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297話 白薔薇姫、謎の感覚に戸惑う

『ぐお、おオオオお⁉︎ き、貴様っ……人間ごときがああああっ!』


 苦痛に(うめ)魔竜(オロチ)の絶叫が、この場にいた全員の耳に届くくらい響き渡る。

 

 巨大な鉄拳で(うろこ)を叩き割った後、()き出しになった肉を、拳を回転させて(えぐ)り取ったユーノの攻撃よりも。魔竜(オロチ)の胴体をより深く斬り裂いていくベルローゼの一撃だったが、それでも。

 両断し、傷を負わせたのは魔竜(オロチ)の厚い肉のみで。大木の幹以上に太い魔竜(オロチ)の胴体、その内側にある臓物(はらわた)には、まだ届いてはいない。


 まだ、足りない。


 勿論(もちろん)その事は。剣を浴びせたベルローゼが何よりも理解していた。


「まだですわ! (わたくし)の攻撃は……これで終わりではありませんわ!」


 彼女、ベルローゼは優れた剣の技量を持つものの、傭兵でも冒険者でもなく。本来の立場は帝国貴族の中でも最上階級の人間だ。当然ながら、今の魔竜(オロチ)との戦闘など慣れている筈がない。

 そんな彼女(ベルローゼ)が、渾身の力を込めて勢い良く剣を振るえば。攻撃の後に大きな隙を作ってしまうのが当たり前だが。


 彼女(ベルローゼ)の両腕が帯びていた「白銀の腕(アガートラーム)」の効果が、本来生み出される大きな隙を打ち消し。

 次なる二撃目に向け、即座に最適の位置へと。

 違う箇所を攻撃するよりも、傷を負った箇所を連続して攻撃したほうが効果的であると狙いを定め。

 振り抜いた魔剣を握る手を動かしていく。


 ──剣が、腕が、軽い。

 

 まるで、何者かが勝手に彼女(ベルローゼ)の手を動かしているように。


「ふふ、皮肉ですわね……今のほうが普段よりも身体が面白いように動くなんて」


 一撃目の斬撃と、続く攻撃の(わず)かな時間の合間。ベルローゼの頭にふと浮かんだのは、つい先程立ち上がった時の(おのれ)の状態。

 救出に来た金髪の少(エルザ)女の手を掴み、ようやく立ち上がる事の出来たベルローゼだったが。あの時は腹部に負った火傷(やけど)の痛みで、何とか両の脚で立っているのがやっと……という程だったというのに。

 今の状態はどうだろうか。

 ベルローゼは今、魔竜(オロチ)の炎を喰らった腹の傷の痛みを、まるで感じていなかった。それどころか立ち上がる前よりも、身体が軽く感じているくらいだ。

 

「さあ……お見せなさいな純白の薔薇(ヴァイセローゼ)! お前の本当の力というものを──」


 自分を奮い立たせ、構える純白の魔剣に呼び掛けるような言葉を彼女(ベルローゼ)が叫んだ、その時だった。

 発した台詞を言い終えるよりも前に、突然。


 彼女(ベルローゼ)の視界が真っ白になった。


「──え」


 異変は視界だけではなく、耳もであった。

 自分の荒い息遣(いきづか)いも、魔竜(オロチ)が苦痛に(うめ)く声も、地面を踏み締めた時の音すらも。今まで聞こえていた音の全てが、突然聞こえなくなってしまった。

 まるで、ベルローゼ以外の何者も。この場から消え去ってしまったかのような感覚に襲われる。


 ……にもかかわらず。

 驚くほど彼女(ベルローゼ)の心は冷静で、焦りや動揺などは一切感じてはいない。


 あまりに不思議な感覚のまま。

 握った魔剣を無造作に動かしたベルローゼ。


 だが、次の瞬間。

 真っ白だった視界と何も聞こえなかった耳に、突如として色彩と景色、そして音が(よみがえ)り。


『ぬぅゔゔヴヴおおおォォオオオおオオオオ⁉︎』


 最初に耳に届いたのは、魔竜(オロチ)の苦痛に満ちた声。


 これまでにも何度か傷を負った時があるが。明らかに様子が違う苦悶(くもん)の言葉を吐き出しながら、頭上へと伸ばしていた頭部を激しく動かす魔竜(オロチ)だったが。


 理由は明白、ベルローゼが放った二撃目の斬撃は。

 直前に分厚い肉を斬り裂いていた一撃目と全く同じ位置を捉えていたのだから。

 二撃目の剣はついに分厚い胴体部の肉を突破し、魔竜(オロチ)に限らず生物ならば誰しも急所である内臓(はらわた)へ到達し。

 結果、あまりの深傷(ふかで)魔竜(オロチ)は負ってしまったというわけだ。


「こ……これは、わ、(わたくし)が?」

 

 怒りの感情を込めて振るい、(うろこ)や肉を断つ感触が剣を握る手に伝わった初撃と違い。

 真っ白な視界と音の消えた世界の中にいたベルローゼが、まるで何が起きたかを理解出来ずに。魔竜(オロチ)に浴びせた二撃目には、何の実感も湧かなかったためか。

 苦悶(くもん)する魔竜(オロチ)に一瞬唖然(あぜん)とし、「白銀の腕(アガートラーム)」の効果を受けていた両の腕をまじまじと見返していくと。


「へ? な、何なのです、わ、(わたくし)の身体が、光り輝いてますわっっ⁉︎」


 思わずベルローゼが自分の口に手を運び、口元を隠しながらも驚きの声を漏らしてしまう。


 本来なら白く輝くのは、魔法の効果が発揮されている腕のみなのだが。

 攻撃を仕掛ける直前には、握っていた純白の魔剣までが白く光り輝き。今では腕のみならず、ベルローゼの全身にまで「白銀の腕(アガートラーム)」の光が広がっていたのだから。


「そ、それに、あの時の真っ白な感覚……あれは何が起こったか、悔しいですが全く見当が付きませんわっ……」


 自分の身体に起きている、光り輝くだけではない異変。その影響は自分を害するものではなく、(むし)ろ好ましい影響だったのだが。

 それでも何が原因だか不明のままで、気にせず振る舞える程。ベルローゼは大胆でも無神経でもなかった。

 幸運にも原因には、思い当たりはある。


 「白銀の腕(アガートラーム)」の効果が向上したのか。

 もしくは、純白の魔剣の秘めたる力なのか。

 おそらくはそのどちらかなのは間違いがない。

 

 だが、そんな思考にベルローゼが(ふけ)っていた一瞬の隙に。苦痛で激しく藻掻(もが)いていた魔竜(オロチ)が、辛くも状況を立て直しており。

 

『ぐ、ぬゔゔぅ……は、離れろ人間風情(ふぜい)がああああ──』


 ベルローゼの怒りの感情を(あら)わにしながら、真下に向けた頭部の口が大きく開かれた。


「お、おいファニー……ありゃあ」

「……うん、間違いない。炎の吐息(ファイアブレス)の予備動作」


 後方で待機していたファニーとエルザの二人は、いまだ展開中の障壁越しに、魔竜(オロチ)の行動の意図を把握していた。

 

 先程の攻防で、魔竜(オロチ)の血から生み出された漆黒の炎は、口から吐く炎の吐息(ファイアブレス)よりも強力だが。ベルローゼの魔剣で次々と迎撃されてしまったのを、魔竜(オロチ)も理解していない筈がない。

 既に二種の神聖魔法(セイクリッドワード)を発動しているベルローゼは、防御のために新たな神聖魔法(セイクリッドワード)を展開する事はない……と踏んだのだろう。

 だから魔竜(オロチ)は、吐き出した炎の勢いで懐に入り込んだベルローゼを引き()がそうとしていたのだ。炎を回避するために後ろへ退()がらせれば良し、吐息(ブレス)に巻き込めばなお良し……という狙いで。

 

 当然、二人は(エルザとファニー)ベルローゼへと頭上からの炎への警戒を口にしようとしたが。

 

 それよりも早く、真上の魔竜(オロチ)の動きにまるで気付いていないように見えていたベルローゼが。

 二人が声を発するよりも早く、片手で魔剣を握り直し、空いた側の腕を真上へと高く掲げると。


「……誰が、『動いていい(・・・・・)』と言いましたか?」

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