても威力が倍になった……という事ではない。




