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296話 白薔薇姫、怒りの一撃を振るう

 八頭魔竜(ヤマタノオロチ)の三本目の首となる一ノ首は今、(わず)かながら戦慄(せんりつ)を覚えていた。


 口から吐く紅蓮の炎よりも高熱を発するが、(おのれ)の血を介してしか生み出す事の出来ない……つまり自分が傷付き、血を流さなければ使う事の出来ない諸刃(もろは)の剣である漆黒の炎だが。

 その黒炎を、魔法でではなく、武器で斬り裂きながら突進してくるベルローゼの姿に。

 

『……な、何だ。この、人間はっ、我が、報復の黒炎がいとも簡単に、っ……』


 その正体は、既視感。

 永らく地の底に封じられる直前に。死闘を繰り広げ、同じように立派な剣を構えて突撃してきた人間と。今の彼女(ベルローゼ)とが重なって見えていたからだ。

 魔竜(オロチ)の頭に残る、かつて自分を含めた八本の首を封じた人間の記憶が。魔竜(オロチ)の心に恐怖と焦燥(しょうそう)を生み出していく。


『ち……近づくなっ、人間!』

 

 魔竜(オロチ)は、突然に頭に浮かび上がる既視感と、それを起因とした脅威を少しでも遠ざけようと。

 生み出した黒炎をさらに激しく、ベルローゼへと連続して浴びせていくが。


「は、っ……無駄ですわよっ!」

 

 先程、黒炎を両断したのが思いがけずの偶然ではなかったと証明するように。

 ベルローゼは純白の魔剣を(きら)めかせ、自身に迫り来る炎の塊を次から次へと迎撃し、撃ち落としていく。

 ……まるで、顔の近くに群がる小さな羽虫を手で払う時のように。面倒だ、と言わんばかりの表情を浮かべながら。


「まったく、(わずら)わしいことこの上ありませんわ……ねっ!」

『ぐ……っっ!』


 最早(もはや)、両の腕と、所持する剣を白色に輝かせていたベルローゼが。炎を剣で斬り裂いたのは偶然でも幸運などでもない。

 いくら数を増やしたところで、迫る人間(ベルローゼ)を多少の足止めするのが限界で。とてもではないが黒炎の餌食(えじき)とするのは無理……と判断した魔竜(オロチ)は。


『……ならば』

 

 地面を蹴り、迫る炎を蹴散らしながら突撃してくるベルローゼから、一旦視線を外し。

 その背後で負傷者を抱えた集団へ、と視線を移していた。


「「え?」」


 突如、魔竜(オロチ)の二つの真紅の瞳と不意に目線が合ってしまったファニーとエルザは。

 実に(たの)しげに、口端を釣り上げてニンマリと笑う魔竜(オロチ)の邪悪な笑みを見てしまったのだ。

 その直後。

 魔竜(オロチ)の周囲から放たれる漆黒の炎の軌道が、曲がる。


『人間、(おのれ)の身こそその剣で守れるだろうが、その他はどうだかな!』


 なんと、先程までベルローゼに集束するかのような軌道を描き、目標が集中していた漆黒の炎の塊が。

 狙っていたベルローゼを避け、背後に向けて次々に通過していく。

 ……考えるまでもなく、魔竜(オロチ)が攻撃対象をベルローゼから背後にいるファニーやエルザへと切り替えたのだ。


 人壁となって時間を稼いだミナカタ隊の武侠(モムノフ)に、全身に火傷(やけど)を負ったカサンドラ、背中に炎が直撃したセプティナなど。

 多数の負傷者を抱えていた後方は、とてもではないが魔竜(オロチ)の漆黒の炎に対処する余裕などない。


 仲間が炎で焼かれ息絶えれば、余裕の表情を浮かべたベルローゼも動揺し。下手をすれば巻き込まれ、隙を見せるだろう……という。魔竜(オロチ)目論見(もくろみ)があったのだが。

 

「……はっ。見かけこそ大きくとも、所詮(しょせん)は愚かな蛇ですわね」

『何だと?』


 そう言い放ったベルローゼは、まるで背後を気に懸ける素振りを見せる事なく。魔竜(オロチ)に迫る足を決して緩めはせず。

 目線が合った二人も(エルザとファニー)また、一歩もその場を動いていないにもかかわらず。炎が迫る中、焦る様子を一切見せてはいなかった。

 

「つまり、こういう事ですわ!」


 ベルローゼの言葉と同時に、背後で爆発が数度発生し、轟音が鳴り響く。

 しかし、爆発で巻き起こった土煙(つちけむり)がすぐに収まっていくと。爆発前と何も変わらずに立っていたエルザとファニーの姿があった。


 ベルローゼが維持を続けていた「絶対障壁(エクサウォール)」の効果によって、魔竜(オロチ)が自慢げに浴びせた漆黒の炎は完全に遮断(しゃだん)されていたからだ。


『ば、馬鹿なっ⁉︎ 確かに炎は直撃したはずだ、無傷なはずが、っ……?』

 

 見れば、足元で数度の爆発が起きたというのに。立っていた二人や、地面に寝かされている負傷者らには爆発の炎だけでなく、爆風の影響すら受けていないようにしか思えなかった事に。

 そもそも負傷者が傷付き倒れた原因こそ、魔竜(オロチ)が今放った漆黒の炎だったわけで。防御が可能ならば、手酷(てひど)い負傷など負う筈がないのだ。

 

 直前まで浮かべていた邪悪な笑みを完全に崩し、不満を口から漏らした魔竜(オロチ)は。何が起きたかを全く理解が出来ず、一瞬唖然(あぜん)としてしまっていたが。

 魔竜(オロチ)はその時、視界から外した事と。狙った対象が予想外にも無傷だった事で、頭から抜け落ちていたのだ。


 純白の魔剣を握り迫っていたベルローゼの存在を。

 

『う、うお……おおっっっ⁉︎』


 さすがに魔竜(オロチ)も馬鹿ではない。自分が何と戦っているのか、一瞬遅れて対象(それ)を思い出すも。

 魔竜(オロチ)の頭から抜け落ちたその一瞬の隙に、既にベルローゼは魔剣の攻撃範囲にまで踏み込みを完了していたのだ。

 ここまで至近距離に寄られてしまうと、魔竜(オロチ)が知っている無数の防御手段もまるで役には立たず。堅い(うろこ)に防御を(ゆだ)ねるしかない。

 しかしその(うろこ)も、既に一度。ベルローゼには両断され、その刃は肉に喰い込んでいたのだから。


「……お前が。この国の伝説とか、そんな事は些細な話ですわ」


 絶好の距離へと到達したベルローゼは今一度、思い返す。


 自分が判断を誤った事で深傷(ふかで)を負わせてしまった護衛の一人(カサンドラ)に。

 ここまで自分に追従してくれた信頼する女中(セプティナ)が、自分を救出しようと傷付いた不甲斐なさを。

 だがそれ以上に、二人を。

 自分たちを庇うように立ちはだかったこの国(ヤマタイ)武侠(モムノフ)らを焼き、傷付けたのは。紛れもなく、眼前の魔竜(オロチ)である事を。


「お前は……(わたくし)所有物(もの)を傷付け、蹂躙(じゅうりん)しましたわ、だから──」


 その苦い記憶が、自分への不甲斐なさが。そのまま魔竜(オロチ)への怒りへと変換され、ベルローゼの両の眼に輝きとして、宿る。


 と同時に「白銀の腕(アガートラーム)」の効果で輝く両腕と、握られていた純白の魔剣がさらに光量を増し、眩しい程に輝き始める。

 まるで、ベルローゼの(たかぶ)る感情が、既に発動した後の魔法の効果を上昇させているように。


「絶対に……そう、絶対に許しはしませんわっっ!」


 帝国(ドライゼル)貴族の活躍の場ではあまり許される事ではない、感情を()き出しにしての雄叫(おたけ)びにも似た大声を発し。

 一度、真上に掲げた魔剣を。魔竜(オロチ)の胴体部目掛け、渾身の力を両腕に込めて振り下ろしていくと。


 最初の一撃目は、堅い魔竜(オロチ)(うろこ)を軽々と斬り裂き、肉に傷を負わせる程度の威力だったが。

 白く輝く魔剣での斬撃は、(うろこ)をただ斬り裂くだけではなく、光に巻き込んだ(うろこ)が跡形も無く消滅していき。露出した魔竜(オロチ)の胴体部へと、深々とした大きな裂傷を刻んでいった。

 

 魔剣の刃の長さ(・・・・・・・)という、物理的な限界を超えて。

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