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299話 白薔薇姫、身体を襲う異変に

 さらに深く、魔竜(オロチ)の肉を斬り裂こうと。踏み込んだベルローゼの脚に。

 ズシリ、と。まるで牢獄(ろうごく)に囚われた咎人(とがびと)が装着する足枷(あしかせ)を、脚に着けられたような重量感が襲い掛かり。前に出す動きが鈍る。


「あ、脚が……お……重、いっ?」


 敵を前にして動きの鈍った自分の脚へ、歯が(きし)む程に噛み合わせながら、強引に言う事を聞かせていく。

 見れば、ベルローゼの全身に纏っていた真白き輝きが、何の前触れもなく消失してしまう。「白銀の腕(アガートラーム)」が発動していた両腕や、魔剣の輝きすらも。

 

 異変はそれだけではなく。


「お、お嬢様っっ!」


 突然、ベルローゼに及ぼしていた魔法の効果が消失したのを目の当たりにして。倒れた体勢のまま、驚きのあまり警告の声を発したセプティナだったが。

 今まで負傷で背後に控えていたセプティナらを守るため、前方に展開していた「絶対障壁(エクサウォール)」すらも。いつの間にか魔力が霧散し、消失してしまっていたのだから。


「お、おい、これって……」


 ベルローゼが展開した魔法の障壁が無くなった事に気付いたエルザが、横に並んでいたファニーに何が起きたかを確認するが。

 魔竜(オロチ)と戦闘中のベルローゼを凝視(ぎょうし)していたファニーは、より深刻な表情を浮かべながら。


「……ええ。おそらくは……魔力の、枯渇」


 生物の身体には魔力が満ちており、身体を動かすための活力でもある。当然ながら魔力が枯渇すれば、意識を保つ事すら難しくなる。

 魔術師のファニーは、ベルローゼの身体から白い光が消え去ったのと。障壁が突然、消失したのは魔力枯渇が原因ではないかと推察したのだ。


「お、お嬢様の魔力が尽きたってえのかよっ?」

「そう。思い当たる理由なら……ある」


 そう言って、ファニーが指を指し示したのは。魔竜(オロチ)の頭部であった。

 先程、炎を吐こうとした口を縫い付けるようにベルローゼが発動させた「断罪の剣(ダモクレス)」の光は、既に霧散していたが。


「三つ目の魔法。あれを発動した時の魔力の消耗が多分……その原因」


 同時に二種の魔法を発動する事が、何故難しいのか。それは、単独で魔法を使う時よりも格段に、それぞれの魔法の発動難易度と魔力の消費量が上がってしまうからだ。

 それこそ、生活魔法として一般の人々にも広く使われている基礎魔法(コモンマジック)ですら。二つを同時に発動すれば、中級魔法(エキスパート)以上の難易度と魔力消費となり。とても一般人に扱えるものでは無くなってしまう。

 しかも、一つ魔法の効果を制御や維持するにも術者は意識を割かなければならない。それを二つ同時にとなると、左右の手で別々の作業をしながら会話も同時に行うようなものだ。

 二つの魔法を同時に扱う、とはこういうものだ。


 ましてや、ベルローゼは三種の魔法を。しかも高位の魔法を次々と扱ってのけたのである。彼女(ベルローゼ)の才能と魔力容量には、ただただ驚愕(きょうがく)するだけだったが。

 考えてみれば、三つの魔法を同時に……となれば。二種を同時に扱うよりも魔力消費や維持のための意識を絶えず削っていたのではなかろうか。

 となれば、そのような極限状態をいつまでも維持出来る筈がない。(むし)ろ、瞬間的にも三種の魔法を扱えたベルローゼをこそ称賛(しょうさん)すべきなのだ。


 ファニーの見立て通り。

 魔力枯渇に(おちい)り、魔法の効果を喪失したベルローゼの身体には今。これまで戦場を自由に暴れ回った負荷が一気に襲い掛かっていた。


 何とか重い脚を持ち上げ、魔竜(オロチ)へと肉薄しようとするが。

 今度は魔剣を握る腕が、今までに感じなかった武器の重量をこれでもか、という程に感じ。構えた腕に痺れが走り、上手く力が込められない。


「はあ、っ……はあ、っ……な、何なんですの? (わたくし)の身体に一体、何が起きて……っ」


 いや、腕や脚に(とど)まらず。身体のあちこちが(きし)み始め。息を一度するにも胸が痛み、これ以上息をすれば、胸が内側から破裂しそうな程だ。

 何故、このような状態になったのかはベルローゼには理解出来ていなかったが。今の自分の身体の状態は、誰に説明されなくても理解は出来た。


「これが(わたくし)の……げ、限界というんですのっっっ?」

 

 貴族らしく他者への対抗心、負けん気の強い気質のベルローゼではあったが。

 才覚に恵まれた彼女(ベルローゼ)は同時に、大した挫折(ざせつ)をこれまでに味わった経験がないためか。自分の身体が訴えた限界に、即座に心が折れてしまい。


「も、もう……無理、です……わっ……」


 腕の痺れと脚の重さに耐える事が出来ず、ついに魔剣を手放し、地面に両膝を突いて座り込んでしまったベルローゼ。


 ただ一人で魔竜(オロチ)に立ち向かい、戦闘を繰り広げていたベルローゼが崩れ落ちる(さま)を見ていたセプティナは。

 

「お、お嬢様あぁっっ!」


 直撃した魔竜(オロチ)の漆黒の炎で、背中には(ひど)火傷(やけど)を負っていたが。それでも不安定ながら立ち上がり、負傷の影響で身体をフラフラと揺らしながらも、ベルローゼへと歩み寄ろうとする。

 勿論(もちろん)、エルザとファニーの二人もまた。地面に座り込んだベルローゼを魔竜(オロチ)の前から退避させようと駆け出す──が。


 負傷し、かつお嬢様(ベルローゼ)しか見ていなかった女中(セプティナ)はともかく。二人も気付いてはいなかった。

 今は地面に転がっていた純白の魔剣で、深々と斬り裂かれた魔竜(オロチ)の胴体の傷から。大量に噴き出していたドス黒い魔竜(オロチ)の血を。


『く……くっくっく、よい頃合(ころあ)いの傷よ。これならば、先程の忌まわしい魔力の壁も』


 新たに戦場に流れ出た血から、漆黒の炎の塊が再び生み出されていく。

 しかも、激しく燃え盛る炎の勢いも、炎の塊の大きさも。ベルローゼの「絶対障壁(エクサウォール)」で防いでいた時の炎とは比較にならない強大さだった。


 実は、魔竜(オロチ)の血を触媒(しょくばい)にして生み出される漆黒の炎は。

 魔竜(オロチ)がその身に負った傷の大きさと痛みによって威力を増す、という特性を有していた。つまり、戦いの最中に敵から傷を負い、血を流せば流すほどに敵を焼く炎も強大になるという理屈だ。


『我が黒炎は、我が身に傷をつければつけるだけ、怒りと憎悪で威力を増していく我が復讐の炎』


 その炎の名は「憤怒の獄炎(ヴァイオレイジ)」。

 報復の刃が今、四人に(ベルローゼら)狙いを定める。


「ま、待てよファニー、上下の(あご)を閉じてた魔法が消えて無くなってるってコトはだ?」


 この時点でようやく、魔竜(オロチ)の口を拘束していた「断罪の剣(ダモクレス)」の効果が消失している事実に気付き。エルザとファニーは慌てて、魔竜(オロチ)への警戒を強める。

 頭上から「炎の吐息(ファイアブレス)」が放たれるかもしれない危機感に。


「待って、エルザ。吐息(ブレス)じゃないっ」


 だったが、エルザの危機感は的外れだった。

 というのも、周囲の状況がいつの間にか激変していた事をファニーは知ってしまったから。


 既に一度、ベルローゼが魔剣と障壁で迎撃した筈の魔竜(オロチ)の漆黒の炎が。再び魔竜(オロチ)の周囲に召喚されているだけでなく。

 時、既に遅く。ゆっくりの炎の塊が動いて、自分ら四人を包囲しようとしていた事にようやく気付いたからだ。


「ざ……残念ですが……ここまで、ですわっ……」


 両膝を突いたベルローゼは、もう一度地面に落とした魔剣を拾い上げようとしたが。痺れた腕は彼女(ベルローゼ)の言う事を聞かず、腕は動かない。

 その時点で心が折れていたベルローゼは、一度空を仰ぎ、覚悟を決める。

報復の獄炎(ヴァイオレイジ)

術者の血液を触媒(しょくばい)にして奈落(アビス)から火属性を帯びず、通常の炎とは異なる漆黒の炎を召喚する暗黒魔術(デモニックカース)

この漆黒の炎は、術者の負傷の度合いと苦痛を糧に、飛躍的に、際限無く威力が上昇するという特性を秘めている。


本編でも、最初に発生させた漆黒の炎はベルローゼが展開する「絶対障壁(エクサウォール)」で完全に遮断が可能な威力だったが。

果たして、このまま一ノ首が傷を負い続けた場合、威力が増し続けた奈落(アビス)の炎はどうなってしまうのだろうか。

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