298話 白薔薇姫、辿り着いた領域
瞬間、魔竜のさらに頭上の上空から眩い一条の光が差し込み。
これまでに二度、地面を焼き焦がした紅蓮の炎を口から吐き出そうとしていた魔竜の上顎へと当たると同時に。
「断罪の剣!」
何とベルローゼは、二つの魔法の効果を維持したまま。高く掲げた腕から自分の神聖なる魔力を上空へと放ち。
魔法の名前を高らかに口にしたのだ。
途端、魔竜を照らし出していた光条が突如、鋭さを帯び。上顎を貫き、下顎へと貫通する。
見れば、光り輝く大剣が魔竜の頭に突き刺さっており。炎を吐き出そうとしていた魔竜の口を縫い付けていた。
『ぬ⁉︎……ぐ、ぬぅぅぅぅぅぅ』
突然、上空から降り注いた光の剣で強制的に閉じた状態にされた口を開こうと、呻き声を漏らす魔竜。
それもその筈だ。懐深くに踏み込み、胴体を斬り裂いたベルローゼを焼き払おうとした「炎の吐息」を今まさに吐き出す瞬間だったからだ。一度、喉奥から生み出された大量の炎を再び腹の中へ戻す事は出来ない。
となれば、口が閉じていようが喉奥から吐き出す以外の選択肢は魔竜にはなかった。それが……口の中を焼く自滅的選択だったとしても、だ。
直後、魔竜の口内が大きく爆ぜた。
絶叫とともに響き渡る爆音。
『ぐ──おおおオオオオオオオオオ⁉︎』
本来ならばベルローゼを焼く算段だった烈火が、魔竜の口の中に充満し、炎に触れた箇所を容赦なく焼き焦がしていく。
如何に炎を吐く生物と言っても、炎や熱の影響をまるで受けないわけではない。「炎の吐息」を使うといえば、誰でも一度は頭に思い浮かべる竜属でさえも炎に強い、というだけで。強力な炎属性の魔法で攻撃をすれば、肉は焼かれ傷付ける事も可能だ、と。魔術師らが記した文献にも記されている。
魔竜もまた、文献にある竜属のように、炎の影響を全く受けない……というわけではなかったのだ。
『……が……は……あぁぁぁぁぁ……』
口内で炎が爆ぜたのに、いまだ上顎から下顎まで貫通した光の剣によって口を開く事が出来ず。牙の隙間からブスブスと黒煙を漏らしながら、動きを止める魔竜。
その一部始終を遠巻きに見ていた二人は(エルザとファニー)。
「お、おい、ファニー? 今、お嬢様……上を見てたか……?」
エルザが口を開けたまま、驚愕していた理由とは。
腕を高く掲げるつい直前までは、ベルローゼは間違いなく。深々と胴体を斬り裂いた魔竜に、さらなる追撃を仕掛けるための所動をしていた筈だ。
「ううん、エルザ。それにあの位置、上を向いただけじゃ魔竜の動きは見えない……」
しかも、魔竜が胴体を空高く伸ばした頭部の位置はベルローゼの真上ではなく。彼女が見上げても確認出来ない位置にあった。
だから魔竜が何かしらの攻撃をすると、察知出来たとしても。咄嗟に炎を吐く、という行動までは判断出来るわけがなかった。
……ところが。
ベルローゼが放った先程の神聖魔法。
あれは、ただ魔竜の攻撃を察知して放った魔法ではなく。「炎の吐息」を阻止する、という明確な意図で放たれた魔法だ。
つまりベルローゼは。視界で確認する事が叶わない立ち位置から、魔竜の行動を完全に読み切って、阻止した事になる。
今まさに連続攻撃をしようとしていた時に。
「あ、あり得ねえ……あり得ねえよ……っ」
何度考えても、的確が過ぎるベルローゼの迎撃に「信じられない」とばかりに額に手を当てて、首を左右に振り。
同じ戦士として、ベルローゼの力量だけでなく洞察力に驚くばかりのエルザ。
危険な賭けに出た、と言ってしまえば答えは容易いが。漆黒の炎を切り払い、魔竜の胴を斬り裂いて優勢だったベルローゼが、敢えて危険を冒す必要があったのだろうか。
しかし、エルザの隣に並んでベルローゼを唖然として見ていた魔術師の少女は。
驚いていた理由はまるで違っていた。
「違う、エルザ。それよりも驚くのは、あの時、もう一つ魔法を使った事……」
先程、「絶対障壁」と「白銀の腕」と。二種の神聖魔法を発動・維持していただけでも驚いたばかりだというのに。
当然ながらファニーは「三種の魔法を同時に扱う」人物や場面など見た事もなければ、噂ですら耳にした事もなかった。
それをまさか、三種の魔法を同時に扱える……という規格外の人間と能力を、この目で見る事になろうとは。
「……有り得ない。ベルローゼは確かに優れた神聖魔法の使い手だけど、それでも三種同時に、なんて……不可能」
「で、でもよぅファニー……今、実際にオレらの目の前で起きてるじゃねえか?」
二人がいくら頭を使い悩ませても、ベルローゼの不可解が過ぎる行動の原因が何なのかという結論に全く至れない中。
魔竜とベルローゼの戦闘は続いていたが。
「……凄い、ですわ」
つい、心の内側の言葉がベルローゼの口から漏れ出してしまう。実は、エルザやファニー以上に自分の能力に驚いていたのは彼女自身だった。
一度、視界が真っ白になり、周囲の音が全て消えたあの不思議な感覚を味わった瞬間から。何故か、目で見てもいない魔竜の行動の逐一を、ベルローゼは察知する事が出来ていたからこそ。
魔竜が炎を吐き出そうとしたその瞬間を、彼女は知り得ていた。
しかも、である。
魔竜が頭上から炎を浴びせる意図を、ベルローゼが読み取った瞬間。身体が勝手に動き、頭上へと伸ばした腕の先に。既に二つの魔法を維持しているにもかかわらず、魔力が集束していく感覚が身体を巡ると。
まだ一度もベルローゼが使用した事のない高位の神聖魔法を、詠唱も無しに無意識に発動させていたのだ。
「まさか……私に、これだけの能力があったということ、ですの?」
帝国では「聖騎士」の称号を授与される程の才能に溢れたベルローゼではあったが。皇帝に次ぐ権力者でもある「帝国の三薔薇」が一家、エーデワルド公爵家に生まれたため。その能力を存分に磨き、洗練する機会だけは恵まれなかったが。
ベルローゼが今までに手に入れる事の敵わなかった、能力を覚醒するために極限の集中力を発揮する絶好の機会をまさに今。彼女は魔竜との死闘で得る事が出来た、というわけだ。
それにしても、神懸かりな察知能力に。
神聖魔法の三重発動までも実現してしまうとは。
白薔薇公爵家の一人娘として生を受けた時点から。複数の神々の加護を持って生まれた自分は、特別な人間だと薄々は感じていたベルローゼだったが。
まさか、自身の身体にこれ程の潜在能力が眠っていたのか、と。ベルローゼは、自分の中に湧き上がる感情の高揚を抑え切れず。
「ふ、ふふふふ……おーっほっほっほ! 凄い、凄いではないですかっ、さすがは私っ!」
ベルローゼには一点だけ気懸りがあった。それは、先程から何の動きも見せない赤髪褐色の女戦士の事だったが。
「これならばっ!」
今の状態ならば、目の前の魔物をベルローゼ一人で倒してしまうだけの力の差はある。そして、魔物を倒してしまえば、懸念なと些細な問題となり、気に留める必要もなくなる。
そう判断した彼女は、自分が握っている魔剣「純白の薔薇」を再び両手で握り直し。
吐き出そうとした「炎の吐息」が口の中で炸裂し、いまだ口から黒煙をもうもうと吐き、動きを止めたままの魔竜へ。攻撃を再開しようと武器を構えた。
一度の攻撃で急所にまで辿り着けないのなら、二度、三度。とにかく、この純白の魔剣の刃が眼前の魔竜の生命を断ち切るまで、剣を振り続ければよい。
今の自分になら出来る、ベルローゼはそう考えていた。
「……え?」
その時だった。
「断罪の剣」
正義を司る太陽神の恩恵の一部を借り受け。対象へと差し込む空からの神の光は、真に神の正義に反すると判断された瞬間に光の大剣へと具現化。その威力は、あらゆる防御や障壁の効果を無視し、邪悪な者を完膚無き程に刺し貫く。
上級魔法級の発動難易度を誇る、神聖魔法の中でも、太陽神の加護を持つ術者のみが使用出来る特殊魔法。
ちなみに、太陽神を厚く信奉する貴族や小国家の中には。爵位や国王の戴冠式などに、この魔法を儀式魔法を介して発動し。身の潔白を証明するという慣習があったりもする。




