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293話 アズリア、武侠らの意地を見て

 だがもう一つ。ファニーが魔法を発動させるよりも早く、動いたものがあった。

 それは、ミナカタが率いていた武侠(モムノフ)の集団。


「言ったはずだ、死ぬ覚悟は既に出来ている!」

 

 既に何人かは、先に魔竜(オロチ)が放った漆黒の炎が直撃し、騎乗していた馬ごと地面に倒れた者もいたが。

 それでも直撃を(まぬが)れた、隊を指揮するミナカタ含む数人が。両手を左右に大きく広げ、立ち塞がる。懸命に傷付き倒れた二人を運ぶ、エルザの盾となるために。


『ならば、望み通り……貴様らから先に死ね』


 当然ながら。直後、一直線な軌道でエルザを狙って飛んできた漆黒の炎の全ては。軌道に割り込むように立ち塞がった武侠(モムノフ)らと騎乗していた馬に命中し。

 

「ぐぅ……おぉぉぉっつ⁉︎」

「ご! ふ……っ」


 カサンドラの時と同じように、直撃した箇所の鎧が破壊され。肉と肌は激しく焼かれ、火傷(やけど)が刻まれていき。

 あまりの激痛と威力に意識を保っていられなくなり、騎乗していた馬からズルズルと落馬する者。


「う、うおっ! し、静まれ……お、落ちるっ?」


 また、幸運にも直撃を(まぬが)れたとしても。より大きな身体の馬に炎弾が命中すると、肉を焼かれる激痛で激しく(いなな)きながら、冷静さを欠いて暴れる馬の背から吹き飛ばされ。地面に叩き付けられる者。

 エルザの前に立ちはだかった武侠(モムノフ)らの防護の壁は、全員が地面に倒れてしまう事で崩壊してしまった。

 

「な……なんて、こったい……っ」


 目の前でバタバタと人が倒れていく光景に、ただ唖然(あぜん)としてしまったエルザは。

 視界を(さえぎ)っていた武侠(モムノフ)が消えた事で、不意に一瞬、魔竜(オロチ)の真紅の瞳と目線が合ってしまう。


「……がっ⁉︎ う、嘘……だ、ろっ……か、身体がっ」

 

 すると恐怖に身が(すく)み、倒れた二人(ベルローゼとセプティナ)を引く腕と足が止まってしまうエルザ。

 危険を感じて即座に目線を逸らした事で、恐怖による身体の硬直はすぐに解けた……のだが。


 エルザが足を止めた一瞬の隙は。


 魔竜(オロチ)が次の攻撃の準備。傷口から流れる己の血から幾度となく生み出していた漆黒の炎を、再び召喚するには充分な時間稼ぎとなってしまった。


「エルザ! 今、魔法を!」


 ここでようやくファニーの発動の準備が整い、エルザに向けて「筋力上昇(マイトアップ)」を放ってみせた。

 地面に倒れたまま、立ち上がってくる気配のないベルローゼとセプティナの二人の身体を引きずっていたエルザだが。腕の力が足りずに、二人を運び込むのに苦戦していたが。


「あ、ありがてえっ……何とかこれで」


 ファニーの「筋力上昇(マイトアップ)」の効果があれば、二人の身体の運搬も(はかど)るというものだ。

 何とか次の魔竜(オロチ)の炎が迫り来るまでに、二人を運び終えないと……と、焦るエルザだったが。

 

「うお、ぉっ⁉︎」


 突如として、右手の先に走った違和感。


 その原因は、すぐにわかった。

 エルザが右の腕で掴んでいたのは、依頼主でもある帝国(ドライゼル)の貴族であるお嬢様(ベルローゼ)だったが。

 意識を無くしていた、と思っていたお嬢様(ベルローゼ)の手が動き、身体を引っ張っていたエルザの腕を、震えながらも掴んできたのだから。


「お……お嬢……さ、まっ?」

「はぁ、っ……はぁ、っ……わ、(わたくし)っ……意識を、失って……ゔっ!」


 負傷や応急処置の知識をほとんど持たないエルザは、ベルローゼが負った傷をほとんど確認してはいなかったが。それでも炎弾が直撃した腹に、(ひど)火傷(やけど)を負っているのだけは知っていたエルザは。

 それでもなお、一度は負傷で失った意識を自ら取り戻した事に、ただ驚くしかなかった。


「く、っ……ゆ、許しま、せんわっ……この、(わたくし)に、このような傷をっっ……っ!」


 エルザの腕を掴むベルローゼの指に力が込められる。どうやら、引きずられて運ばれるのを良しとせず、立ち上がるつもりのようだが。

 ベルローゼの(ひたい)からは少なくない量の血を流していた。転倒した際に頭を地面に打ち据えたからか、もしくは炎弾が頭を掠めたからか。


 当然、意識を何とか取り戻したばかりのベルローゼが、治癒魔法もない状態で戦線に復帰出来るとは思ってもいなかったエルザは。

 意識を取り戻してから徐々に語気が荒ぶり、興奮が止まらぬ彼女(ベルローゼ)を何とか説得して。もう一人の負傷者であるセプティナと一緒に、後方へと下がってもらおうと試みるも。


「ま、待てって? その腹の傷で戦えるわけねえだろ、大人しく後ろに退()がり──」

「黙りなさいなっっ‼︎」


 エルザの言葉を途中で(さえぎ)っただけでなく、激昂した勢いで掴んでいたエルザの腕を振り払う。

 既に片膝を突いていたベルローゼは、顔を上げて。意識を失った後の周囲の状況を、ここで初めて知る事となったからだ。


 勿論(もちろん)、炎弾の直撃を受けた腹には激痛が奔り、麗しい金髪(ブロンド)もあちこちが焦げ。「白薔薇姫」と呼ばれる美貌は、今や見る影もない。

 だが、ベルローゼが感情的になった大きな理由は、自分が傷付いたからでは決してない。帝国貴族たるベルローゼは、我が身が傷付くのは確かに許し(がた)い話ではあるが。同時に戦闘において、傷を負うのは仕方がない事もまた、理解していたからだ。

 それよりも、である。

 自分の足元には、本邸のある帝国(ドライゼル)は首都アルトランゼから世話役として同行してくれた女中(メイド)のセプティナが倒れ。護衛として雇っていたカサンドラすら無残にも鎧が破壊された状態だった。

 その上、目の前には無数の馬に、この国(ヤマタイ)における騎士と同等の戦闘階級である武侠(モムノフ)らが倒れていたからだ。

 いずれも、魔竜(オロチ)の漆黒の炎が原因なのは明白だった。


「何を……(わたくし)所有物(もの)に……何を、してやがり、ますの……っっ」


 帝国貴族は、自分の所有物が他人に蹂躙(じゅうりん)される事を何よりも許さない。それは(すなわ)ち、自分の立場を脅かし侵略を受けるのと同等の行為なのだから。

 

「返しなさいな……っ、全部、(わたくし)に、返しなさいなっっっ‼︎」


 負傷の影響か、身体をふらふらと不安定に揺らしながらも何とか両の脚で立ち上がったベルローゼは。

 憤怒(ふんぬ)の感情を込めた視線を、真っ直ぐに魔竜(オロチ)へと放ちながら。腰の後ろにあった(さや)からゆっくりと、純白の魔剣を抜いていく。

 その表情は、普段見せている「白薔薇姫」と称賛される優雅で傲慢な雰囲気は微塵(みじん)もない。憎き魔竜(てき)へと殺意を向ける、一人の戦士と呼ぶに相応(ふさわ)しい顔と雰囲気。


「お……お、嬢さ、ま……っ……」

 

 ベルローゼが魔竜(オロチ)へ放つ敵意に反応し。背中に炎弾の直撃を喰らい、意識が飛んでいたセプティナもまた目を覚ます。

 意識が戻ったばかりで、まだ朦朧(もうろう)とはしており。さすがに、自力で立ち上がるまでの体力は残ってはいなかったが。

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