291話 アズリア、奮闘を続ける仲間ら
地面から噴き上がる風の障壁が、魔竜の周囲から放たれた漆黒の炎が仲間に到達するのを防いでくれてはいたが。
一発、二発と。続けて炎が障壁に命中する度に、目に見えて風の障壁の厚みが激しく擦り減っていくのを理解し。
「ぐ、っ……急いで。長くは保たない」
「助かる!」
飛び出す前のカサンドラに、魔法を発動させた後にそう警告の言葉を告げたファニー。
基本的な風属性の防御魔法である「風の壁」よりも高度な、ファニーの防御魔法だったが。それでも足止め程度にしかならない、と判断したからだ。
「ファニーの魔法とあたしの盾がまだ無事なうちに、ベルローゼ様を後ろに下げて!」
「わ、わかりました。御助力、感謝します」
こうして先に飛び出していた黒髪の女中と合流したカサンドラは。
腹に魔竜の放った炎弾が直撃し、地面に座り込んでいたお嬢の元へと辿り着くと。
つい先程までお嬢が立っていた位置に、大楯を構えて立ち塞がった。
負傷し、動けなくなったお嬢の腕を取って、肩を貸しながら最前線であるこの場から撤退させようとするセプティナ。
「さ、お嬢様。まずはこの場を」
「……う、ぅぅぅっっ……」
心配そうに、力無く顔を項垂れていたお嬢へと声を掛けるも。返ってくるのは言葉ではなく、苦痛に対する呻き声のみ。
負けん気の強いお嬢の性格ならば、多少の無理をしてでも虚勢を張り、無事だと装うものだが。直撃した炎の威力は、虚勢を振る舞う余裕すら奪っていた。
それ程までに、炎による負傷は深刻な状況だった。
セプティナは一瞬、背後に控えていた面々へと視線を向けたが。
「いけません……このままでは、お嬢様が危ない、っ」
考えてみれば、五柱の神の加護と恩恵を授かる「聖騎士」の称号を持ったお嬢以上に。治癒魔法を使える人間など、この場に存在していなかったのだ。
このままでは、お嬢の傷を癒せる者がいない……その事を理解してしまった黒髪の女中の足が、思わず躊躇で止まる。
──その時だった。
「……いけないっっ⁉︎」
風の障壁を維持していたファニーが、悲鳴に似た大きな声を発すると同時に。
数発程度、魔竜が浴びせてきた漆黒の炎弾を防いでいた「風塵の防護」の風が完全に散らされ、消滅してしまったのだ。
「は、早く! 後ろに下がれええっ!」
険しい表情で、お嬢を抱えていた黒髪の女中に撤退を強く促すカサンドラ。
その手に握られている大楯は、既に数箇所がボコボコに大きく破損し、盾としての役割を果たすのが難しい状態だった。
実は……先程、お嬢がギリギリ回避した数発の炎弾は。背後に控えていたカサンドラらへと飛来していたのだ。構えていた大楯で、仲間への直撃を防御にこそ成功はしていたものの。
漆黒の炎の威力は、決して特別な金属製ではないが質の良い大楯を一発で歪ませる程であり。それが数発ともなれば、受けた盾は形を維持するまでが限界だった。
おそらくは、耐えられてあと二、三発だろう。
それでもお嬢と女中を撤退させるため。カサンドラはボロボロの状態の大楯を構え、魔竜が放った漆黒の炎弾の前へと立ち塞がる。
それがどういう意味か、長らく仲間である二人はすぐに理解し。無謀な行動に出た重戦士の名を叫ぶ。
「「か……カサンドラあああっっっ⁉︎」」
二人の声に反応したのか、カサンドラは一瞬だけ背後を振り返って笑顔を見せ。
直後、大楯を構えていた彼女へ、数発の炎弾が浴びせられていくと。その内の一発を防いだところで、限界間近だった大楯はその役割を終え、鈍い音を立てて粉砕し。
全身鎧で動きの鈍いカサンドラは。お嬢のように回避することが出来ず、問答無用で漆黒の炎弾の直撃を浴びてしまう。
「が! ぐ……わああああっっ⁉︎」
下腹部よりも低い位置、直撃を受けたのは一発受ければ致命傷になり得る腹を避け、左の腿だったが。
厚い装甲越しに炎弾の熱で肉を焼かれる激痛に、苦悶の絶叫を上げるカサンドラに。
一切の容赦なく、肩に、腕に、腹に……と次々と炎弾が命中していく。
「が、っっ⁉︎ が! ごはあっ……っっっ!」
カサンドラが装着していた全身鎧だったが。命中した箇所の装甲が剥がれ落ち、ついには鎧そのものが粉砕され。
無防備となったカサンドラの身体を、漆黒の炎が炙っていく。
それだけではない。
躊躇し、足を止めてしまった黒髪の女中にも。既に何発かの直撃を喰らったカサンドラを通過した炎弾が軌道を変化させ、真上から降り注いでいく。
「し、しまっ⁉︎……ぐ、わああぁぁっ!」
頭上から落下してくる炎弾の軌道を読み切り、何とか回避しようとする黒髪の女中だったが。
通常時の素早い動きをするには、肩に担いだお嬢が足枷となって上手く回避行動が取れず。
降り注ぐ炎弾の一発が、セプティナの背中に直撃していく。
「か、カサンドラ! セプティナさんっ!」
大楯に加えて全身鎧までが破壊され、どう見ても重傷を負った状態で倒れていたカサンドラに。
直撃した背中の部分の服が焼け焦げ、酷い火傷の背中が剥き出しになったまま。お嬢と一緒に地面に倒れるセプティナ。
「お、おいっどうすんだよファニー?……こ、このままじゃカサンドラもあのお嬢様たちも皆んな──」
「少し黙ってエルザ……何か、何か……方法は……」
倒れた三人を救出したい気持ちに早るファニーとエルザだったが。防御力に優れた重戦士に、回避に長けた女中がなす術なく倒れたのだ。
今、二人が救出に前に出ても、同様に炎弾の餌食になるのは。エルザはともかく、魔術師であるファニーには容易に想像が出来た。
しかも、動かない事を選択して後方に待機していようが。魔竜からの攻撃は構わずにやってくるのだ。
だからこそファニーはそこから一歩も動けず、しかも無謀に前に飛び出そうとするエルザを制しながらも。
まだ魔竜の周囲に無数に浮かび、しかもいまだ傷口から流れ出る血から生み出され続けていた漆黒の炎。魔竜の攻撃を如何に無効化するか、に考えを巡らせていたが。
「……く。こんな時に、何も良い案が浮かばない、なんて……不甲斐ない、っ……」
ファニーの頭には状況を打開する策が浮かばない。
しかし、無情にも時間は止まってはくれず。
このままでは魔竜の炎弾に狙い撃ちにされるのは、間違いがない。
何しろ、ファニーらの前に立ち、炎弾から防御してくれる仲間は全員、傷付いて地面に倒れてしまっていた。
当然、次の目標に晒されるのは後方に控えていたファニーらだ。
「……こうなったら、せめて」
数発程度で掻き消されてしまった先程の「風塵の防護」だったが、それでも少しばかり時間が稼げるなら、と。
ファニーが魔法を唱えようと、手に握っていた魔法の杖を振りかざした──ちょうどその時。
「──え」
唖然としたからか、魔法の発動のために魔法の杖の先端に溜めた魔力を散らしてしまうファニー。
──何故なら。
ファニーらの視界を遮るように、何かが炎弾の軌道へと割り込んできたからだった。




